見出し画像

ワープスペース顧問インタビュー vol.2 松田公太 氏

ワープスペースの事業は宇宙をひとつにできる。

タリーズコーヒージャパンの創業者で元参議院議員の松田公太氏。自身でさまざまな事業を展開しながらも、いくつかの企業の社外取締役も務めるなど、多方面でチャレンジを行っています。
その松田氏には、ワープスペースのアドバイザリーに参画していただいています。松田氏のワープスペースへの想い、そして経営者が見る宇宙ビジネスの可能性について、お話しを伺いました。


松田公太(まつだこうた)
1968年生まれ。幼少期から青年期をアフリカとアメリカで過ごす。1990年、筑波大学卒業後、三和銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。1996年に退行し、 1997年、タリーズコーヒー日本1号店を創業。1998年、タリーズコーヒージャパン株式会社設立。2001年、株式上場。2007年、退任。数々の飲食事業を手掛ける。2009年、Eggs‘n Things (エッグスンシングス)の世界展開権を取得日本では2010年3月に原宿1号店をOPENさせた。 同年7月、参議院議員選挙で初当選(東京選挙区)。2016年に議員任期満了後は飲食業の展開や自然エネルギーの事業を手掛ける。また、複数の上場企業の社外取締役も務める。2019年、クージュー株式会社 代表取締役 CEOに就任。


文化の架け橋となり、人々に笑顔を広げて行きたい

─松田さんはすごい経歴の持ち主だと聞いています。詳しく教えてください。
松田:
経歴ですか? どこから話せばいいのかな(笑)。まず、筑波大学を1990年に卒業して、三和銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、退行後の1997年にタリーズコーヒー1号店を銀座にオープンさせました。そして、1998年にタリーズコーヒージャパン株式会社を設立。2001年に上場し、退任時までに320店ほど出店しました。今はその倍はあるのかな。
よく、勘違いされますが、スターバックスとタリーズはバックボーンが違います。スターバックスはアメリカに既に1000店舗あったものを日本にも持ってきて成長した企業です。一方、タリーズは元々、シアトルに4店舗しかない小さなコーヒーショップでした。1996年に私がタリーズと交渉したとき、タリーズは驚いていました。海外に店舗を広げるなんて彼らは考えていなかったからです。「ロゴも使っていいよ。でも、ノウハウはまったくないから、何も協力できないよ」といわれ、逆に自由にやらせてくれるというので、日本での経営権を獲得してスタートしました。現在、残念ながらアメリカのタリーズは倒産してしまいありません。
2007年にタリーズコーヒージャパンの代表取締役社長を退任し、Eggs ‘n Things のアメリカを除く世界展開権を取得しました。日本では現在22店舗、そのほか、シンガポールや台湾にも拡大しています。参議院議員になり、任期中はビジネスから離れていましたが、満了後の現在は、再びビジネスに邁進しています。

─常に挑戦されていますね。
松田:
現在、ブレックファーストレストラン「Eggs 'n Things」、チョップドサラダ&ブリートの専門店「CHOPPED SALAD DAYS」、スペシャルティティーショップ「FORTUNER tea-box」を運営しています。これらを統括する会社、クージュー株式会社を今年設立しました。それとは別に、自然エネルギー事業を立ち上げています。議員時代に起きた東日本大震災を機に、日本でも世界でも原子力発電に関する否定的な考え方が強くなりました。当時、経済産業委員会に所属しており、日本が抱えるエネルギー問題を目の当たりにしました。日本には自然エネルギーが足りないと危惧し、欧州では当たり前に普及している木質バイオマスを広めるべく現社長の梶山さんと設立したのが、バイオエナジー・リサーチ&インベストメント(BERI)です。ベンチャー企業ですが、今は丁度6年目を迎え、東北を中心に数十か所、小さなエネルギープラントを設置しています。そのほか、インターネットやAIを活用したテクノロジーベンチャーの設立・発起にも関わっています。また、複数の上場企業などで社外取締役を務めており、いろいろチャレンジしているところです。

─タリーズがコーヒーショップだったのに対し、クージューでは幅広い飲食事業を展開しているのですね。
松田:
そうです。経営のノウハウはタリーズを構築する際に学びました。そのノウハウを生かしつつ、変化させています。タリーズのようにひとつのブランドの出店数を拡大しを広げるビジネスもありますが、今はそれをする時代ではないと思っています。多種多様で、珈琲ひとつとっても好みは人によって違うんだという意識が日本にも根付いてきました。
クージューのミッションは、食を通じて文化を広げて行くことです。日本にない海外のものを紹介したり、日本のものを海外に紹介する。そんな文化の架け橋をとなり、人々に笑顔を届けることが理念です。

画像1

ワープスペースを通して宇宙が理解できると期待している

─なぜワープスペースのアドバイザリーに参画したのですか?
松田:
最初にワープスペースを知ったのは、私が2015年くらいに母校の筑波大学で講演会をさせていただいたとき、常間地悟さんが聴きにきてくれました。それがきっかけでワープスペースとも出会いました。

─クージューがやっている食文化と宇宙は、接点がないように思うのですが・・・・・・。
松田:
確かにまったく関係はないですね(笑)。宇宙ビジネスに対する知見のない私なんかがアドバイザリーになって良いのかと悩みました。しかしながら、先に述べたようなエネルギーやAI事業、食文化と宇宙はつながるものがあると思いました。

─つながるとは?
松田:
私は1968年に宮城県で生まれ、東京で育ちましたが、1973年に父親の転勤で、幼少期から青年期のほとんどをアフリカとアメリカで過ごしました。今では違いますが、当時のアフリカ人やアメリカ人は日本人を生の魚を食べる野蛮人と見ていました。私は『同じ人間なのに、なぜ他の国の文化を否定するんだろう』と悲しくなりました。そんなこともあり、子どものころから『私たちは同じ地球人だ』という意識を強く持つようになって、だからこそ、私は究極的には地球上の争いをなくしたいと当時から考えていました。例えば、食文化を知るだけで互いに理解しあえます。日本の「寿司」は世界に広まりましたよね。昔は海外の人は寿司なんて食べませんでしたが、今では誰もが食べるようになって「こんな素晴らしい食文化のある国は素晴らしい」と日本を評価してくれています。そんなこともあって海外から多くの人が日本を訪れるようになりました。「食」を通して世界がひとつになることができます。

─よくわかります。
松田:
もともと、宇宙開発は軍事利用だったり、政治目的でした。1983年、アメリカのレーガン大統領が衛星軌道上にミサイル衛星などを配備するスターウォーズ計画を打ち出したことがありますが、宇宙は「地球人」として有効活用しなければいけないと思うんです。ワープスペースがやろうとしていることは、まさに宇宙をひとつにすること。すると私が目指す、地球上の争いをなくすことも実現できると思うんです。

─「食」も「宇宙」も地球上の争いをなくすために必要なもの、ということですね。
松田:
それに宇宙は誰にとってもロマンです。と言いつつ、私は宇宙に恐怖を感じています。なぜ怖いと思うのかというと理解ができないからです。
宇宙はビッグバンで始まって、膨張していて、やがて縮小をはじめて最後には点になる、なんて聞いてもまったく理解できない(笑)。さらに宇宙の外には「無」があるらしいんです。もう、なんのことかわからない。アフリカに住んでいたころ、空気が澄んでいたので、夜は星がたくさん見えてとても綺麗なんです。そんな夜空を見上げながら宇宙のことを考えていたら怖くって、眠れなくなったことがあります。今でも怖いですよ。私はお化けは信じていませんが、地球外生命は絶対にいると思っています。

─確かに、考えると怖いですよね。
松田:
その反面、宇宙を理解したいと思っています。ワープスペースと一緒に仕事をすることで理解できるのではないかと期待しています。

画像2

宇宙は「未開の地」。ブルーオーシャンの世界

─宇宙ビジネスの可能性についてはいかがでしょうか?
松田:
宇宙ビジネスの可能性はとても感じます。それに経営者にとって「未開の地」はとても重要なんです。例えば、私がブレックファストレストラン「Eggs 'n Things」を始めたのは、日本に朝食が食べられるレストランがなかったからです。スペシャルティ・ティーショップ「FORTUNER tea-box」も同じ。朝食やスペシャルティーにとって日本は「未開の地」。ブルーオーシャンです。
経営者はブルーオーシャン戦略を取ります。それを考えると宇宙は手付かずの可能性を持っているスペース。しかも、ビジネス的にこんなに大きなスペースは他にはないですよ。

─地球と月との間でも約38万㎞。歩いて行くと約11年(4㎞/h)かかる距離ですからね。
松田:
私は子どものころから宇宙が怖い、といいながら、宇宙を舞台にした映画やSF小説が大好きです。一番古いのは、子どものころアメリカで観た『2001年宇宙の旅』(1968年アメリカ公開)。あの映画でHALというAIが登場しますが、今ではAIは現実のものになっています。マット・デイモンが演じる火星に一人置き去りにされた宇宙飛行士の話の『オデッセイ』(2015年アメリカ公開)、『ウォーリー』(2008年アメリカ公開)も、将来は実現されると思います。夢物語ではないんです。やはり、SF映画やSF小説のイマジネーションは凄いと思います。
だから、宇宙ビジネスが広がるのは当然というか、避けられないと思います。

─むしろ避けられないと。
松田:
実話をもとにした映画でトム・ハンクスの『アポロ13』(1995年アメリカ公開)があります。地球と交信が途絶える場面があるんですが、私はそれを観て、『宇宙でも自由に交信できるインフラがあればいいのに』と思いました。とはいえ、私にそれを解決できる技術もノウハウもありません。その意味では、ワープスペースがやろうとしている人工衛星向け通信インフラは宇宙開発を行うためにも重要ですし、人類の役に立つことだと確信しています。

─人類の夢ですよね。
松田:
ビジネスとは面白いもので、ひとつ作るとそこから新しい技術が生まれてつながって行きます。これをスタートラインにして、ワープスペースは宇宙ビジネスのパイオニアとして成長すると思います。

画像3

─ワープスペースを通して実現したい世界とはどんな世界でしょうか?
松田:
先ほど話した通り、地球平和の世界を実現したいですね。人工衛星向け通信インフラによって無駄な争いもなくなり、地球人として共に進むことができると思います。特に宇宙は国民としてではなく、地球人として取り組むべきスペースだと誰もが認知して、平和利用して欲しいものです。

─松田さんは宇宙に行ってみたいですか?
松田:
チャンスがあれば行ってみたいですね。

─怖くはない?
松田:
もちろん、怖いです。でも、行くことで宇宙に対する恐怖を克服できるようにも思うんです。
今の教育は、不得意なものは捨てて、得意なものを伸ばして行く、という風潮があるじゃないですか。私は子どものころから不得意なものから取り組むようにしていました。実は筑波大学を卒業して就職先に銀行を選んだのも、いろいろあった職種のなかで、銀行員が一番、不得意な職種だと思ったからなんです。

─そうなんですか!?
松田:
学生だから、本当は広告業界とか華やかな世界に憧れました。銀行員なんて絶対に嫌だと思っていたんですよ。そもそも、大学を選んだのもそう。私は帰国子女枠がスタートした時期に大学受験をすることになって、どこの学校でも比較的容易に入れたんです。慶応とか早稲田も大丈夫そうだったのですが、そんな学校に行くと私は意思が弱いので遊んでしまう、と思ったんです。なので、遊ぶところが何もない、田舎の筑波大学に入学しました。行くと男女比が7対1で女の子が圧倒的に少ないし、本当に遊ぶところがないんです。合コンに行ったこともありません(笑)。人前で演説するのが嫌いなのに国会議員になったり。いつも逆のことをするんです。ぜひ、宇宙も克服したいですね。

─克服したいんですね。
松田:
ビジネスもそうです。AとBがあれば、困難な方を選びます。ビジネスに安全はありません。成功が約束されていれば怠けてしまいます。まあ、大抵は五分五分ですけどね。

最後にワープスペースに対してメッセージをお願いします。

松田:ベンチャーは、はじめは大赤字であっても10年後を見てください、というビジョンを持ってビジネスをやっています。しかし、日本の銀行などは会社の過去の成績を見て融資を検討します。私も銀行員をしていたので解るのですが、ベンチャーが大赤字の決算書を提出したら絶対に通りません。それではベンチャーは育ちません。リスクを取ろうとしないから日本の銀行は弱くなったのです。将来を見定める審査のノウハウを持っていないんです。融資をしたベンチャーが失敗したら失ってしまうものは大きいけれど、その代わり、成功したら一緒に成長できる。だから、アメリカなどは積極的にベンチャー企業に融資をします。


ワープスペースはベンチャーながらも、素晴らしいアドバイザリーや投資家が集まっています。ぜひこのチャンスを生かし、一緒に成長できれば嬉しいです。





この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

4
WARPSPACEは 衛星に対する高い専門性と開発力を活かし 宇宙空間をより快適に、シームレスに利用/移動するための 通信インフラを地上と宇宙両面で構築し 宇宙産業や人工衛星のあり方を劇的に変えていきます。 https://warpspace.jp/
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。