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もう毎日しんどい!ので、劇団四季「マンマ・ミーア!」を見てきた ~踊って歌えば人生は最高だよ~


 月曜日から金曜日までPCに向かい、ブルーライトで網膜をじりじりと殺していく毎日。
「どうしたいの?」「数字は?」「1か月前とあなたは何が変わったの?」
リモートで相手の顔が見えなくても、それらの言葉は重くのしかかり、知らず知らずのうちにがんじがらめにされている。
22時近くになると全身の呼吸を忘れていたことに気が付き、一度緩めるともう力が入らなくなるから、再度おなかに強く力を入れる。
仕事を終えても、また7時間後には始業しなくちゃならない。5日間、なんとかこらえて土日を迎えても、土曜日の夕方にはすでに月曜日のことを考えて憂鬱になっているのだ。


 「私、何やってるんだろう」

 

 ありきたりなひよっこ社会人のつぶやき。別に今の仕事をやめたい、とは思っていない。精神的にも肉体的にもキツいことも多いが、仕事内容そのものには満足している。
しかし、たまに訪れる、このライトな虚無感。自分がなりたかった社会人、23歳ってこんな感じだったっけ。ドライヤーをかけている時、窓から雨粒を数えている時、お米を研いでいる時。そんなふとした瞬間に、すべて投げ出したくなる。もしいきなり「仕事をやめて、気ままに世界一周して自分探しにでも行く」と言ったら、どうなるだろうか・・・どうなるだろうか。

 「今よりもっと成長したい」「ここで得た経験を生かして起業してみたい」「多くの人を笑顔にしたい」
そう言って、入社後一年経たずにここを去った同期は、今どうしているのだろう。私はそれを聞いて、内心小馬鹿にしていた。
今よりもっと、ってたった数か月で何が圧倒的成長?生かせるほどの経験を得ることなんかできているのか?力がないのに、どうして多くの人を幸せにしたいなんて言えるの?
 だが、私は彼らのように自分のやりたいこと・なりたい姿を口にする勇気も、世界一周する向こう見ずさも持ち合わせていないのだ。
 


 私は横浜・KAAT 神奈川芸術劇場に来ていた。目的は、初めての劇団四季「マンマ・ミーア!」の鑑賞。ずっと好きな作品だったが、劇場に足を運んだのは初めてだった。このコロナウイルスの影響で、一度すべてのチケットが払い戻しになり、再度チケットを取った念願の公演だった。
 
 劇場内は万全のコロナウイルス対策だった。サーモグラフィで体温を測り、座席ごとに入場時間を分け、観客は全員必ずマスク着用。座席は前後左右、最前列から3列は空けて、劇場内では会話禁止。上演中の声援も、もちろん禁止。誰も言葉を発さず、ただ開演を待つだけの時間。経験したことのないその静けさに、上演前にもかかわらず、すでに鳥肌が立っていた。

 「マンマ・ミーア!」は世界的ポップスグループABBAのヒットナンバーで綴られたミュージカル。ギリシャのエーゲ海の島を舞台にした、結婚式前夜の母と娘、そして女友達との絆を描いた、ハッピーで心温まる物語だ。
 いよいよ開演。オーバーチュアが流れ、気分は最高潮に。そこからカーテンコール、幕が下りるまでは本当に一瞬に感じられた。私のマスクの中は、近距離のキャストたちの熱気による汗と、とめどない涙でびしゃびしゃになっていた。

 私は映画や舞台を鑑賞したり、小説や漫画を読んだりする際には、頭でっかちに些末なことを考えながら見てしまう。
冒頭のあのセリフはきっと後で伏線になる、主人公の髪型がコロコロ変わるのは性格を表しているはず、またこの監督のいつもパターンか~、このカメラワークは気持ちがすれ違っているのが分かりやすいな、この演出はあの映画のオマージュか・・・


 ところが、このおよそ3時間の間は、一切そのような考えがよぎらなかった。ただただ、幸せな3時間。本当に、ずっと笑い、そしてずっと泣いていた。

 いくつになってもバカ騒ぎできて、辛い時には駆けつけ笑顔にさせてくれる女友達。娘にゆるぎない愛情を注ぎ、どんな時もハグ一つでずっと心の中にうまく仕舞えていたはずの感情を引っ張り出してくる母親。そんなみんなと、自分の幸せのために気ままに歌い踊る姿。
 『踊って歌えば人生は最高だよ』。なんて楽観的なメッセージだろう。
だが、頭を空っぽにして、ただ楽しめばいいんだよ、とがちがちに凝り固まった心をほぐされているように感じた。
 あの人はこう、それで私はこう、みたいに、誰かと自分を比較する必要なんてないし、一人で立ち向かおうなんて思わなくて良いよ。起業?世界一周?それってあんたの夢なの?本当に自分のやりたいことがあるなら、何も考えず楽しんでみなよ。

 そのように伝えてくれたキャストの方たちの表情や額ににじむ汗を、万全な感染対策体制を整えているスタッフの方たちの努力を、私は一生忘れない、と思った。
このような状況下で上演に踏み切ること、それにどれほどの覚悟が必要だっただろう。連日何人もの感染者が出る中で、どれほど怖かっただろうか。こうしたエンターテインメントは「不要不急」という言葉で語られがちな今だが、間違いなく私に生きる力を与えてくれた。ここ最近ずっとうまく息ができていなかった私が、ようやく深呼吸できた。


 心の中に巣食う、劣等感、虚無感、息苦しさ、孤独感、僻み。それらをすべて幸福感に変えてくれたこの公演に感謝しかない。私は手が痛くなるのも忘れて夢中で感謝の拍手を送った。
 観劇する前の自分ならきっと馬鹿にしていたようなことも、やってみよう。頭を空っぽにして、歌って踊りながら。



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