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テン年代のエロゲを振り返る(2019年編)

2019年4月、ついに30年続いた平成が終わった。生前退位ということもあり、改元はちょっとしたお祭りムードの元に行われた。平成という時代を回顧するムーブメントも起き、平成を通じてポップカルチャーとしてのプレゼンスが大きくなったオタク文化を回顧する様々なテキストが発表された。この記事もそのようなブームの一環として書き始めたものである。
平成は1989年に始まる。その時期はアダルトゲーム業界の勃興とも重なる。一方で平成の終わりである2019年にはエロゲ産業の影響力というのは縮小傾向にあったように思える。そのようなわけで個人的にはつい平成という時代にエロゲ産業の盛衰を重ね合わせてしまう。2019年には長らく続いてきた業界の歴史の重みを感じさせるような様々なイベントがあった。

活動終了

2019年は様々なブランドが最終作を出し散っていった。例えば2019年に倒産・ないし最終作を出したメーカーとしては、feng・minori・FlyingShine・OVERDRIVEなどのメーカーが挙げられる。ただし「最後に未完成に近いゲームを発売して蒸発」などの事態は少なく、比較的に有終の美を飾り幕を閉じたブランドが多かった。

特に一番大きな衝撃を与えたのはminoriの解散であろう。1月には最新作である『その日の獣には、』を発売していたが。2月に解散を発表した。minoriは“We always keep minority spirit."を社是とし、既存の流行に囚われないクオリティの高い作品を発表していた。『すぴぱら』以降は「巨乳村の夏祭り」など社是が怪しい広報展開も見られたが、クオリティの側面では高い水準を保っていたように思える。
アニメ化した『ef』シリーズや、新海誠氏が作った一部のOPなどはエロゲファン以外のファンも多く、解散は大きな衝撃を与えた。

二月にはfengの最終作となる『夢と色でできている』が発売。本作は『セイイキ』シリーズの前に発表されていて長らく宙ぶらりんとなっていたプロジェクトであり、久しぶりのフルプライス作品でもあった。それゆえに、フルプライスの次回作を期待する声もあったが。 九月末には運営元のホワイトローズが破産し、解散となった。

ブランド終了に伴って、堀江晶太氏が担当していた主題歌マキシシングル『夢と色でできている』の市場価格は一時期は三万円近くになるなど2021年の『feng コンプリートボーカルアルバム』の発売まではしばらく高騰した。『夢と色でできている』のED『これくらいで』はブランドのEDテーマにも思える非常に美しい曲なので、ぜひコンプリートボーカルアルバムを買ってほしい。

12月にはOVERDRIVEの最終作であり瀬戸口廉也の久々のエロゲ新作でもある『MUSICUS』が発売。クラウドファンディングで一億円近く集めたことも注目された。一応クラウドファンディング版が先行発送されたが、一般発売もほぼ同時となった。煌びやかなバンドの世界でに出会ってしまった主人公が人生の選択を迫られていくリアルな心境が描かれた本作は、クラウドファンディングに寄せられた期待に違わぬ高い評価を得た。

『CROSS✝CHANNEL』のFlying Shineは六月に特に音沙汰もなく倒産した。

リブート・復活

4月には菅野ひろゆきが手掛けた伝説のADV『EVE burst error』 の続編となる『EVE rebirth terror』が発売。続編自体はいろいろと発売されているものの、本作は正統派の続編として往年のファンをうならせた。伝説の作品の良作リブートということもあって業界外からも反応があり、後年にはburst errorを全編録画するほどの熱心なファンであった漫画家小林省吾の書いたエッセイ漫画が話題を呼んだ。2022年には続編の『EVE ghost enemies』が発売されて、こちらも高い評価を得ている。

そのほかにも、この年には同様に菅野ひろゆきが手掛けた『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』がアニメ化したりもしている。

5月にはKeyブランドが20周年を記念して特設サイトを設置。20周年を記念するイベントを開く中であわせて8つの新プロジェクトを発足させることを発表した。(発表にしばらく時間がかかったが結局、『planetarian -雪圏球-』、『プリマドール』、「キネティックノベル新プロジェクト(『LOOPERS』『LUNARiA -Virtualized Moonchild-』『終のステラ』)」、『Summer Pockets Reflection blue』『クドわふた―劇場版』『Heaven Burns Red 』『かぎなど』『神様になった日』)

https://key.visualarts.gr.jp/key20th/

特に目玉となったのは、10月に発表された麻枝准がシナリオを担当する『Heaven Burns Red』だろう。麻枝准氏は2008年発売の『リトルバスターズ エクスタシー』の発売以降ゲームシナリオの執筆から遠ざかっており、ファンたちは復帰を歓迎した。数週間後に公開されたティザーサイトでは『Before I Rise』『White Spell』などの麻枝准が担当する楽曲も発表され、ゆーげん氏の描く鮮やかなビジュアルも合わせてファンの期待を大いに高めた。(なお2020年リリース予定だったが、ベータ版の結果を踏まえ作り直しを行ったようで、正式リリースは2022年となった。)
そのほかにも20周年を記念した、公式キャラ投票でヒロインを抑え『リトルバスターズ!』の棗恭介が一位を獲得したことや20周年を記念した50枚組のCD BOXを発売したことなどが話題を呼んだ。

10月にはage20周年のイベントが行われ、『マブラヴ オルタネイティブ』の続編にあたるとされる『マブラヴ インテグレート』などのマブラヴシリーズの様々な展開・『君が望む永遠』のリメイクが予告された。翌年には『マブラヴ オルタネイティヴ』のアニメ化も発表された。

11月には、一度は解散したSpriteが再結成し、『蒼の彼方のフォーリズムEXTRA2』の作成を発表したりもしている。元主要スタッフが作成していたと思われるソーシャルゲーム『Project NOAH』のサービスイン自体が9月にあった直後だったため、ファンたちに驚きを与えた。
同ブランドはビジュアルノベル作品を「FILMIC NOVEL」と位置付けて、演出面に力を入れた作品を発表していくことを公表している。

大規模なリブートなしでもリメイク商品も比較的手堅く売れている印象がある。例えば『星空のメモリア HD -Shooting Star & Eternal Heart アニバーサリーBOX- 』や『殻ノ少女《FULL VOICE HD SIZE EDITION》』などが挙げられるだろう。特にFavoriteは『いろとりどりのセカイ』シリーズのHD版を後に発売しているし、Innocent Grayに関しても『殻ノ少女』シリーズ完結後に、『カルタグラ』のリメイクも発表していたりする。

新たな取り組み

2019年8月ブラウザで様々な過去の美少女ゲームが体験できるクラウドゲーミングサービス『OOParts』のα版が発表された。このサービスではゲームをインストールするのではなく、クラウド上で動く仮想マシン上で動くゲームをブラウザを介して操作するという仕組みを用いて、各種アプリストアやデバイスのバージョンの制限を受けず、PC・スマホでシームレスにエロゲが遊べる。クラウドゲーミングでは遅延が問題となりがちであり、エロゲ自体はシビアな遅延対応が求められにくいため、思わぬ相性の良さが発揮されたように見えた。(同様のクラウドゲーミングサービスであるGoogleのStadiaなどは早々にサービス終了している。)
最新機では動かないような古典エロゲから最新作までスマートフォンから気軽にプレイできる体験が注目を集めた。
11月にはベータテストが始まり翌年4月から正式サービスを開始している。

年末にはANIPLEXが母体となったノベルゲームブランド「ANIPLEX.EXE」の発足が発表された。発足に伴い二本の作品『徒花異譚』『ATRI -My Dear Moments-』の制作が発表された。『徒花異譚』はLiarSoftの作成であり、『ATRI -My Dear Moments-』はFrontwingと枕の共同制作である。エロゲ精神を受け継ぐような全年齢ブランドの誕生に大きな期待が寄せられた。


2019年のその他の話題作

上記に述べた作品以外にも、2019年は比較的良作と呼ばれるようなものが多かったように思える。

まず年初に発売した『さくら、もゆ。-as the Night's, Reincarnation-』はこの年でも一番の話題作といえるだろう。挙げられるだろう。わいっしゅの担当した背景美術の美しさ、ライターの漆原氏が描く幻想的な世界観と感動的なストーリーが高い評価を得た。

漆原氏はこのゲームを期に、「一人で企画シナリオ」をすることを引退すると表明している。次作からはロゴの変更などもあり、この作品はFavoriteのひとつの集大成ともいえるような一作であった。(次作『ハッピーライブショウアップ!』も好評だったようで、けして終わったわけではないが)

他にも、1月には作中のセリフ「いつも、笑顔!冷静、正確、全力で!みんなが居ること、忘れない!」が微妙に流行っていた『ソーサレス*アライヴ! ~the World's End Fallen Star~』などが発売している。

2月には前作が泣きゲーとして好評だった『金色ラブリッチェ』の続編『金色ラブリッチェ -Golden Time-』や、ALICESOFTから微妙に時代に先取りしてしまった伝染病ものな『イブニクル2』などが発売。

3月には戯画から発売した『アオナツライン』が発売。思春期の微妙な心情やすれ違いを表現したストレートな青春学園ものとして高い評価を得た。『この青空に約束を』などを彷彿とさせる伝統的な題材を扱いながらも、うみこ氏の絵からは非常にモダンな印象をうける。

同じ3月発売としては『pieces/渡り鳥のソムニウム』などはトゥルーにつながる世界構造を紐解くストーリーのラインと、萌えゲーとしての質が両立した良作として評価された。eufoniusのOP「pieces」も美しい。

同月に発売した『青い空のカミュ』は凌辱もあるのだが、表題の通りにカミュの引用なども入れて哲学的で幻想的な雰囲気を含んだ作品。発売元ブランドのKAIは「アートとしての美少女ゲーム」を志向しているらしい。OPを始め音楽面も独特な世界観づくりに貢献しているが、残念ながらサントラは計画されたものの未発売の模様。


4月には『9-nine- 』シリーズの三作目にあたる『9-nine- はるいろはるこいはるのかぜ 』が発売。黒幕との戦いが本格化し緊張感を高め最終作へ向けたファンの期待を高めた。

6月には『月の彼方で逢いましょう 』が発売。スクール編とアフター編を通してヒロインとの恋愛をじっくりと描くtone's worksのいつもの作風を保ちつつもSF的な要素を入れた骨太なストーリーが高い評価を得た。他には田中ロミオの久しぶりの新作『和香様の座する世界 』なども発売。

7月には前作が大きな話題を呼んだ『抜きゲーみたいな島に住んでる貧乳はどうすりゃいいですか? 2 』が発売。各ルートのアフターと前作の平行世界を題材にした前作を補完するような大ボリュームの続編でファンたちを満足させた。怒涛の下ネタの連続や笑いの中にもアツさを感じさせるバトル要素、性手的マイノリティの問題など少し社会派な部分もある意欲作。YouTubeでのプロモーションも大いに盛り上がった。

新ブランドHeliodorからは『暁の護衛』『ようこそ実力至上主義の教室へ』の衣笠彰吾がライターを務める『流星ワールドアクター 』が発売。いつも通り「実力」を隠した主人公が繰り広げる期待感を膨らませるシナリオが好評だった。

Steamでは人気エロマンガ家の石恵氏と『ねこぱら』で世界に(?)名を馳せたNEKO WORK のサブブランドから発売された『LOVE³ -ラヴキューブ- 』なども存在感を見せていた。一応パッチを当てなければ全年齢。

9月には『きまぐれテンプテーション』『千の刃濤、桃花染の皇姫 -花あかり- 』などが発売。『きまぐれテンプテーション』はミドルプライスながらもかずきふみによる作りこまれたシナリオ、E-moteで生き生きと動くキャラクターのかわいらしさなどが高く評価された。

FDではあるが『あいりすミスティリア』に注力するAUGUSTの久々の新作『千の刃濤、桃花染の皇姫 -花あかり- 』も発売。OPの踊っているところが好き。

その他にはあっぷりけのクラウドファンディングを用いた10周年記念作品『クロスコンチェルト』が9月に発売。

11月には全年齢だがPS4で『十三機兵防衛圏』が発売。13人の少年少女の視点から物語の全体像が徐々に明かされていく完成度の高いシナリオは多くのノベルゲームファンに加え、シナリオライターの麻枝准なども高評価している。

年末には、後述する理由で一時は延期を危ぶまれた『喫茶ステラと死神の蝶 』が無事に発売し、一年を盛大に締めくくった。

炎上

11月発売の『もっと!孕ませ!炎のおっぱい超エロ♡アプリ学園!』の広告がTRADERにて掲出され、物議をかもすといった事件があった。同じ場所には同年たとえば『千の刃濤、桃花染の皇姫 -花あかり- 』の広告が貼ってあったりもしたが、流石にあからさまに卑猥なタイトルやパッケージ画像が世論の一線を超えてしまったようだ。

ほぼ同じ時期に『喫茶ステラと死神の蝶 』が背景画像のモデルに有名喫茶店を使用したことで問題視された。「聖地巡礼」にはそもそもジャンルを問わずトラブルが絶えないが、エロゲとなるとさらにセンシティブさが増す実情が明白化した出来事といえよう。

クレジットカード決済会社の規約に伴う表現の制限はpixivやDMMの対応に伴って2022年大きな注目を集めたが、2019年にはILLUSION ONLINE sotreでの決済がクレジットカード決済会社の規約に伴って停止されるといった事件が起こったりもしている。

2019年はエロゲと社会一般との距離感・関係性の問題も大きく顕在化する一年となった。

その他の小ネタ

・Lump of sugarの『若葉色のカルテット』が発表と同時にマスターアップして微妙に話題になったりした。これ以降の作品では発表と同時にマスターアップを続けており、延長が常態化している業界の中ではひときわ健全な体質をアピールし続けている。

・『母性カノジョ2 -知性 崩壊編- 』が発売、前作に比べると母性が感じられないなどといった理由であまり評価されていなかった印象。

・Alcot、あっぷりけなど2010年代にかけてそれなりに存在感のあったメーカーも2019年を最後に作品を出していなかったりする。

・『宿星のガールフレンド3 -the destiny star of girlfriend-』ではOPに際どいネタも扱う音楽系(?)Youtuberゆゆうたを起用したことが微妙に話題になったりした。

・『Rewrite』がパチンコ化。Key作品としては初のパチンコ化である。後に『Angel Beats!』もパチンコ化する。

終わりに

テン年代を通して、オタクコンテンツは大衆へと普及した。一方でオタクコンテンツと密接なかかわりを持っていたエロゲ文化は、スマートフォン・ソシャゲの登場によりその中心的な地位を追われた。またコンテンツビジネスが大量の人間を動員することを重視する時代になったこともあり、コンテンツの展開にあたってはメーカーは多方面の人間への配慮を求められる傾向がある。このような状況下でそもそも年齢制限があるはずであったエロゲ業界と中高生も多い「一般的」なオタク業界の関係性は見直しを迫られているようにみえる。
このような状況が種々の炎上であったり、全年齢向けブランドの設立であったり、18禁作品の全年齢でのリブートであったり、あるいは「ぬきたし」のようなある種のレーティングを前提とした突き抜け方をしたゲームで顕在化したのが2019年に思える。

とはいえ「元エロゲメーカー」レベルの「ビジュアルノベル」という単位でみれば2019年の業界は「衰退」という言葉を使うのが戸惑われるほど盛り上がっていたように思える。この勢いが2020年のパンデミックによって大きく損なわれなければ、また業界は違った形になっていたのかもしれない。

いずれにせよ、時代の変化の兆しを見せながらテン年代は終わった。しかし人々のあくなきエロゲへの探求は続くのであった。

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