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プリニウスの追憶 〜古代ローマの「冷却法」〜


 西暦2024年。都内、スターバックス。


「どうしたんだよ、浮かない顔して」

 会話が聞こえ、古代ローマの元博物学者プリニウスは、思わずはす向かいのソファ席を見る。
 スーツを着たサラリーマンが2人、気だるそうにフラペチーノのストローを咥えていた。

 ———仕事帰りのリーマンが居酒屋ではなくスタバに来るとは、珍しい男たちだ。2人の砕けた口調からして、気の知れた会社の同期、といったところか。

「いや、家帰りたくなくてさ」

「わかった。奥さんと喧嘩でもしたんだろ?」

「正解。昨夜冷蔵庫ちゃんと閉めたつもりが、しっかり閉まってなくてさ。それに気づいた奥さんがブチギレて」

「ああ、それはまずい。女は水道代にうるさいからね。うちの奥さんもそうだよ。俺もこの前、浴槽の栓を閉め忘れてて風呂にお湯が溜まってなくてさ。奥さんにこっぴどく怒られたわ。悪気はないんだから、そんな目の色変えて怒ることないだろって、そこから喧嘩になった」

「うわ、それ全く一緒。はぁ...。つかさ、しばらくしたら冷蔵庫が『ピー、ピー』音鳴らして教えてくれんじゃん? 冷凍庫だったらまだわかるけど、冷蔵庫が数秒開いてたぐらいでキレんなってんだよ」

 彼らの話を聞いていて、ふと、ローマの冷蔵庫、つまり食材の冷却方法がどうであったか、プリニウスは記憶を辿った。


 ———裕福なローマ人は、季節にかかわらず雪と氷を使い、主にワインを冷やしていた(もちろん、料理の冷却剤としても使われた)。ワインを水で薄めて飲むのがローマ人の基本で、特に冷えているワインを好んだのである。
 では、そもそも冷やすための「雪と氷」をどう貯蔵するのかだが、これには雪を貯蔵することができる「雪室」なるものがあった。雪室には雪を詰め込むための大きな筒状の穴があり、その周りに断熱材として草や藁、木の枝、土、亜麻布が利用されていた。詰め込まれた雪が圧縮されることで、「人口の氷」も手に入れることができたのである。夏になると、我々は大金を払ってでも氷を買い、蜂蜜やシロップ(果実を煮たもの)をかけて食べていた。
 この国でも夏になるとひんしゅくを買うほど高額な「かき氷」を売っている店が話題になるが、そんな店が、私は案外嫌いではない。

Fin.



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