創作怪談「霊感体質」

私の中学校時代の友人に、自称霊感体質という女の子がいた。名前を仮にKちゃんとしておくが、よく何もない空間を見つめては、意味深に「いるね」と呟いては、これこれこんな感じの幽霊がいたと話すのが趣味の子だった。
私からすれば、思春期の女の子特有の"見えないものが見える私"に酔っている中二病患者にしか見えなかったのだけど、Kちゃん自身の明るいキャラや、やや誇張して語られる幽霊の描写の怖さで、友達間の人気は高い子だった。
中学を卒業してからはたまにメッセージのやり取りをする程度の付き合いになってしまったが、社会人になって2年目の夏の終わり頃、友達のSちゃんづてに彼女が離婚したことを聞かされた。

「最近引っ越しして地元に戻ってきたんだって」とも付け加えられたが、そもそも彼女が結婚してることすら初耳だったので、気のない返事を返すことしか出来なかった。
「実はさ、Kちゃん、この近くに住んでるらしいから久々に会いに行ってみない?子供もいるんだって」
不意の提案だった。急だったので若干面食らったが、別に断る理由もないので、連絡をとって会いに行くことになった。

何年かぶりに電話越しに話したKちゃんは、昔と変わらず快活で、時間の経過を感じない距離感で接してきてくれた。
歩いて数分の古びたアパートで、私達はKちゃんと再開した。今年3歳になるという子供と一緒にいたKちゃんは、一見した明るさの裏に疲労の色が見え隠れしているようにも見えた。
「久しぶりだよね。連絡くれたときマジで嬉しかったよ」
「久しぶりでもKちゃんは変わらないね。まだ幽霊見えたりするの?」
「…えーその話する?やだぁやめてよ」
「Kちゃんの幽霊話面白かったもんねえ」
「オカルトにハマってたころの黒歴史だよ。わざわざキャラ作って霊感少女になりきってたんだから」
苦い顔でKちゃんは独白する。そう、Kちゃんは元々目立ちたがりでのめり込みやすい体質の子で、その頃クラスで流行っていたのがたまたま怪談やオカルトといった霊的なものだったために、自分で創作した怪談話を実体験として話すことで、自分を霊感少女として"演出"していたのだった。
だいたいの友達はKちゃんを生暖かい目で見ていたが、そういう姿も含めて可愛い子だったので、周りの子も無粋な突っ込みはしなかった。今思えば中学の頃の友達はいい子ばっかりだったなと思う。

「ああいうキャラ付けみたいなのやめるタイミングわからないよね。おかげで無駄に幽霊に詳しくなっちゃった」
「いっぱい怪談話したよね。今はどう?」
「やめてってばー…あ、でも最近ね」
Kちゃんは子供の方に向き直り、不思議な顔で話し始める。
「ここに引っ越してきてからね、この子が私のことたまに"ママ"じゃなく"おかあさん"って呼ぶの。なんでって聞いても教えてくれないし」「えーなにそれ、単に覚えた言葉を使ってるだけじゃないの?」
Sちゃんはあまり興味なさげに答える。
「でもたまに何もない方向見て"おかあさん"て言うんだよ。怖くない?」
Kちゃんは半分冗談、半分本気混じりの声音で話し始める。その声音は中学の頃にKちゃんが怪談話を始めるときのそれを思わせるものだった。
「ヤダやめてよ」
Sちゃんは眉根を寄せ震えた口調になっている。しかし直後、Kちゃんはふっと破顔して言った。
「ごめんごめん。なにもない方向向いて言うのはウソだけど、たまにおかあさんっていうのはたぶん、たまにうちの母親が来たときに私がお母さんって呼んでるのを真似してるだけだと思うよ」
「えーなんだ、また怖い話かと思ったよ」
ホッとした顔でSちゃんは胸を撫で下ろしている。Kちゃんはしてやったり顔で子供を抱きしめながら笑った。
「おかーさん」
「はいはい、なあに?」
「おかーさん、おかーさん」
Kちゃんの子供は抱きしめられながら、Kちゃんの背中の空間に向かっておかーさん、おかーさんと延々繰り返している。その目線の先にいる"それ"には私とその子だけが気づいていた。

『オカアサンッテヨンデ』
「おかーさん、オカアサン」
『イイコ、イイコネ』

Kちゃんの後ろには、全身真っ白のワンピースに身を包んだ、髪が腰まである女性のような何かがいた。それは顔の前まで髪の毛に覆われ、蛇のようにしゃあしゃあと息を立てながら、この世のものではないような不思議な発声でKちゃんの子供に語りかけていた。

"それ"がなんの目的でKちゃんの部屋にいるのか、なぜ子供には見えるのか、私には分からない。が、近いうちに"それ"がもたらすであろう不幸だけは、ぼんやり想像することができた。

私は、その光景を見ながら、せめてその迫りくる不吉が自分に降りかからないように祈ることしか出来なかった。

-終-

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