【ぶんぶくちゃいな】数字に隠された生命――中国の貧困は本当に一掃できるのか

わたしの、中国SNS「微信 WeChat」(以下、WeChat)には、なかなか諧謔的な人たちが集まっていると思う。というのも、中国のニュースは時として諧謔的な気分にならないと読めない、あるいは真面目に論じ始めるとコメント削除される恐れがあり、諧謔的にしかコメントできないからだ。「元」や現役のジャーナリスト、ニュース界隈にいる人たちは、丁寧に真髄を点いたコメントをつけてニュースをシェアしてくれる人、諧謔的なコメントだけ残す人、コメントはつけずにニュースのURLだけ貼り付ける人…とさまざまだが、ざっと1日のタイムラインを眺めているうちに、その日の注目すべきニュース、その論点はどこなのかが自然に分かってくる。

例えば、今年の初めに流れた「江蘇省が貧困脱却率99.99%以上を達成 残り17人のみ」というニュース。江蘇省における最高議決機関である人民代表大会常務委員会会議で2019年の省政府活動報告が行われ、政府の4年あまりの努力により、245万人が貧困から脱出し、残りは6戸17人のみとなったというものだ。

99.99%という数字もさることながら、それに対して「6戸17人」という妙に具体的な数字の挙げ方もむちゃくちゃ気になる。記事を読むと、2019年末には義務教育の中途退学者3188人が5人にまで減った、省内において重点的に貧困脱出支援が必要だった12地区はすべて脱出できたなどという報告が続き、まるで「4年前は途方も無い数字だったものが、指折り数えられるようになった」と形容できそうな事例ばかりだ。

もちろん、本当に一人でも多くの人が貧困から脱することができたのは喜ばしいことだ。だが、数字の羅列はときに人の目をくらませる。だからこそ、現実を知る知り合いのコメントが参考になる。

「この17人って誰だろう? おれの村の人かな?」

いちばんしっくり来たのが、現在某国大使館の情報センターに務める友人のこのコメントだった。

彼の故郷は江蘇省北部。年老いた両親がまだ暮らすその村に彼は毎年1度必ず帰っていく。そのたびに村の様子や同級生たちの現状をつぶやくのだが、気候に恵まれず、やせ細っていく土地を捨てて出ていき、寂しくなる一方の村の様子にいつもため息をついているのが伝わってくる。

彼は同級生の中で唯一大学に、それも首都北京の大学に進むことが出来たラッキーボーイだ。頭が非常に切れるし、性格が穏やかで、時には周りを爆笑させるほど羽目を外せる人なので、友人たちにはとても愛されている。だが、北京に家も買い、40代にもう手が届こうかという彼が結婚を考え始めたところでいつもつまづくのは、自分が貧しい農村出身の一人息子であることが理由なのだ、と彼は思っている。都会で暮らす女性たちは「貧しい農村」に自分の人生の足を取られてしまうことに不安を抱く……彼だけではなく、周囲の友人たちもそう考えている。

彼によると、気にしないわけにはいかないほど故郷は貧しいという。両親は住み慣れたその土地を離れたがらない。北京で買ったマンションに部屋を準備しても、そこで住むつもりはないという。そして、そんな貧しい農村の現状を知る彼自身も、都会で人も羨むような環境の落ち着いた仕事で手にしたお金を湯水のように使うことはせず、どちらかというととてもシンプルな生活を続けている。

「週刊中国ニュースクリップ」でも取り上げたように、今では江蘇省全体は伝統的商業大省の広東省のライバルともみなされるほど経済的な躍進を遂げている。それでも、省内には彼の故郷のように放っておかれたような場所があり、その現実を知る人たちはそう簡単に数字の羅列に小躍りすることができないのである。

「この17人をどうするつもりなんだろう?」

もう一人、江蘇省の中心地、南京に実家を持つジャーナリストがつぶやいた。99.99%という広漠とした数字の一方の「6戸17人」という具体的な数字。中国の真剣なジャーナリストなら、その間でこぼれ落ちたものが気になる。実際、江蘇省政府はこの17人が取り残されていると発表しながら、ならば具体的に取りこぼした17人のために何をするのかについては報告では一切触れていない。

たぶん、江蘇省政府のこの報告には別の意図がある。それは政績だ。1年に1回、毎年3月に開かれる全国人民代表委員会全体会議を前にして、江蘇省はここで、習近平国家主席が5年前に宣言した「2020年までに中国から貧困を一掃する」という目標を「達成した」と印象づけたかったに違いない。

●次々と上がる「貧困一層」の声

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