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【ぶんぶくちゃいな】トップ富豪の「港人治港を受け入れよ」に激怒した中国政府

香港がこの難しい時期を乗り越えるよう願っている。若者は全局をもっと見るように、そして政府もまた、我われの未来の主人公たちに寛容であってほしい。法律と人情には矛盾もある。しかし、しかし、政治問題はお互いに相手のことを考えることで、多くの大事件を小さく済ませることができるはずだ。

9月8日、香港の郊外にある仏教寺「慈山寺」を参ったとき、香港のトップ富豪、李嘉誠(リー・カーシン)は同行した人たちにこう漏らした。

平和であってほしい。実際に長い間、香港は第二次世界大戦の時を除いて、今回ほど大きな衝撃を受けたことはなかったと思う。

今年91歳になる李は、生まれ故郷の広東省潮汕(潮州+スワトウ地区)から日本軍の爆撃を避け、親戚を頼って香港に逃れた。香港が日本軍に占領されると再び故郷に帰ったものの、戦後に香港に戻り、中国からの難民たちが肩を寄せ合って暮らすダイヤモンドヒル地区で「長江プラスチック廠」を設立。「ホンコン・フラワー」と呼ばれたプラスチック製の花を作りながら、難民パワーで成長し始めた香港の製造業の波に乗り、着実に事業を広げた。

その後、不動産開発業界に進出。1980年代に中国とイギリスの間で香港の主権返還交渉が始まると、地価が暴落したのに目をつけて大量の土地を購入。それを元手に傘下の「長江実業」を大きく成長させ、名実ともに香港のトップ不動産開発業者として君臨するようになった。

彼は難民からアジア随一のトップ富豪に上り詰めたことで、「香港ドリーム」の象徴になり、「李超人」(スーパーマン・リー)と呼ばれて商売の神様と崇められた。今は資産額では李を抜いた、中国のIT企業「阿里巴巴 Alibaba」(アリババ)の創業者のジャック・マーも一度見たら忘れられない容貌がトレードマークだが、李もまたその福禄寿のようなひょうたん型の丸い大きな頭が「縁起の良さ」だと受け入れれた。「李に従えば金儲けは間違いない」と言われ、彼の一言一句は株式市場を左右するほど高く注目されたし、彼が率いるコングロマリット「長江実業」傘下の新会社の新株予約日には市民が銀行に長い長い列を成したこともあった。

だが、2000年代の終わりから、その評価が180度変わり始める。香港の不動産価格が高騰し、マイホームが夢のまた夢になった市民の間で「不動産覇権」という言葉が流行り始め、その覇権の頂点に君臨する李は「悪徳業者」「悪魔」として唾棄されるようになったのである。

香港はもともとその政府収入を不動産税に頼ることで企業税などの税金を低く抑えて、タックスヘブンと呼ばれてきた。しかし、1997年の主権返還後にビジネスマンから初代行政長官に就任した董建華の後ろ盾となったのが不動産業界で、そこから不動産開発業者の発言権が増してしまい、それまでのバランスが崩れてしまった。

たとえば、董が打ち出した「8万戸の公共不動産建設」に対して、不動産業界が手持ちの住宅不動産が暴落を恐れて圧力をかけ、結局この計画はおじゃんになった。さらに2003年に香港政府は、中国の富裕層をターゲットに「最低650万香港ドル(当時のレートで約9500万円)の投資を行えば、香港の居住権を付与する」という投資移民政策を発表。投資先に不動産が含まれていたことから、中国からの移民希望者が押し寄せて引く手あまたになった不動産価格が、軒並みこの「650万香港ドル」以上へと釣り上げられるという事態が起きた。

それが現在に至るまで続く、不動産高騰のきっかけとなった。この投資移民政策は2010年にはその最低投資額が1000万香港ドル(同1億2000万円)にまで引き上げられたが、あまりに激しい市民の批判を受けて2015年初めに受入れ中止となった。だが、その結果一番美味しい思いをしたのが政治を裏で操った不動産開発業者だった――というのがいわゆる「不動産覇権」という概念である。

李は「不動産覇権」への批判が燃え盛っていた頃に、「そんなに我われの投資が嫌いなら、我われは海外に資産を移すことも考える」と発言し、香港を激震させた。「長江実業」の投資は、すでに不動産だけではなく、スーパーや食品、メディア、インフラ、インターネットなどさまざまな市民生活を支える業界に及んでおり、それなしでは香港社会はほぼ維持不能になってしまう。しかし、李はその一言でまた「市民を脅迫して口を封じようとする、にくき資本家」として、市民の怒りを買ったのである。

その李は昨年、90歳の高齢で長男にその席を譲って第一線を退き、今は自ら設立したチャリティ基金「李嘉誠基金」の主席を務めている。李への市民の評価の移り変わりについては「李嘉誠氏引退、香港ドリームの終焉」にまとめてあるので、ぜひご参照いただきたい。

●李嘉誠:因果は国にあり、自治を受け入れよ

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