【読んでみましたアジア本】画一的な中国観・中国人観を打ち破るには最適の一冊/ケン・リュウ選『金色昔日:現代中国SFアンソロジー』(ハヤカワ文庫SF)

劉慈欣『三体』のNetflix版ドラマの配信開始で、再び視野に入ってきた中国SF。

Netflixドラマは主要登場人物の人種や性別が原作と大きく違うことで、中国のみならず、同じ東アジアの日本でもファンの間で違和感を唱える声も上がっているときく。しかし、逆にわたしのような「中国屋」の目から見て、ゴテゴテの中国っぽい「しがらみ」を出発点にしたあの作品を、西洋人やインド系、黒人に置き換えても立派に成り立つストーリーだったとは、劉慈欣すごい、というべきか、それとも「やっぱり映像制作のプロすごい」というべきか、という感想だ。

製作指揮には原作者の劉慈欣自身も関わっていて、インタビューでも「Netflixのバージョンはまったく違うものになるはず」と予言していたとのことだし、「我が作品」のキャンバスが大きく塗り替えられていくことにあそこまで寛容になれるということ自体が、劉慈欣のすごさかもしれない。

ただし、この点については、今回取り上げるこの『金色昔日:現代中国SFアンソロジー』の末尾にあるエッセイの項で自身もSF作家の王侃瑜(レジーナ・カン・ユー・ワン)が書いているとおり、中国のSF作家やコアなファンは日頃から海外のSF小説はもとより、海外映画やドラマをよく見ている層であるという点も大きく関係しているだろう。

中国国内事情をよく知らない人には、中国における欧米文化の浸透度を理解するのは難しいかもしれない。というのも、外から眺めている我われのもとに届けられる、中国の一般的な文化ムードというのは「愛国」やある意味狂信的ともいえる独自文化の強調ばかりだからだ。

実のところ、それは(またいつもの話になるが)それを伝えるメディア関係者のフィルタリングによるところが大きい。日本から中国に乗り込むと、「日本でよく見かけるもの」よりも「日本にはない異質なもの」ばかりを取り上げてしまうからだ。もちろん、これに対して「報道が異質なものを伝えるのは当然」という言い方も報道関係者から返ってくる。

だが、比べてみたい。米国を報道するとき、彼らは「異質なもの」ばかりを取り上げているかどうか。実は欧米報道に割かれる紙面や時間は、中国及びアジア各国に関する報道に比べてずっと多くを「日常的なもの」あるいは「日本でもよく見かけるもの」に割いている。

これはある意味、日本のどこかにまだ「自分たちと欧米は同質(でありたい)」という期待や視点がある一方で、アジアを「他者」「異者」としてみなしている証拠といえるだろう。日本のアジア報道で最も手間暇がかけられている中国ですらそうなのだから、その他のアジア諸国はなにをかいはんや。

もう一つ、中国(あるいはときに韓国)に限って言えば、「国策」としての「愛国主義」がここ10年ほど明に暗に強調されているという現実もある。それが「異質なもの」という視点と結びつけば、最高の題材となるし、各社争って報道する。その結果、日本で日常を過ごす日本人にはそんな、「愛国主義ムードだらけの中国」しか届かないという結果を生む。

その証拠に、これを読む方々にぜひとも聞いてみたい。あなたは、米ドラマ「フレンズ」が1980年代前後生まれの中国の若者たちの「青春ドラマのバイブル」だったことをご存知だろうか。


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