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母親に嘘をつく理由

「家に暴力を振るう人間がいないって、こんなに平和なものなんだ」


まるで世界中の時間を集めたかのような穏やかな時間。父親が死んで天国に。私達残された家族も地上の天国!……もっと母親には長生きして欲しかった。やっとの平和、やっとの自由が訪れたのに……父親の死から僅か5年後に母親も病死した。こればかりはどうしようもない。母親が自分で寿命を決めたと思わない限り納得できなかった。

『お母さんは、もって今年の年末まででしょう……』

母親の病気が見付かった頃には既に手遅れ。私だけ医師に呼び出され、母親の余命宣告。末期の肝臓癌だった。母親に真実を告げてはならない。「長かったね。何だったの?」まだ何も知らない母親に私は嘘をつく。

「うん…これから入院する為の色々な説明だったよ。病院のルールとかね、色々……」

こう言うしかないでしょう

その日の夜。私は「スーパーに買い物に行ってくる」と母親に伝えて外に出た。離れて暮らす一番上の兄に電話を掛ける為。また私は母親に嘘をつく。

「もしもし…お兄ちゃん…お母さんが…お母さんが…」

医師から母親の余命宣告を受けた場面。母親に1度目の嘘をついた場面。あんなに平然としていた私だったが、電話をもらった兄は、その内容を、私の号泣で全く聞き取れず、後日電話をかけ直してきた。

大丈夫だよね?お母さん。あんなに苦労して忍耐強いお母さんなら、病気にも耐えて死なないでしょ?余命宣告なんてアテにならないよね…?

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