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取り置き

 二十年程前、当時私がアルバイトをしていた自転車店に、一人の少年がやってきた。少年は店の隅にある、旧タイプや傷がついた自転車、試乗用の自転車などを安く売っているセールコーナーで、一台一台を食い入るように見ていた。

 次の日、少年が再び店を訪れた。少年はセールコーナーを指差した。そして店中に大きな声が響き渡った。

「お願いします。あの自転車を取り置きして下さい!」

何事かと、店の奥から店長が飛び出して来た。そして少年の側に駆け寄った。少年はもう一度取り置きのお願いをした。
少年が指差している自転車は、何段階もの変速ギアがついているスポーツ車だった。古いモデルのため、ずいぶん手頃な価格で売っていた。

必死の形相をしている少年に、店長はゆっくりと伝えた。

「あの自転車はセール品だから、取り置きはやっていないんだ。でも何か事情があるみたいだね。よかったら話してみてよ」

優しい店長の声に、少年は落ち着きを取り戻した。そして訳を話した。


 少年は、学校の友達から夏休みに自転車旅行をしようと誘われた。しかし、少年は自転車を持っていなかった。母親との二人暮らしの生活では、自転車を持つ余裕がなかったのだ。
旅行を諦めかけた少年だったが、昨日ふと立ち寄ったこの店で、安くてカッコいい自転車と出会った。そしてその時思いついたのだ。

゛近所の新聞屋さんで毎朝新聞配達をさせてもらって、そのお金で買おう!゛

ここに来る前、新聞店の面接にも受かったとのことだった。話しを聞き終えた店長は、

「よし、協力しようじゃないか!お金が貯まるまであの自転車は誰にも売らないよ。新聞配達なら体も鍛えられるから、一石二鳥だな。あの自転車・・・あいつはいい奴だよ。丈夫だし乗りやすいし、何より君と同じで男前だ。
あいつと君はいいコンビになりそうだ。アハハハハ!」

店長は少年に負けないぐらい大きな声で笑うと、少年の肩をたたいた。
少年は嬉しそうに、何度も何度も店長に頭を下げた。
それから、自分の相方になる自転車を、まぶしそうに眺めていた。


 翌朝から少年は新聞配達を始め、学校の帰りには店にやって来た。
店に来るとまず相方に挨拶をした。そして、その後は旅行に備えて店長から自転車の整備の仕方を教わった。少年はいつも真剣に店長の話しを聞いていた。
店長が言った通り、少年の体も日に日にたくましくなっていった。

 もうすぐ夏休み。とうとう納車の日がやってきた。
 その日は少年の母親も一緒だった。書類に保護者のサインが必要だったため、少年が連れて来たのだった。二人の来店を確認した店長が自転車を運んで来た。

少年と母親の前に置かれた自転車・・・・
それは少年の相方ではなく、婦人用の自転車だった。

「これ、母さんへのプレゼント!」

少年は照れながら母親に言った。突然のことに、母親は口を開けたまま固まってしまった。


 それは、一週間前のことだった。
「すみません。やっぱりあの自転車は買いません。別の自転車を買います!」
店に来るなり少年は告げた。そして、その訳を話した。

 毎朝、少年が新聞配達を終えて家に帰る途中、仕事に向かう母親とすれ違った。母親は交通費を節約するために、家から一時間以上歩いて職場まで通っていた。少年は新聞配達をするようになって、仕事の大変さ、お金を稼ぐ大変さを知った。そして、母親の苦労に改めて感謝した。遠ざかる母親の背中を見て少年は思った。

「自転車があれば少しは楽になるのではないか?」

 少年は自分のためではなく、母親のために自転車を買うことを決めたのだ。相方には昨日、コンビ解散を告げていた。

「この自転車を整備したのは息子さんです。お母さんのために一生懸命でしたよ」

涙を流している母親に店長は伝えた。

「これからも整備は僕に任せて!」

少年は力強く母親に言った。

それを聞いた店長は少年に言った。

「それからもう一つお知らせがある。
今日から男前コンビ復活だ!
夏休みに二人で旅行しておいで。その後はまた取り置きしておくよ。お迎えはいつでもいいから!」

店長の言葉を聞いた少年は、一目散に相方のところへ走って行った。

#やさしさにふれて

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誰かの心にそっと花を咲かせるような、そんな゛咲く文゛を届けたいです。 コンテスト受賞歴: ふくい風花随筆文学賞最優秀賞 家の光読書エッセイ賞 たつごうエッセイコンクール最優秀賞  PHPエッセイ賞 Panasonic×note「#やさしさにふれて」入賞 などなど