ヴァンパイア・キャッスルへようこそ

ドイツ某所にあるその城は、世界遺産になっている。東京ドームだか大阪ドームだかがウン百個入る広大な敷地は中世から生きる不死者シド・フォン・アルペジオ公爵氏の私有地であり国立公園でもある。

本物の吸血鬼と会える、と評判の観光地だ

「私は止めたからな」観光ガイドに幾らか握らせ、夜でも敷地に入れる場所を聞き出した。今更後に戻れるか、もう入ってしまったんだ。城の主たちはもう気付いているかもしれない。

マナーやルールを守れない人間は安全を保障されない。それはここに限った話ではないが、ここに限ってそのリスクは遥かに重い。

「綺麗な満月だ…レミ、ごめん。オレは真っ当な育ち方ができなかった…」呟く独り言は木々の向こうに吸い込まれ、沈黙は頑なに周囲を支配する。今本当に独り言を呟いていたか、自分自身ですら定かに思えなくなってゆく。

「おっかないな…前来たときはもっと普通の森に思えたな」端末を取り出し、アプリを操作すると、ハンジはいつもの調子で喋り始めた「ハイドーモ。ハンジの素敵な生放送…今回が最終回です…みんな…ここがどこだかわかる?うわすごいコメント!おっと、シーっ!」サイバータレントとしての活動の締めくくりは不法侵入生中継。一時期は浴びるようにあった多額の広告収入もいまや微かに懐を湿らせるのみ…さりとて没落貴族の汚れきった晩節は、大衆にはそれなりの見世物であった

「オイオイ酷いぜ皆~…今になってこんな再生してくれたってオレにはもう一銭も入ってこないんだぜ?…それより見てくれよ、綺麗な満月だろ?…チョー雰囲気出るよな…そして…ホラ…城が見えてきたぞ…ワオ…オレ夢見てんじゃねえよな…」

城と森を隔てる堀には霧が立ち込め、極度に澄み切った空気が鼻を衝く。レリーフめいて超然と月明かりを羽織り、オーベルシュタイン城はそこにあった

思わず城に見惚れる配信者。動画はそこで終わっている

「こんにちは、迷子のうさぎさん」


【続く】

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