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むしろ、分かりやすい。ソ連映画初期の名作「ちぇす狂」「アレクサンドル・ネフスキー」。

窯とハンマーが象る、労働者の国から生まれた映画とは、
「戦艦ポチョムキン」(1925)に代表されるエイゼンシュタインのモンタージュ理論、ジガ・ヴェルトフやレフ・クレショフらによるアヴァン・ギャルド運動、タルコフスキーの「惑星ソラリス」(1972)や「ストーカー」(1979)といった作家性の強いアート映画、7時間という気の遠くなるような長さの「戦争と平和」(1967)に代表される重厚な文芸映画、そして社会主義の理想を謳いあげるプロパガンダ映画。
長い、重苦しい、訳が分からない 、暗い映画が多いという認識のロシア映画。
勿論、それだけでソ連映画が成り立っていた訳ではない。「むしろ、わかりやすい」作品も多々存在したのだ。

今回は、ソ連映画史初期、それもWW2前の作品から2つを紹介する。


ミイラ取りがミイラになってしまった。「ちぇす狂」。


1925年モスクワで開催された国際チェス競技大会と前後して巻き起こった空前のチェス・ブームを皮肉って、作られた作品だ。20分前後の短編だが、

主人公の青年は極度のチェス中毒。ハンカチからソックス、帽子に至るまで身の回りの物には全てチェスの碁盤模様を施こす徹底ぶりである。一つ二つくらいにピンポイントならキュートだろうが、全部が全部それで揃えていると、オタクの悪い見本みたいで、ちょっと怖い。
チェスに夢中の余り、婚約者とのデートに遅刻し、彼女と二人の時も上の空。チェス・プロブレムのことで脳をフル回転させている始末。彼女は頭にきて席を外して外へ出て行ってしまう。そりゃそうだ。

しかしここから彼女の受難が始まるのだ。彼女が街を歩く先々、老若男女問わずチェスに没頭している。ネコさえも。
彼女は祖父に相談するが、やはりチェスで頭がいっぱいの彼はアテにならない。
こんな世界にはもういたくない、そう悲嘆に暮れた彼女は遂に薬屋で毒をもとめる始末。案の定、薬剤師もチェス対戦に没頭中。毒の代わりに駒を渡す始末…

一方、青年は自分の態度を深く反省して彼女と仲直りしようと決意する。チェス一式は当然、ハンカチもソックスも帽子も、コートのポケットにこっそり忍び込ませていたポーンの駒も、チェスの意匠が出てくるは出てくるは。これら全て川に投げ捨てて、彼女のもとに向かう。
ああ、しかし何たることだ! チェスの世界チャンピオン、カパブランカと偶然出会ってしまった彼女が、遂にチェス愛に目覚めてしまったのだ!
二人の婚約者は仲良く対戦に洒落込むことにする。青年がコートの裏ポケットに隠していた布盤を取り出して。

アバンギャルドというべき爆発力の強い演出。そのなかで、ファンでもなんでもなかった人が、ファンへと洗脳される。 なるほど、おそろしい作品だ。


FGOでおなじみ英雄活躍劇。「アレクサンドル・ネフスキー」。


「戦艦ポチョムキン」のモンタージュ理論で一躍世界に名を知らしめたエイゼンシュタイン。
1929年、ハリウッドに意気揚々と出かけ、革命賛歌「メキシコ万歳」を撮ろうとしたのはよかったが、製作途中で空中分解。
1932年に何も為せないまま帰国し、傷心の彼が、その8年後、ようやく完結に漕ぎ着けた作品だ。中世ロシアで夷たるドイツ騎士団を討ち払った英雄アレクサンドル・ネフスキー(FGOでもお馴染み)の物語。時間はかかったが、感無量だったことだろう。
なお、独ソ不可侵条約締結 という大人の事情で、公開は途中打ち切られた。

13世紀、ロシアは東からタタールに侵略され、西からゲルマンの侵入を受けていた。プスコフがゲルマンのチュートン騎士団に占領されて、危機が迫った商業都市ノヴゴロドの民衆は、降伏を主張する大商人たちを斥けて、かつてネヴァ河でスウェーデン軍を撃退したアレクサンドル・ネフスキー公爵を迎えて、騎士団に立ち向かうことを決めた。
 公爵は農民を起ち上らせ、義勇軍を編成した。かつてネフスキーと共に戦った戦士のブスライとオレクシチも農民軍と共に戦場へ向う。
 ネフスキー軍は最初は、騎士団の奇襲に敗退するがネフスキーは地形を熟知したチュード湖で彼らを迎え撃つ。決戦の時がきた。凍結した湖上の中央突破をもくろむ騎士団はブスライ隊を二分して突進してきた。オレクシチの左翼部隊が攻撃をしかけ、右翼からはネフスキー隊が突入し、さらに農民軍が騎士団を背後から襲った。白い氷上に剣と槍と楯が火花を散らす。騎士団はついに、氷の薄い湖面に追われて、吸いこまれるように沈んでいった。
 そして勝利に湧くノヴゴロドにネフスキー軍が凱旋し、ブズライとオレクシチの二人の勇士の結婚式が行われた。

ロシア映画社 公式サイトから引用

ここに「戦艦ポチョムキン」のような憎悪、地の哮りはない。
洗練された画面の中に、騎士たちがいて、
伝説を作り上げていく。
うっとりと、鎧武者たちの伝説、カッコよさを見つめるための映画だ。

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Criterion 公式サイトから引用
とはいえ。
本作でメッセージ性を排除した「むかしむかしの…」御伽噺を描いた(なのにお蔵入りを喰らった)エイゼンシュタインは、思うことがあったのだろう:有り余るエネルギーを、次の「イワン雷帝」でぶつけることとなる。


もうひとつ、「日本で初めて公開されたカラー映画」として有名な「石の花」。これについては野口悠紀雄の記事へのリンクを付けて、本記事を締め括る。


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