ハチクロ

秀才の天才への「片思い」としての『ハチミツとクローバー』

——今回お聞きしたい作品は、羽海野チカの『ハチミツとクローバー』になります。僕はノイタミナの1作目世代なんですけど、まさに中学の頃に観て、そこからハマったんです。『ハチクロ』はアニメ、映画、漫画といろいろあると思うんですけど、宇野さんはどれをいつ頃、どのタイミングで出会いましたか?

僕は漫画がネットで話題になり始めた頃に、漫画喫茶で読んだんだよね。まだ京都にいたと思うな。無職でブラブラしているときだったのか、大学の3、4年の時だったのか忘れたけど。僕、京都の太秦のちょっと東ぐらいの花園というところに住んでいたんだけど、そこから自転車でちょっと行ったところに、西院という阪急の最寄りの駅があって、その駅前の雑居ビルの4階だか5階だかに漫画喫茶があったわけ。僕はそこによく行っていて、そこの店長と仲良くなっていたのね。カリスマ漫画喫茶店長を目指しているというフリーターのお兄ちゃんで、名前も忘れちゃったけど、年齢的には僕のちょっと上ぐらいかな。彼と話すという目的もあって、よく行っていたんだよ。夜通しパックみたいなやつあるじゃん。夜11時から5時までで、1000〜1500円とか。そういう安いパックで、夜通し漫画を読んでいたんだよね。店長さんにおすすめはあるのかと言ったら、『ハチミツとクローバー』がいいと言っていて。

僕もネットで名前を知っていたから、いい機会だから、読もうかなと思って。そのとき、何巻ぐらい出ていたのかな。忘れちゃったけど、4、5巻は出ていたと思うな。それを一気に読んだんだよ。甘酸っぱい青春群像をちょっと洒落臭いなと思いながら、でも憧れがあって読んじゃうわけ。

まず、1巻の冒頭で森田先輩がコロッケを買ってきて、みんなでガッと食べる。あのシーンに心を掴まれたんだよね。男子校の寮の出身だったから、男同士が雑魚寝している溜まり場にジャンクフードが持ち込まれてテンション上がる感じとか、あのホモソーシャルな感じがすごく懐かしいなと思って。ただ決定的な違いがあって、僕らは当然男子校だから女気はゼロなんだよ。でも、ハチクロの舞台は美大じゃん。はぐといい、山田さんといい、こんな子が俺たちのグループにいてくれたら、どれだけ学園生活楽しかったんだろうみたいな、ある種の理想郷を見たよね。当時、僕は20代前半の、森田とかと同い年ぐらいの、森田と真山の中間ぐらいの年だったからかな。

あとは絵。今の漫画はみんな絵が上手くなっているけど、当時すごかったよね。表紙も絵葉書みたいな綺麗さで。イラストが珍しくないかもしれないけど、あれぐらいの描き込みの絵が、ひとコマひとコマが遜色ない感じで動いているじゃない。あれが衝撃で。あと単行本のデザインというか、モノとしてもすごくよくて、これはすごくいいなと思って、そのとき夢中で読んだよね。

気がついたら、明け方になっていて。その漫画喫茶の店長もシフトを代わって、まったく見ず知らずの無愛想な感じの陰気な感じの店員に代わっていて。しかも、そいつはほぼ寝ているのね。寝ているというか、まったくこっちに気づいていない。雑誌かなにかをめくっていて、客は僕ひとりで、意に介してないわけ。だから、ハチクロをかっぱらって帰ろうかなと思っていたんだけど、これは普通に犯罪だなと思って、やめたんだけど。……というのが、ファーストインプレッションだね。君はどのへんが好きなわけ?

——僕は完全に竹本くんに感情移入し続けた大学生活を送ってきたので、自分探しの自転車旅とか、すごくもがいている感じが全編を通じて描かれていて、そこに心打たれたというか。

今回読み返してみて、当時から思っていたけど、ハチクロって才能をめぐる物語なんだよね。片思いという重要なモチーフがあるじゃない? あれって男女の恋愛の片思いであるのと同時に、才能に対しての片思いなんだよね。ハチクロって2レイヤーに分かれていて、ひとつが凡人のレイヤー、もうひとつが天才のレイヤーで、凡人のレイヤーにいるのが真山であり、山田であり、部外者でいえば野宮であり、そして竹本。彼らはデザインとか職人の世界に進んでいくわけだよね。天才のレイヤーというのは、はぐと森田。こっちは完全にアートの世界の話だよね。

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