『ボーイフレンド』と「自立」の問題
さて、今日はNetflixで配信中の恋愛リアリティーショー『ボーイフレンド』について書きたいと思う。公式サイトの説明を引用するなら、これは「1か月間、男性グループが一つ屋根の下で暮らし、一緒にコーヒートラックを経営しながら交流を深め」る番組だ。この文章では明示されていないが、集められたのはゲイの男性たちで、つまり入居している8人のメンバーが潜在的には全員が互いを恋愛対象として「見做し得る」状況下で繰り広げられる恋愛リアリティー・ショーだ。
この番組については山程書きたいことがあるのだけれど、今回は僕がもっとも心を惹かれたシーンを取り上げよう。
番組の後半に、メンバーの中でいち早くカップルとして半ば成立していたダイとシュンがケンカをする。これは全編を通して反復されたシチュエーションで、だいたいシュンが些細なこと(だと、第三者からは見えるが、彼にとってはそうではないこと)で機嫌を損ねる。そしてあまりコミュニカティブな性格ではないシュンは、そのことをダイに説明することはせず、単に不機嫌になる。そしてダイは戸惑う。
彼は番組の後半になると、単にシュンがなんの説明もなく不機嫌になることを戸惑うだけではなく、こうやって毎回彼が不機嫌になるたびに自分が歩み寄るべきなのか、と考えるようになる。その結果として二人の「ケンカ」は長引くのだが、これは要するにダイがこの時点ですでに番組終了後もシュンとパートナーシップを築いていくことを前提に考えいることを示してもいるだろう。
ここで登場するのがイクオという青年だ。ダイやシュンと同じ20代前半の彼は、仕事の都合で前半で離脱したユーサクの代わりにグリーンルームに現れた新メンバーだ。つまり、イクオは番組の後半から参加したためにグリーンルームの人間関係をあまり把握していない。彼はこの時点で「本命」だったかどうかはわからないがダイに惹かれていて、おそらくそのせいもあってダイとシュンのケンカに介入する。
イクオはシュンと話し、ダイとシュンのケンカによってグリーンルーム全体の雰囲気が悪くなっているという。だから、シュンに「みんな」の前で、つまり他のメンバー全員の前で不機嫌の理由について説明するように説得する。そしてこのイクオの行動にダイは反発する。それは「余計なこと」だと。自分たちは自分たちのペースで試行錯誤している。したがって、第三者に介入されたくない、と。
そして僕にはこのとき、他のメンバーがどちらかと言えばダイに、つまり「みんな」の前でシュンが不機嫌の理由を話すのは「違う」という判断を支持しているように見えた。そしてそのことで前から好きだったこのグリーンルームという場所がより好きになった。
なぜならばこのときグリーンルームには、グリーンルームという「共同体」として物事を判断「しない」という暗黙のルールが形成されていることが示されたからだ。
シュンはあくまで「みんな」、つまりグリーンルームという共同体に対してではなく、ダイという個人に対して(仮に本人がそうしたいなら)語るべきだ。それがグリーンルームという共同体未満の集団の暗黙のルールになっていると感じたのだ。そして、その距離感が僕にはとても、気持ちよかった。
イクオは新参者であるがゆえに、可愛そうだけれどこのグリーンルームがあくまで自立した個人の集合で、共同体ではないことをまだ把握していなかったのだろう。(完結後に配信されたアフタートークでも、リーダー的存在や中心点が「ない」のがこのグルーンルームの特徴だったことが語られている。)
このイクオの介入(の失敗)の問題は、同じようにダイとシュンのケンカに介入したテホンのケースと比べるとより、論点がはっきりする。
テホンは30代の比較的年長のメンバーで、カズトに惹かれながらも積極的なアプローチはせず、恋愛リアリティーショーとしては「脇役」に甘んじてしまった。しかし番組全体に対する彼の果たした役割は大きい(僕の推しメンは彼だ)。
テホンは序盤に、ゲイというマイノリティの生き方についてダイと議論する。現実的に考えてマジョリティの感性を尊重するべきだというダイに、テホンは穏やかにだが少しずつでも声を上げて社会を変えていくべきだと諭す。短いシーンだが、番組全体のスタンスを示す重要なシーンだっただろう。
そのテホンは中盤で、自身がゲイであることを知らない両親にこの番組の出演をきっかけにカミングアウトを考えていることを告白する。
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u-note(宇野常寛の個人的なノートブック)
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