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ヒロインたちの夢を叶えた男女入れ替わりの野球漫画『アイドルA』(前編)​​| 碇本学

ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本の青春」。
今回は「ヤングサンデー」「ゲッサン」で2005年から不定期連載されている異色作『アイドルA』を取り上げます。スーパーヒロインとその幼なじみが、男女入れ替わりながらアイドル活動と野球の二足のわらじで活躍するという荒唐無稽な設定の本作。その成立背景を、担当編集者のバトンリレーから辿ります。

碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春
第21回 ヒロインたちの夢を叶えた男女入れ替わりの野球漫画『アイドルA』(前編)​​

あだち充だからこそ描けたデタラメな野球漫画

前回まで取り上げていた『クロスゲーム』の連載が「少年サンデー」で開始された2005年のほぼ同時期に、「週刊ヤングサンデー」第36・37合併号で読み切りが掲載されたのが『アイドルA』だった。
本来は一回きりだったが人気が出たため、その後も2006年第17号、2007年第5・6号合併号、第36・37合併号、「ヤングサンデー」が休刊になったため「ゲッサン」に掲載誌が移り、「ゲッサン」2010年11月号、2011年8月号に掲載されている。
2011年に「ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル」コミックスとして1巻(第1話から第6話)が発売されている。2011年以降新作は描かれていないが、不定期連載ということになっているので現在も連載中という形になっている作品である。

『アイドルA』の第1話から第3話までは短編集『ショート・プログラム3』にも収録されているが、ぜひ「ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル」コミックスで読むのをオススメしたい。こちらでは第6話までに加えて、「サンデー50周年記念! あだち充×高橋留美子合作読切」も収録されている。この合作読み切りは2009年に50周年を迎えた記念として、「少年サンデー」の二代巨頭として時代を牽引してきた二人が「少年サンデーと出会うまで」をテーマに合作&リレー形式で執筆されたエッセイ漫画となっている。
高橋留美子は10才の時に兄が買っていた「COM」の読者投稿コーナーで、佳作として掲載されたあだち充(当時16才)『虫と少年』をリアルタイムで読んでいた。また、中学一年生の時に漫画の初投稿をしている。投稿先は「少年サンデー」であり、一次審査を通過するなど才能の片鱗を見せていたことなども描かれており、日本漫画の歴史のひとつとして興味深いものとなっている。
コミックスの奥付けに記載されている連載担当は木暮義隆と市原武法の二人となっている。木暮は「少年サンデー」で『H2』『いつも美空』、市原は同じく「少年サンデー」で『KATSU!』『クロスゲーム』、「ゲッサン」で『QあんどA』『MIX』というあだち充作品をそれぞれ担当している編集者である。

木暮は前担当編集者だった三上信一から『H2』の担当編集者を引き継ぎ、大人気作『H2』を連載終了まであだち充と並走している。また、木暮自身がプロボクシングのプロライセンスを持っていたことから、ボクシング漫画をあだちに描いてほしいと何度か提案して実際にボクシングの取材にも同行し、選手なども紹介していた。しかし、スポーツ漫画が続くのは大変ということもあり、新連載はボクシング漫画とはならずにもっと気楽な内容である『いつも美空』の連載が始まった。しかし、『いつも美空』は人気が振るわなかったことで何度か連載担当の変更を提案されたものの、自分があだちの担当から外されると連載が終わると思ってなんとか固辞していた。だが、連載途中で「ヤングサンデー」へと異動となってしまう。そして、木暮が提案していたボクシング漫画は『いつも美空』終了後に、違う担当編集者がついて始まることになった。それが『KATSU!』だった。

『KATSU!』はこの連載で取り上げたように、あだち充の兄であるあだち勉が連載中に亡くなってしまう。また、プロ編も最初は視野に入れていたものの、死とも向き合う真剣なスポーツをあだち自身も描くのが難しくなっていき、本来のあだち充の良さが見られない作品になっていってしまっていた。
「少年サンデー」編集長になっていた三上はそんなあだちの状況を見て、配属時からずっとあだち充の担当をやりたいと言っていた市原に最後の希望を託し、彼を担当編集者に指名することになった。
8年越しの夢が叶った市原はあだちに自分の考えた意見を話して、『KATSU!』の連載を早く切り上げて新連載を始めようと動く。市原にあだち充の担当の話を振った三上はそれから2週間後には木暮も在籍する「ヤングサンデー」に異動してそこで「ヤングサンデー」の最後の編集長となる。ここであだち充担当編集者のバトンは危機一髪で手渡され、市原が提案した「逆『タッチ』」作品として『クロスゲーム』の連載が始まることになった。

木暮義隆と市原武法という後期あだち充作品の重要な担当編集者の二人が『アイドルA』の担当編集者として名前が載っているのはなぜか? 
理由は簡単である。あだちは自分の担当編集者が異動した際にはお祝いがてら、異動先の漫画誌で読み切りを描くということが度々あった。
「ヤングサンデー」に異動した木暮はあだちにシリーズ連載か読み切りを描いてほしいと口説き始めていた。おそらく木暮が頼んだ時点であだちは兄のあだち勉が最も可愛がった元担当編集者の願いを受けようと思っていたのだろう。木暮は「ヤングサンデー」でグラビアの担当もしていたこともあって、グラビア撮影の参考として沖縄で行われたアイドルの平田裕香のロケにあだちも連れていき取材をした。そうやって、読み切りとして掲載されたのが『アイドルA』だった。

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