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春一番の夜更けに

そこを故郷(ふるさと)だと思いたかった、遠い街の映像が私の前に現れる。自転車旅の果てに辿り着いた、丘の上の小さな街。

強い風はアルプスを超えてやってくる。真冬にはそれがあの街で雪を降らせたあとの乾いた冷たい風になる。

旧い街だった。旧市街には昭和の空気が色濃く残り、人々もまた昔風の気質だった。あの街を訪れることは過去へ旅することに似ていた。

港街の、ノンシャランであけっぴろげな気風とは正反対で、核家族の根のない人間には何もかも別世界に近かった。

あの街を訪れなくなって何年にもなる。ときたま、あの街に暮らす友に電話をかけ、変わったもの、変わっていないものの消息を尋ねる。

なぜかはわからないが、あの街のことを思い出すのは切ない。世界にはそういう場所があり、そういう、説明のしがたい気分がある。

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