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中国料理の巨匠『Wakiya』脇屋友詞シェフ、捨てられる運命を辿ってきた「放牧牛」の調理に挑戦

「どんな食材でも、それを生かした調理方法は必ずある。それは和食もイタリアンもフレンチも同じです。今回は中国料理の技法を使って、まだ価値が見出されていない牛をどう調理するのか、試行錯誤を重ねた3品をご紹介します。」

15歳で中国料理の道に入り、長い修行期間を経て自身の名前を冠した中国料理『Wakiya』を経営する脇屋友詞シェフ。上海料理の伝統を重んじ、旬の素材と掛け合わせる彼の料理は、体に優しい中国料理と定評があります。活躍の舞台は『Wakiya』だけにとどまらず、海外でのチャリティー活動などにも積極的に関わる一方、メディアにも出演し、中国料理や中国茶の楽しさを広く伝え続けています。

いかなる食材を使っても、Wakiyaの料理を提供すること。
食べる人に喜んでもらうこと。

業界では伝説と謳われるようになった今も料理を作る場所に拘らず、「Wakiyaの味」を生み出し続けています。

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今回脇屋シェフが登壇したのは、日本中央競馬会の特別振興資金助成事業「シェフと支える放牧牛肉生産体系確立事業」の3年間の集大成とも言える試食会。

有用な活用方法が見つからずに処分されてしまっていた「もったいない」牛肉を救うべく、中国料理としてどうその美味しさを引き出していくかを、デモンストレーション形式で発表しました。

世界中のどこにいてもお店と同じクオリティを出す。そんな脇屋シェフが作る料理とは、どのようなものだったのでしょうか。


もったいなくても活用方法がない。「シェフ牛」は長らく「捨てられてきた」

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今回「シェフ牛」と紹介された牛肉は、乳牛としての価値が認められている「ジャージー種」や「ブラウン種」の、オスの牛肉を指します。

一般的な牛肉として流通する「ホルスタイン種」に比べて太りにくく、高濃度の配合飼料を与えればそれなりに大きくはなるものの、市場での価値が認められていない現状では、高いコストをかけてまで育てることは難しいという問題があります。

そのため、ただ同然で処分されてしまうことが多く、SDGsが広く謳われている現代には、少しそぐわない扱われ方をされていることが問題視されていました。全日本・食学会ではこの問題を受け止め、課題解決に向けて「シェフと支える放牧牛肉生産体系確立事業」を立ち上げます。

自然豊かな場所に「放牧する」という形で健康的なオスの仔牛を育て、市場で食肉としての価値を高めていきたい。放牧で育てられた牛は赤身が多く、栄養価の高い牛肉になると言われています。

脂ののった牛肉が求められやすい日本の市場ではまだ敬遠されがちな食材ではありますが、熟成や調理方法などで付加価値を付けていくことはできるはずだと考え、この事業は進められています。

とはいえまだ数が少なく、一般流通は難しい品種です。そこで考えられたのが、レストランのシェフに生産者から直接届け、調理・提供をしてもらうこと。黒毛和牛などのブランド牛ばかりが注目を集めがちですが、数々の料理に腕を奮ってきたシェフの手にかかった新しい牛肉料理は、消費者の指向を変えられるかもしれません。

ー生産者からシェフへ愛情込めて育てた「命」のリレー

それが、今回使用する「シェフ牛」です。


試行錯誤の末に完成した『Wakiya流』シェフ牛料理

事業の説明の後、いよいよ脇屋シェフが会場へと入ります。この日、3品を紹介するために用意された時間は45分。1品15分というタイトな時間でしたが、調理工程を口にしながら次から次へと料理を生み出していました。

今回使用した部位は「サーロイン」・「内腿」・「腿スネ」。筋が入っていたり一見硬くて使いづらい部位を、中華料理の技法を使ってどのように調理するか会場の注目が集まりました。

アシスタントはTurandot 臥龍居(がりゅうきょ)の料理長 小澤善文シェフ。「今日皆さんにお出しする料理がうまくいくいかないも、小澤の責任です」と冗談を飛ばし、脇屋シェフ自ら会場の雰囲気を和やかにしていました。

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1品目はサーロインとリブロースを使ったチャイナコロッケ。

それぞれの塊肉1kgずつを低温調理し、冷ましたのち細かく切って下味をつけておく。

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別のボウルではアヒルの塩卵を裏ごししたものにバターを混ぜ、丸めてお団子状にする。

それをさきほどの味付けしたお肉で包み、竹炭のパンをサイコロ状に切ったものをまとわりつかせ、油で揚げていきます。

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「30秒揚げて2分蒸らす。はい、測ってね?」

秒単位で調理時間を小澤シェフに指示する脇屋シェフ。牛肉は低温調理によりすでに火は通っているので、このままユッケのようにワサビ醤油でいただいても美味しいのだそう。中国料理としてこれを調理を加えるのであればと、周りにさっと火を通して、中心部にはレア感を残しておくと解説します。

食べごろをはかり、中心の卵のバターがじんわりと溶け出すころがそのタイミング。ソースはピータンとお酢を混ぜたものを合わせました。

揚げる温度も試行錯誤した結果、180度がベスト。割ってみると中が少し赤い、ロゼの仕上がりを目指すのだそうです。

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「バターだけだと蒸らしている間に溶け出していってしまう。それをギュッと閉じ込めるために、アヒルの塩卵と合わせることにたどり着きました」

アヒルの塩卵から染み出すバターの旨味と香りが、淡白な味わいの牛肉との相性よく、揚げ物なのに重たくない。口当たりの良い軽い食感のパンと相まって、一口で食べるのはもったいないと思いつつも、あっという間になくなってしまいました。

2品目は内腿肉を使った炒め物。
色々な角度の繊維が入りまじるこの部位は、繊維に沿って切れば食感は柔らかくなり、繊維を断つように切れば、硬く感じてしまいます。

今回は切りやすいように半分凍らせた内腿肉を縦の筋に沿って薄切りにしたあと、糸切り(中国料理の切り方で絲(スー)と呼ぶ)にします。

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中国料理として日本人にもゆかりがある青椒肉絲は、硬いお肉を上手に使うための中国人の知恵によって生まれた料理。それに近い調理方法で、進んでいきます。

切った牛肉をボウルに入れて解凍しながら、下味を付けます。

ここで紹介された中国料理で「チャン」と呼ばれる下準備は、焼くだけでは硬いままの牛肉を柔らかく味をのりやすくするために下味とでんぷん質を加えるという技法です。

塩を加えて手で練り、牛肉の粘りを引き出したところへ卵を加える。この段階で牛肉の質がわかるそうで、卵をよく吸収する牛肉は、健康的で良い牛肉だということ。卵をたっぷり吸い込んだシェフ牛に片栗粉をうっすらとふりかけ、柔らかな肉質へと変化させていきます。


この「チャン」は牛肉や魚介類などの下準備によく使われる技法で、この状態で冷蔵庫での保存も可能。中国料理は下準備が一番大変。しかし、そのおかげで、注文されてから提供までが早いのだそうです。

「食べ方によって切り方は様々ですが、このチャンをすることによってお肉はすごく柔らかくなります。」

フライパンに油をひき、牛肉は一本一本剥がすように低温から炒めていく。繊維に沿って切ったことで炒めても千切れる心配がない。火が通ったら一度鍋からあげ、調味料を混ぜ合わせ熱したフライパンに再び戻して、一気に炒めて完成。

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ここにピーマンや竹の子の細切りを入れれば青椒肉絲となるが、今回はチコリの上に炒めた牛肉を盛り、パンに挟んで提供された。

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仕上げに「陳皮(ちんぴ)」と呼ばれるみかんの皮を乾燥させた香辛料をふわりとかけ、華やかな香りをまとわせて完成。

パンの甘さと牛肉の甘味・柔らかさが口いっぱいに広がる。シャキシャキとした野菜と共にいただく青椒肉絲とはまた違った食感が楽しめる。

すぐ側でみていた司会の男性にも、パンに挟む工程を手伝ってもらう脇屋シェフ。
「手伝ってくれたから、一番最初にどうぞ」と勧めるとあまりの美味しさに一口で食べてしまいそうな彼。「一口で食べなくていいよ(笑)」と制する姿に、また会場は笑いで包まれていました。

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続いては、今回一番調理しづらい部位だという腿スネ肉を使った料理を2品展開しました。

この部位は、筋をよけてひき肉にするには労力がかかり、ミンチにしても舌に違和感が残ってしまいます。

「中国の人はこの硬い部位、特に腱が美味しいと言います。これを使ってハムにしたり、前菜にしたりするんです」

普段捨ててしまうことも多い野菜の皮などを香辛料と合わせ、お肉に揉み込んで数日おく。筋にまで味が染み込んだお肉を、ボイルをして1時間ほど煮込む。薄く切ってみると筋が包丁に当たる感覚がある。透かしてみると透明な筋の部分、ここがなんとも言えない食感と風味を出し、愛されているのだそうです。

参加者には2枚ずつ配られ、1枚はそのまま、2枚目にはジャンローと呼ばれる生姜のソースをかけて提供されました。

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「見習いの頃、「下準備した肉の筋を取っておけ」と指示されたことがあります。何に使うのかな? と思っていたら、その筋をボイルして丼ごと蒸し、トロトロになったものに生姜とお酢を合わせたソースをかけて食べさせてもらいました。中国人の知恵はすごいと思った。そんなことを思い出しました。」

さらにもう一品。煮込む時間を変えた腿スネを取り出し、ぶつ切りにしていきます。唐辛子・豆板醤・高菜漬け・野菜をつけたものなどを混ぜ合わせて味をつけ、炊き立てのご飯の上にのせていきます。

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スネ肉を煮込んだスープに醤油で味をつけてまわしかけると、あっと言う間に中華風の雑炊が完成しました。

シェフ牛を今回初めて調理した脇屋シェフ。

「今回どうして糸切りにしたりここまで手をかけたかと言うと、これが中国料理だからです。「シェフ牛」を料理しようとすると焼いたり炙ったりしながら、合わせる調味料で味わいを変える提案が多くなるのではないでしょうか。

庶民の料理として身近に感じてもらっている中国料理の伝統的な技法を紹介しながら料理をすることは、逆に新鮮に感じてもらえるのでは? と考えました。

頭に浮かぶレシピを何度も挑戦してみたのです。ローストビーフにしてみたり、塩胡椒で焼いてみたり。でも、少し物足りないんです。美味しいんだけど、物足りない。

どうしようかなと試行錯誤した結果出来上がったのが、今日ご紹介した料理です。

中国はもともと牛肉を食べる文化がなかった国で、水牛などの硬いお肉をどう食べるのか、考えに考えて料理にしてきたという歴史があります。肉本来の味・風味・特徴を生かす調理法をつかっていけば、色々な料理ができる。頭の良い中国人が考えに考えた知恵の結晶が、中国料理です。

和食・フレンチ・イタリアン、料理のジャンルには関係なく、シェフ牛を活かす方法はある。まだ市場価値が認められていないからこそ値段が安くて美味しいお肉があると知ってもらえれば、もっと広がるんじゃないかなと思っています。」

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デモンストレーションをしながらも、料理の提供時間にこだわり、裏で調理するスタッフとの連携を取り続けていた脇屋シェフ。食べ頃のタイミングで提供される試食は、あっと言う間に参加者の胃袋へと消えていきました。

「様々な調理方法を模索したものだから、しばらくうちのスタッフたちは賄いにシェフ牛を食べ続けていたんだよね(笑)」

そう笑って話しながらも、その目的はただ一点、「目の前に食材を、一番生かす方法は何かを突き詰めた」ことに他なりません。

中国料理の技法を惜しむことなく伝えてくれる脇屋シェフの姿勢に、会場は感動でつつまれていました。

本事業終了予定の3月に制作される報告書に、本記事でご紹介した脇屋シェフの詳しいレシピも掲載される予定です。


取材・執筆:柴田 佐世子(LABOUSSOLE.LLC)
編集:柴山 由香(LABOUSSOLE.LLC)
撮影・バナーデザイン:小野寺 美穂(LABOUSSOLE.LLC)

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