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”世間体”から離脱するタイミングについて

これから世の中の数十年単位の動きとしては、徐々に徐々に、多くの人が「世間体にとらわれない生き方」にシフトしていくような気がしています。

世間体を気にしなくていい生き方が、実はけっこう色々とあって、そっちのほうが楽だと思う。

…ということで、私も、「脱世間体」化計画、まわりにナイショの水面下で自分自身の20%ぐらいを達成してきていると思うのですが(笑)、あと数年で、この比率を70%ぐらいまで引き上げたい。

いっぽうで、地域社会はとくに「世間体」に縛られます。
世間体に縛られていなさそうに見える人も、実は俯瞰して見ると、直接的/間接的に、「縛られてるじゃん!」と思えたりもする。

けっこう私自身が、いろんな付き合いがある人から「お前はいいよな…」とかと言われるのは、実質的に世間体の縛られ感が薄くなってきているためでしょう。

で、これ、ちょっと勘違いされるのが”わがままに生きる”ということではなくてですね。

わがままに生きているかどうかって、「あくまで世間体という枠組みのなかで、どうわがままに生きるか」をみんな選択してしまいがちで。

「世間体の枠組みの中でわがままに生きる」例:
「性的マイノリティの存在を心の中では認めていないのに、自分自身の個性は地域社会に認めてもらいたい」「みんなから認められて一般よりも裕福な生活をしたいけれど、めんどくさい仕事はしたくないし、リスクも被りたくない」…みたいな状態のまま生きていて、おそらく生きづらさを抱えてそうな人たち

そうじゃないよな、と。

「脱世間体」という新しい世界で、いかに、価値観をともにできる人たちと、ひとりよがりではなく共感しあって生きていけるか。
みたいな、そんな感じ。

「世間体から脱し(諦め)て協調関係をつくる生き方」例:
「女性は男性から守られる・家事は女性が担うという旧来的な価値観を捨てるかわりに、共感する仲間たちとそれぞれの個性を組み合わせて協力していきていく」「スキルセットがあったとしても名声や年収上位数パーセントの道を放棄するかわりに、余計なしがらみを気にせず生きていく」みたいな感じ。

コミュニティの軸が、もう、全然違う!と。

で、その「脱世間体」という新しい世界の住人達と、私自身が、結びついてきてる感がある。まだちょっとだけれど。

この”ちょっと”から、次第にそっちに軸足を移すのが、2020年代前半の自分自身の生き方の模索なんだと思っています。

※あくまで私のごくごく個人的な生き方のこと


「脱世間体」に世の中が徐々に移っていく、というのは、ただの私の直感的な予想なだけなんですが、これがホントだったら、私、「脱世間体コンサルタント」になれそうな気がしますので、ご興味のある方は資料請求を!(なんの情報商材だ…笑)


追記:どうして世の中が脱世間体化していると思うかメモ

めんどくさいので箇条書きで、推敲もせず、メモ程度に。
(こういうのが、脱世間体化の一歩。笑)
以下のような感じ。

・アフターコロナでリモートワークの市民権の定着。パラレルワークも副業もどんどん解禁。どこにいてもどんな仕事もできる世の中。それほど「地域」に縛られない生き方が拡がる。

・「マイノリティの権利」について、この数十年で、人類がやっとパンドラのハコをあけちゃった点。マイノリティ同士が結びつける環境がどんどん生まれるので、そっちに逃げちゃえばいい、となる。

・『ホモデウス』がベストセラーになったりと、かなり「神の不在」が定着化してきている感。世代がもう一巡すると、いよいよ、神や仏やあの世を、誰も信じなくなる。
(そんな世界で”スピリチュアル系”ってどーなるんだろうね…すっごく興味あるw)

・パートナーとのあり方について、いま、旧世代の抵抗の最終局面。夫婦別姓はどっかで達成されるだろうし、婚外子もどっかのタイミングで”非常識”ではなくなるとは思う。そこらへんで…、遅かれ早かれ一夫一妻制の結婚制度は機能不全になっちゃう、と。…とすると、それにまつわるあらゆる”世間体”が崩壊する。

・テクノロジーの進化。特にブロックチェーンの社会実装の本格化がトリガーだと思います。そこで「信用」の概念がガラッと変わり、金融も、契約も、あらゆる証書も、経歴のあり方も、何もかも変わる。遅くとも20年後にはガラッと変わってる(変わった後での対応だと遅いので、けっきょく2020年代でアーリーマジョリティの前半ぐらいまでガラガラと変わっていくと思う)。

…みたいなことが、どれぐらいのスピード感でくるか。SNSが世の中に張り巡らされちゃったので、50年とか100年っていうゆっくりさではないとは思うし、世界はもうパラレルに進んでいるので、「脱世間体化している人たちが暮らすレイヤー」と「世間体に縛らる人たちが暮らすレイヤー」は重なって存在してしまう。。。

このコロナ禍で次第にそう考えるようになりました。

あ、そして、「脱世間体化」のコミュニティの住人は、じゃあ何を目指すか…というのも実はけっこう色々と考えたりしているので、そこらへんはまた別の機会にでも。


追記2:脱世間体化の価値観になっちゃうとどうなるか

あくまで私個人の心の変化についてです。以下のような感じ。

・法人を立てた時は、どこかで「会社が大きくなること」をちょっと考えていたような気がするんですが、この1年間でぐっと考え方が変わった。会社を大きくしよう、みたいなモチベーションが全然なくなる。というか、そもそも会社を存続させることの目的意識もなくなる。。。
(あ、でも、いま3期目で、6月に締めますが、おそらく3期連続で増収増益、3期目は大幅にキャッシュフローも改善、負債ほぼナシです✌。規模は大きくは拡大しませんが、ビジネスモデル的につぶれることはなさそうかなと。。)

・いま私はフリーランス寄りの働き方ですが、被雇用者に戻っても別にいいよ、とも思っちゃってる。というか、そういうの、どーでもいい。どーとでも生きていける。

・見栄がとてつもなくなくなっていく。自分でもびっくりするほどなくなってきている。(もちろんゼロにはならないことも自覚はしています)

・見栄のためのSNSのフォロワー数とかもどーでもよくなる。SNSでうまいこと言おう、とかも思わなくなる。とにかく、価値観が合う人と出会えさえすりゃいいし、価値観が合わない人からフォローされるほうが嫌。
(仕事の観点でのSNS利活用はまた別問題)

・あらゆる「おどし」に滑稽さを感じてしまう。

・結婚する気がなくなる。前は心の片隅に「しなければいけないような気がするので、けっきょくは結婚したいんじゃないか、自分?」って思っていたけれど、これがホントなくなっちゃったのが、自分でもびっくり。
(もちろん、してもOK!笑)

・キャッシュフロー(というか資産管理)にとにかく敏感になる。「世間体」というのは一種の色んなリスクからの防護壁だとも思うのだけれど、うっすら感じるのは、それがなくなったときに大事なのは、人生が最低限持続していくための資産管理。

・でも一方で、「生への固執」も、ちょっと捨てる感じになって、リスク回避思考も弱まる。死ぬときゃ死ぬ。長い人類の歴史からしたら5年後か50年後か80年後かは誤差。
~自分という個の名誉ある長寿に固執しなくなり⇒その分、リスク回避思考が減り⇒持続可能な資産管理を現実的に考えるようになり⇒そのベースラインが見えてくるので、”お、自分の生きたいように生きれればいいじゃん!”となる~

・自分がホントに大事にしたいこと、が研ぎ澄まされていく感。これについては、たぶん、人それぞれだと思います。

・後ろめたい隠し事がどんどんなくなる。(でもこれについては、もともと生きやすく生きてきた自分、えらいぞ!)

・恥がなくなる。(全然ないわけではないので、ときたま、「あ、これ、自分は恥ずかしいと思うんだ!」っていう発見をして、面白いw)
「何かを未経験であること」「知らないということ」…等々に恥の感情を持たなくなってきた。名声欲に加えて恥をも克服すると、もう全然別の人生ステージ感。

・もろもろの価値観の変化にともなって、人付き合いの基準がガラッと変わる。

・独占欲がホントうすくなる。支配する野望、みたいなものもどんどんなくなっていく。

・つまり「自分中心」じゃなくなる感。もちろん、自分が可愛いし、自己中心的な心は、絶対にゼロにはならない。が、たとえやりたいことであっても、「自分が担わなきゃ」みたいな焦燥感はかなり減る。自分じゃなくても他の誰かがやりゃーいいじゃん、的に。


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岩手県の盛岡市在住 Business Development 岩手移住計画 / 副業プラットフォームRE:SiDE…等も スキー / さんさ踊り / 伝統工芸やクラフト / テック系…色々と雑食