人文系博士4年(満退予定)による新卒就活の記録

人文系の某領域にて研究を行う私、最近新卒として就活を経験しました。
「人文系博士学生の民間就職は厳しい」という噂はいっぱい聞くけど、実際に経験したことある人はそんなにいないという状況なようにも思うので、どなたかの参考のためにここに記録しておきます。

就活を通して、なんとなく常識のようになっている「人文系博士学生の民間就職は厳しい」という言説は部分的には正しいし、部分的には正しくないな、と思うようになりました。

その詳細も含め、あくまで私の経験だけに基づいたものにはなりますが、人文系博士課程で新卒就活を目指す人の参考になりそうなことを書きたいと思います。

アカリクの方に就活でお世話になったのに、紹介していただいたところと違う企業に就職することになりそうなので、感謝の気持ちで勝手にアカリクの宣伝もします(笑)

もしかしたら、私の知り合いが読んで、誰が書いてるか気づいちゃうかもしれないのですが、見なかったふりしてそっとしといてください。

新卒就活に至る経緯

もともと、研究者、ましてや大学教員になりたくて研究をしているというわけではなかったので、大学教員ってかっこいいなという気持ちはあるものの、研究職にこだわりはありませんでした。(って書くと、なんのために博士まできたの?って思われそうですが、とにかく自分の関心のある研究課題を追究したいという気持ちだけで研究してきたということです。)
狭き門だし、分野の異なる複数の大学研究室で事務のバイトをした経験からも、大学教員にまともな研究の時間はなく、労働環境も悪いということを実感していたので、気が済むまで研究したら企業に就職するつもりで博士課程に進学しました。

とはいえ、新卒として就活する予定はありませんでした。
学振の関係で博士4年まで重ねてしまったこともあり、その時点で満退すると厚労省基準の新卒要件(卒後3年以内)を満たさないし、そもそも就職時点で28歳、学部卒の子たちに囲まれて研修に臨む勇気もなく......。
アルバイト(と言えないようながっつりした仕事もしましたが)でそれなりに一般事務などの経験を積んできたこともあり、経験不問の中途、つまりポテンシャル採用を目指しての就活を予定し、秋頃からの就活を考えていました。

その計画が変わったのは、博士4年の4月半ばのこと。
中途として就活するための準備を始めるため、大学院生向けの求人サービスを提供するアカリクに登録し、エージェントさんに相談をしました。
そこで、エージェントさんに新卒就活を勧められたのです。

エージェントさんが新卒就活を勧める理由は三つ。
① 中途採用は秋以降になるので、それまで来年度以降の進路が決まらないのはしんどい。
② 中途採用は基本的には社会人経験者を中心とした採用なので、大学院生を中途の対象として採用している企業は少ない。
③ 人文系、博士4年、満退予定、4月半ば、インターン経験なしというかなりやばめの条件だけれども、応募できる新卒採用はそれなりにたくさんある。

この話に納得し、かなり遅いスタートではありますが、新卒としての就職活動を開始しました。

就活の戦略

① 自分が楽しいと思える事業、自分の経験と関係する事業
関心のない領域に一生懸命コミットできる性格ではないので、関心のある領域に絞って就活を行いました。結果として、ESも書きやすいし、面接でも話しやすいし、よかったです。

② いわゆるJTC的なところは受けない
大量に一括採用し、横並びに教育していくような企業や、普通の日本企業っぽいところでは、妙に高齢で変なスキルのある新卒の取り扱いに困るだろうと思ったので受けませんでした。(JTCってちょっと良くない意味も含む言葉みたいなので、ここで使うのは適切でないかもしれませんが…)

③ ベンチャー気質の企業を中心に受ける
やることが形式的に決まっているというよりかは、ある程度自由な振る舞いが可能で、この経歴を面白がってくれる職場のほうが力が発揮できそうだと思い、ベンチャーやベンチャー気質の企業を受けていました。企業の説明を受ける中でも、ベンチャーのほうが新しい発想や深い思考のようなものを求めている傾向があると感じたので研究経歴のある人間としては適切な選択だったと感じています。
また、実際に面接を受ける中で、そうした企業は自分の経歴を歓迎してくれているなという実感もありました。

時系列

2017年頃〜
修士進学、関心のある業種や企業について調べ始める

2022年2月後半
アカリクに登録

2022年4月半ば
アカリクのエージェントさんと面談
就活用の写真を撮る
10社弱の求人を紹介してもらう(うち数社にエントリー)

2022年4月後半
はじめて会社説明会に参加
自分でも企業を探し始める

2022年5月半ば
はじめての採用面接

2022年6月初め
内定一社目

2022年7月頭
就活終了

就活の成果

自分自身が就活上不利な立場にあるとの自覚にもかかわらず、エントリー数も少なく、選考辞退もして、結果としてかなり強気の就活になってしまいました。そういう意味であまり参考にならないかもしれません。

エントリーした企業:9社
内定した企業:2社
書類選考で落ちた企業:3社
一次面接で落ちた企業:1社
三次面接で落ちた企業:1社
途中で選考辞退した企業:2社

書類選考で落ちた企業の中には正直応募条件を満たしていなさそうだけどダメ元で出した企業もありました。そういう点も加味するとそれなりにスムーズに内定が出たように思います。また、採用倍率がかなり高いと噂される企業で三次面接まで進んだり、合わないと感じて途中で選考辞退した企業から辞退後に高い評価をFBしてもらうなど、一定の手応えを感じながら就活を進めることができました。(自分でこういうことは言いにくいのですが、私は比較的就活が得意というか、就活に向いている気質なのかもしれないとも感じました。)

また、内定先の企業と相談して、満退にせず、休学にしてよいとの結果になりました。来年度からもしばらくは大学のリソースを使って研究できそうです。

仕事の探し方・就活で利用したサービス

求人検索の方向性
アカリクを通した求人は研究を経験している人材を求めているし、エージェントさんが企業側の要求条件を考慮した上で求人を紹介してくれるので、自分自身が人文系であり、大学院生であることに引け目を感じず選考に臨むことができました。
アカリクを通した応募でない場合は、応募前に「博士課程単位取得満期退学でも新卒として選考に参加できるか」を問い合わせるようにしていました。
既卒OKやポテンシャル採用、30歳までなら応募OKなどを条件とする求人であれば、博士満退でも問題なく応募できるので、そうしたキーワードも頼りに求人を検索していました。また、通年採用を実施している企業は多様な人材を求めているという傾向があるように思われたので、通年採用も一つの検索ワードになりました。
最近は大学発ベンチャーも増えています。そうした企業は大学院生に対する理解も深く、院卒で働いている人も多いため、(実際に私は受けませんでしたが)もしかしたら良い選択肢かもしれません。

以下、利用したサービスです。いずれも課金せず利用しました。

アカリク
大学院生向けの求人サービス。エージェントサービスを利用し、求人の紹介をしてもらいました。親身になって相談してくださり大変助かりました。大手企業の紹介もあります。

Wantedly intern
主にベンチャーを検索するのに使いました。掲載数が多く、Wantedlyを通して何社か応募しました。

ワンキャリア
内定者のESや面接の質問項目などを見るために利用しました。自分と同じ年度で就活している人の記録も見ることができて便利でした。

日本仕事百貨
主に中途向きで実際に求人に応募することはありませんでしたが、企業を見るときの視野が広がりました。

(参考になるかわからんけど)アドバイス

準備は過剰にやりすぎる必要はない、だけど余裕を持ってはじめよう
就活の情報は不安にさせてくるものも多く、情報に振り回されてしまう人もいるかもしれないですが、要不要を取捨選択しましょう。
私は4月半ばと明らかに遅すぎるスタートでした。少なくとも多くの企業が選考解禁するタイミング(今年は3月1日でした)には、ある程度企業を絞って応募できる状態にしておいたほうがいいと思います。

自分のポータブルスキルを把握しよう
「人文系の研究は仕事に役立たない」なんて言われることも少なくありません。しかし、ポータブルスキルの考え方を持ち込めば、人文系の研究であっても仕事への応用可能性が大きく開けます(ていうかむしろ仕事にそのまま役立つ研究分野って実際そんなにあるのでしょうか)。
厚労省ウェブサイトではポータブルスキルを判定するサービスが提供されており、そこでは次のように書かれています。

「ポータブルスキル」とは、職種の専門性以外に、業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキルのことです。
ポータブルスキルの要素は「仕事のし方(対課題)」と「人との関わり方(対人)」において、9要素あります。
【仕事のし方】は仕事における前工程から後工程のどこが得意かをみており、【人との関わり方】はマネジメントだけでなく、経営層や、上司、お客様など全方向の対人スキルをみています。
厚生労働省ウェブサイトより

つまり、ポータブルスキルとは、汎用的な仕事スキルのことを指しています。
たとえば、論文や資料を探索して読み込む情報収集能力や、学会発表でのプレゼン能力、研究会や勉強会での議論を通した課題解決能力などはポータブルスキルだと言えるでしょう。また、ここでは9つの能力に限定されていますが、汎用的なスキルと考えればもっといろいろあるかもしれません。これまでの研究で培った能力を言語化し、具体例をもとにアピールできるようにしておくといいでしょう。

集団で協働した経験をアピールしよう
これは勝手な想像かもしれませんが、人文系博士課程という経歴の学生に対して会社側が最も懸念するのは「集団の中で働けるか」という点なように思います。
やはり人文系の研究の性質上、一人で進めていく内容が多いため、そこでの経験が長い人が集団の中でうまく役割を持ち、協調性を持って働けるのかということは問題にされそうです。アルバイトや学会の仕事、学部時代のサークルなど、集団で協働する経験を持っている人は、そこでの経験談を言語化しておくといいように思います。そういった特定の経験がないとしても、研究室内での後輩指導や授業内での議論の経験などは集団での協働の経験だと言えそうです。特に、リーダーシップや、集団の中でうまくいいかなかったときの解決法はどの企業の面接でもよく聞かれるので、整理して話せるようにしておくといいでしょう。

プロに相談しよう
正直、博士学生の就活は当事者にしかわかりません。博士学生の就活をよく知っている人に相談しましょう。
アカリクの方には本当にお世話になりました。基本的に無料ですし、自主応募の企業が第一志望であっても「自分自身が納得できる選択をすることが大切」と応援してくださいました。使って損はないと思います。
また、私は使わなかったのですが、各都道府県に「新卒応援ハローワーク」というハローワークの新卒版が設置されており、大変面倒見がいいそうです。求人紹介、相談、ES添削、面接練習から、臨床心理士によるカウンセリングまで行われています。(当たり前だけど)非営利だし、公の組織なだけあり、労働環境が比較的まともな企業を紹介してくれるようです。ハロワから紹介された求人に応募してなくてもサービスを利用できます。

コミュニケーションのインターフェースを気にする
私個人に限った話かもしれないのですが、研究の世界にいると、愛想をよくするというような、コミュニケーションのインターフェースを作る能力が乏しくなってくるように感じます。愛想、表情、仕草とかいったことは、研究の内容に非本質的だし、だからこそ研究をしている人間はあまりそういったところを重要視しない傾向があります。それゆえ、研究の世界では個々の人間のインターフェースに左右されないコミュニケーションが成立しているので、そうしたことに気を使う必要がないように思うのです。
しかし、会社では複数人で課題達成を目指すために他者と協同していくためのインターフェースが重要なようにも思います。私はそうしたインターフェースの作り方に疎い自覚があったので、就活の中では「良いインターフェース」の演出をかなり意識しました。
良いインターフェースとは、ウェイとか明るい性格とかの気質や性格のことではなく、業務のコミュニケーション内で相手の状況を慮りながら「相手が話しやすい態度」「相手に伝わりやすい話し方」を実行することだと私は考えています。説明会や面接などではそうしたスキルを自分が持っているとアピールすることを意識して先方とコミュニケーションを取るようにしていました。
これは性格や気質の問題ではなくスキルの問題なので、鍛えれば身につけることができます。こうしたスキルに欠ける自覚のある人は、前述した新卒応援ハローワークの面接練習などを活用してみるといいかもしれません。

業界の絞り込みで人文系博士の厳しさはある程度回避できる
たしかに、博士学生は日系大手企業とのマッチングは少ないのかもしれません。しかし、大量に入社させて横並びに研修を行うという日系大手の性質を鑑みれば、アラサーに内定を出しづらいのは納得できることだと思います(とはいえ、人文系博士満退で日系大手に就職する人もそれなりにいるので、まったくないという話でもないと思います)。
大手に限らず、社内の雰囲気によっては、人文系博士卒とかいう宇宙人みたいな経歴の人間が入ってきてもうまく扱えず困るということもあるかもしれません。ウェブサイトや会社説明会、OB訪問の様子で判断できそうです。
あるいは人文系の人間は出版社とかマスコミ関係の進路を希望する傾向にあるように思いますが、こうした業界はそもそもの採用人数が少なく、学部卒修士卒の新卒にとっても狭き門なのは同じことです。マスコミ出版系の就活の厳しさは人文系博士という経歴による厳しさではないと言えるでしょう。
私はここまで挙げた選択肢を最初から除いて就活に臨みました。これを人文系博士特有の就活の難しさとして捉えることも可能かもしれません。しかし、どんな経歴の人でも、自分とマッチする業界を絞るということはやっているはずです。それゆえ、むしろ一般的な就活プロセスと大差ないと考えるほうが状況を適切に表しているのではないでしょうか。
このようにして業界を絞った上で選考を受ける中では人文系博士(しかも満退)であることをハンデに感じることはありませんでした。応募前に自分の経歴でも選考参加が可能かを問い合わせ、OKだった企業のみ応募していたという背景もありますが、研究生活で身につけたスキルを評価していただき、学部卒や修士卒の学生より有利なんじゃないかとすら思った場面もありました。
社会の流れを考えてみても、転職が当たり前になり、人材の流動化が盛んな現在において、20代前半で新卒入社したところで、数割は30歳までに転職します。ある企業の会社説明会では、数十年勤め上げる人材の確保するというよりかは、転職していくことを前提で採用活動をしていると明言されていました。
数年で転職する可能性が高い人材市場の中で、採用時点での年齢は以前ほど問われなくなっているということもあるように思います。スキルとポテンシャルをしっかりアピールできれば、博士課程の経歴はむしろ有利に働くはずです。

就活の感想や疑問に思ったこと

ESは学振、面接は発表質疑
ESは学振の申請書が書ければ簡単だと思います。面接は学会などで発表したときの質疑に比べればなんともありません。
研究生活の経験によって、知らず知らずのうちに就活の関門を軽々乗り越えるスキルが身に付いていたと感じました。

文系博士向け求人はコンサルとITが多い
エージェントさんから紹介された求人のうち、かなりの割合をこの二つが占めていたように思います。どちらも人材不足の業界ということもあるようですが、文系博士課程を経験した人間のスキルを求めているということも感じました。
この両者の業界に関心がある人にとって、博士を出た後の就活はそんなに厳しいものではないかもしれません。逆に、この二つの業界は絶対に嫌だという人は、それなりに戦略的に動く必要がありそうです。

研究者養成のための支援を得てきたのに民間就職する後ろめたさについて
これまで、学振やJASSOの返還免除など税金を原資とする資金援助を得てきました。加えて、そもそもの大学運営にも研究者養成のための公的資金が投入されているわけだし、さらには、高度な研究能力を持つ指導教員の時間を使って指導を受けてきました。
つまり、私という人間が研究者になるためにはかなりの資源が投入されているわけで、それなのに、結局研究者にならずに民間への就職を希望することに対して、私はかなりの後ろめたさを感じてきました。
しかし、実際にこの年齢の博士学生になってみて、研究者として職を得られるかどうかは運次第のところが大きく、妊娠出産も含めたライフコースの設計において自分自身が被るリスクが相当に大きいということを心の底から理解しました。それによって、適度に多くのポストがあるならともかく、このような不安定かつ保障のない状況では、研究者になることを求めるほうが悪しき態度であると言えるのではないかと考えるようになりました。
とはいえ、まだ多少の後ろめたさも残っているので、できる限りは研究を続けて、人類の知の拡張に貢献したいです。(できたら博士号も取りたいなあ…)

給与について
企業によって新卒の給与の設定がかなり違いました。学部卒、修士卒、博士卒で傾斜をつけている企業も多いですが、私は学歴で初任給が変わらない企業を選んだので来年は年収が下がる予定です(ぐすん)。傾斜をつけている企業の内定ももらっていましたが、そちらは(当たり前ですが)修士卒扱いなので、博士卒の人よりは給与が低い設定でした。分野により博士の取りやすさが大きく違うのになんだかなあという気もしますが、それが学歴なのでしょうがないですね。(さらに悲しい話ですが、学部卒の新卒給与でも、博士卒で助教やってる友だちより年収多くなりそうです、ほんとさあ…)

以上、ざっとした書き殴りですが、どなたかの参考になるところがあれば幸いです。


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