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【30 Fiction Challenge(29)】小さな財布を拾ったお話

 仕事からの帰り道、僕は財布を拾った。とはいっても決して高級そうな財布でもなく、大金が入っているわけでもない。キャラクターものの子供用の小さな青い財布だった。中には、小銭が数百円だけ入っている。届けるかどうか迷ったが、僕は近くの交番へ向かった。

 僕にも、今年5歳になる息子がいる。最近は仕事続きでなかなか一緒にいる時間をつくれていないけれど、子供が大切なものを落としたときの気持ちはわからないでもない。この財布がその子の元へ帰ってくれることを願ってのことだった。

 交番では、落とした場所や時刻などのやり取りを簡単に済ませ、僕はいつもの帰路につく。自宅のマンションの前からは3階にある僕らの部屋の電気がぼんやりと薄暗く光っているのが見える。僕はエレベーターで3階まで上がり、玄関ドアをそっと開けた。

「おかえりなさい」

 妻が小声で玄関まで僕を出迎えてくれる。

「ただいま」
「翔太、さっき寝たところだよ」
「そうか」
「ご飯温めるね」
「ありがとう」

 僕はクタクタになったスーツを脱ぎ、部屋着に着替え、ダイニングの席につく。ちょうど妻が食事を並べてくれていた。

「お仕事お疲れ様、もうちょっとまっててね」
「あぁ、ありがとう」
「今日はお仕事どうだった?」
「あぁ、順調だよ。相変わらず部長はちょっとうるさいけどね。翔太はどうだ?」
「翔太は今日おつかいに行ってきてくれたの。このお野菜も翔太が買ってきてくれたんだよ。」
「おぉそうか!それは美味いだろうなぁ!」

 目の前に並ぶ野菜炒めがいつもよりちょっとだけ特別に見えてくる。妻はお茶碗にお米を盛りながら話を続ける。

「でもね、翔太ったら、帰りにお財布なくしてきちゃったんだって。お金はあんまり持たせてなかったから、大丈夫なんだけど、翔太泣いて帰ってきちゃったのよ」
「あ、もしかして、それって青いこれくらいの財布?!」
「そうそう、いつも翔太が嬉しそうに持ち歩いてたあの財布。翔太、あのキャラクター大好きだったからね」
「それなら……、」

 僕の記憶から今日交番に預けてしまった財布のことが思い起こされる。確かにあのキャラクター、翔太が好きだったかもしれない。僕もなんとなく見覚えがあった。

「……そっか、見つかるといいね」

 僕は温まった野菜炒めを一口食べる。

 明日もう一度、交番に行かないといけないな。

 これからはもうちょっとだけ早く帰れるように頑張ろう。


おわり


【制作時間】
 0時間58分

【コメント】
 なんだかんだ明日がラストとなりました。あとちょっとだ。頑張ろう。

【30 Fiction Challenge】
物語素人の状態から毎日1つ何か書くチャレンジをしています。
https://note.com/wakaranaism/n/nde12fb03c66d


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