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Podcastの裏側〜「この世界の片隅に」片渕須直監督のこと〜

 もう公開から5年になるんですか、映画『この世界の片隅に』

 初めてこの映画のことを知ったときには、丁寧でありながらとても可愛らしい絵に、「ああ、子ども向けの反戦を訴える映画か」と思った。
 僕が子どもの頃には戦争や原爆の恐ろしさを訴える映画やマンガがたくさんあって、中でも小学校の低学年のとき、教室においてあった『はだしのゲン』を読んだときの衝撃はいまでも鮮明に憶えている。
 でもあの当時の映画やマンガは劇画調が多くて、いまの子どもにはなじまないだろう。だからこういう風に絵柄をソフトにしたりして、子どもたちにアプローチしようとしているのかな、くらいに思っていた。さして興味が湧くわけでもなく。

 そんなふうにして頭の、それこそ「片隅」にあった映画だったけど、公開後しばらくしてじわじわとその評判が伝わってきた。
「空襲当日の天気や風向きまで、詳細に調べた上で描かれている」
「市井の人々の暮らしが克明に描写されている」
「物語に真実味をあたえるために、監督自身が何度も呉を訪れている」
 それをきいて、どうやら子ども向けではないらしい、とわかった。

 映画好きな人間のむずかしいところで、おもしろい映画は知りたい、でもできるだけ前情報は入れたくない。だってうっかりダースベイダーの正体とか、ターミネーター2のT-800の立ち位置とか、公開前から知っちゃってたらおもしろさ半減でしょう。
 でもそうすると往々にして公開が終わってから、実はおもしろい映画だった、ということがある。だから『この世界の片隅に』も作品そのものの情報は入れないようにしながら、クラウドファンディングで資金を募ったとか、監督がとんでもない量のリサーチをして作ったとか、そういう周辺情報だけを持って観にいった。

 実際に観てみての感想はもう、多くの人が語っているから僕からつけ加えられることはないのだけれど、ただただすごい作品だった。
 観ておいてよかった。もっというなら、もっと早く知ってクラウドファンディングにも参加したかった。
 映画館になど何十年もいったことのない戦中生まれの父——午後ローでセガールやノリスがドンパチしててくれれば満足——を無理矢理連れていったら、照れくさそうに「最近の映画館は音がすげえな」と目を腫らしていた。

 さて、そんなこんなで何度も劇場に足を運んで——シネマチュプキタバタで「防空壕サウンド」って名づけたのは僕です——、これはぜひ監督にお話をうかがいたいと思った。
 ところが相変わらず、映画会社にツテがあるわけでもなく、映画監督に連絡をとる方法なんてなにも知らない。
 するとどうなるか。直接会いにいく、という結論に相変わらずたどり着く。

 聞けば、片渕監督は各地の劇場で舞台挨拶をなさるらしい。そして近々、地元のお気に入り映画館「イオンシネマ海老名7番スクリーン(THX)」にいらっしゃるらしい。それが2017年2月11日のこと。
 よろしい、ならばお出かけだ。
 そうしてチケット争奪戦にも勝利し、舞台挨拶付き上映に参加した。そのときのお話の内容は「そんない雑貨店・第54回」にまとめてある。

 あわよくば舞台挨拶を終えて劇場から出てきたところでお話をうかがえればと思っていたけれど、さすがに大きい劇場は退場制限などもしっかりしていて、僕が劇場から出てくる頃には監督の姿は影も形もなかった。
 まあ、そううまくいくとは思ってないし、そもそも舞台挨拶を観られただけでもありがたいし……、などと思っていたら、どこかから「このあと横浜で舞台挨拶だって」という声が聞こえてきた。
「横浜で舞台挨拶って、また大きな劇場なんだろう?そうなるとまたつかまえるのはむずかしいな……」と思いつつ、その劇場を調べてみるとどうにも小さい半地下の映画館。しかも、どこをどうみても出入り口がひとつしかない。

「これは、ここでお待ちしているとお目にかかれるかも知れない逃げようがないんじゃね?

 とはいうものの、お目にかかれる可能性は限りなくゼロに近いだろうな。いっても無駄足になるんだろうな。でも、やっぱり、やらぬ後悔よりやって後悔の心情が顔を覗かせる。
 結局、横浜のその劇場の前までいって、片渕須直をお待ちすることにした。
 すると、おそらく松竹のスタッフの方数名と一緒に、路地の向こうから片渕監督がいらっしゃった。僕と同じように入り待ちをしているファンの人もいて、監督は気さくにサインに応じたり、握手をしてくれている。
 ここを逃したらもうチャンスはない。僕はちっぽけな勇気を振り絞って声をかけた。
「あのぅ…」
 すると監督は足を止めて話を聞いてくれ、「インタビュー、舞台挨拶が終わったあとならいいですよ」とおっしゃってくださった。
 それからはもう、ますます生きた心地がしない。こっちには知識もなにもなくて、ただあなたの作った映画に感動しました、大好きです、という気持ちしかない。
 そんな状態のままその場で一時間以上待って、出てきた監督に再び声をかけてインタビューをさせていただいた。

 その二ヶ月後、今度は『すずさんの食卓』というイベントがあった。これは『この世界の片隅に』の主人公である「すずさん」たちが食べていた食事を実際に作って食べてみようというイベントで、それまでにも数回行われていたらしい。
 映画が公開されてから初の『すずさんの食卓』ということもあって、ずいぶんな競争率だったらしいけれど、幸運なことに抽選に当たり、このイベントにも参加することができた。

 片渕監督とご飯を作る、というだけで舞い上がってしまうのだけれど、それ以上に「生きることは食べることだ」ということ、そして戦時中の人々の生きること・生を楽しむことへの貪欲さを垣間見たような気がして、すてきなイベントでした。

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 そのときにも番組リスナーさん宛にメッセージをいただいたのだけれど、「あのぅ、そんない雑貨店の……」というと、「ああ、和田さん!」と覚えていてくださって、やっぱり記憶力がすさまじいと思った。
 だって二ヶ月前に横浜の劇場前で少しインタビューしただけですよ?いや、たしかにいきなりインタビュー申し込んで、それも磯丸水産前の路上でなんてのはいないのかも知れないですけれども。

 その後もテアトル新宿で『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』での舞台挨拶(&トークイベント)の際にご挨拶したときも覚えてくださっていて、恐縮することしきり。
 ちなみにこちらのほうはクラウドファンディングに参加することができて、エンドロールに『そんない雑貨店』の名前が入っています。

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 もしまたどこかで片渕須直監督の舞台挨拶があったら、ぜひいってみることをおすすめします。番組でもお話ししたけれど、映画では語られなかったお話や戦時中の暮らしのことなど、汲めども尽きぬ様子でお話しくださって、大変おもしろい。

 いままた監督は新しい作品の制作に取り組んでいて、こちらの方もきっとすごい作品になるので楽しみにしております。




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