【小説】月光の下で逢いましょう

今日は過去作~!

2015年のもの。5年前かぁ……(*'▽')


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クレジット(瀬尾時雨)は任意です。

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月光の下で逢いましょう

瀬尾 時雨

「沙友(さゆ)」
 煌々と耀く深緑の中に佇む小さな神社。そこで僕、有川 伊人(ありかわ よしひと)は毎日名を呼ぶ。
 呼べば、美しい少女が僕の前に顕現する。
 淡く光る白銀の髪に、まだ幼い顔立ち、紫紺の上質な着物、そして、獣の耳。
 ここは、さやかの森。僕の家から五分もかからない場所にあるそこには、美しい獣の少女がいる。彼女は沙友。この森の守り神。
「伊人、待っていた。今日は何持ってきた?」
「ふふ、そう慌てないで。――今日はおはぎだ」
「……おはぎ!」
 言った途端、彼女はくるんと目の色を変えて、僕が風呂敷を開ける手を見つめる。蓋を開けると、隣から聞こえた感嘆の声に、僕はまた笑みを零した。
 何故僕はこんなことをしているのか。それは、もういつからになるのだろう。
 小さくて可愛らしい、でもしっとりとして不思議と耳に響くその声から、総ては始まった。

  *

 僕がまだ幼い時分、隣の家の少年・志乃が病にかかった。
 志乃と仲が良かった僕は、その病に効く薬草を取りに、夜の真っ暗なさやかの森へと躊躇うことなく向かい、案の定迷ってしまったのだった。
 ――そして、彼女に出会った。
 神社を守るように月の影を浴びて立っているその姿に、僕は思考が止まった。
 淡く光る白銀の髪に、まだ幼い顔立ち、紫紺の上質な着物、そして、獣の耳。
 彼女は、僕に問うた。
「何しに来たの」
 小さくて可愛らしい、でもしっとりとして不思議と耳に響くその声。
 僕は、一瞬怯んだものの、勇気を振り絞って叫んだ。
「……友達が病気なんだ!」
 美しい獣の少女は動かない。僕はもう一度言った。
「この森にある薬草じゃないと、志乃を……友達を助けられないんだ……!」
 すると、彼女は小さく呟いた。
「トモ……ダチ」
 そして刹那、気づけば僕はその眼に、すぐ近くから見つめられていた。暫く後、彼女はいつ持ってきたのか、僕の目当ての薬草を僕に差し出しながらこう言った。
「これ、持っていくといい。トモダチ、助けてあげて」

 ――これが出会いだった。僕は志乃が元気になってから、この事を祖父に話した。
 笑うこともなく聞いてくれた祖父は、愉快そうにこう言った。
「それは森の守り神様だな。ヨシちゃんが必死に頑張ったから、神様が力を貸してくれたんだ。ヨシちゃん、その神様にお礼をしなくちゃならんね」

 今でこそ当たり前のこの生活、僕が初めてお礼のおはぎを持って行った満月の夜から始まったのだが、その時、沙友は心底吃驚していた。どうやら、沙友を畏れることなく二度も来た人間は初めてだったらしい。
 それがこの生活の始まり。沙友を守れるのは僕だと何と無く悟った瞬間から。

  *

「お味は如何かな、沙友?」
 沢山あったおはぎを既に半分くらい平らげた沙友に、僕は悪戯に聞く。
「おいしい!」
 沙友は笑顔を浮かべた。僕はだよね、と返した。
 満開のその笑顔を見るために、僕は答えを知る質問をするのだから。

 今宵も僕は、さやかの森に行く。
 僕が守ると心に決めた彼女に逢いに。

                         ――了
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2015/03/15 瀬尾時雨

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