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【寄稿】上野千鶴子さん/保険〝詐欺〟にさせないために闘い続けて介護保険を守ろう

■狙われ続ける改悪

2024年度は介護報酬・診療報酬・障害福祉サービス報酬改定が同時期に並ぶ「惑星直列年」と言われている。介護報酬は1・59%増、という結果になった。コロナ禍での介護職の奮闘ぶりを見れば、いくらなんでもマイナス改定はないだろうが、物価上昇率の2%にも及ばない。最低賃金が上昇しているのに、その影響も介護職には届かない。

とりわけホームヘルパーの処遇は悪い。有効求人倍率は15倍、どれだけ募集をかけても人が集まらない。60代以上が40%を占め、やめたくてもやめさせてもらえない。80代のヘルパーが自分より年下の利用者のところへサービスに入る、という笑えない話まで聞く。このままでは人手不足で新しい依頼が来ても受けられない状況が続く。

そればかりか、24年度改定に向けては、2022年から2023年にかけて政府の社会保障審議会介護保険部会で、信じられないような改悪案が次々に登場したことをご存じだろうか。「負担と給付のバランス」の名において「利用者負担の増大とサービス給付の抑制」、即ち保険はあっても使えない、利用抑制を図るものばかり。

利用者を苦しめ、介護職を追い込む改悪案に、黙っていられないと、2022年度には認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)とNPO法人高齢社会をよくする女性の会の共催で「史上最悪の介護保険改定を許さない!」連続抗議アクションを、2023年度には同じく「このままでは保険“詐欺”になる! 介護保険は崖っぷち」というオンラインアクションを実施した。

思えば介護保険はスタートした当初から「被虐待児」だった。改定の度に使い勝手が悪くなり、利用制限が増え、介護職は追いつめられた。2022年に審議会に提出された政府案は、その中でも「史上最悪」のものだった。具体的に論じよう。

後期高齢者医療保険の本人2割負担増に合わせて、利用者の1割負担を原則2割負担に。要介護度1、2を介護保険から外して自治体丸投げへ。現在無料のケアプランを有料に。福祉用具の一部買い取り制を拡大。通所事業と訪問介護を一体化(そしていずれは介護保険から外すつもりだろう)。

1割を2割にと言っても、利用者にとっては負担倍増である。今でさえ1割負担が重くて、利用料上限まで使わない高齢者が多いのに、2割負担になれば、確実に利用抑制が起きるだろう。ケアプランを有料化すれば、要介護認定を受けても次のステップに行くハードルが上がるだろう。要介護1、2は決して軽度とは言えないのに、介護保険が使えなくなったら、受け皿はどこにあるのだろう?「地域総合事業」という名の低価格の有償ボランティアに頼ろうというのか。福祉用具を買い取りにしたら、業者は売りっぱなしで機種の変更や調整に応じてくれないだろう。…結果は利用抑制と介護の質の劣化であることは、目に見えている。

2022年秋に5回にわたって実施した連続集中抗議アクションで、主要な改悪案をいったんは押し戻した。改悪案のほぼすべてが「先送り」になったのだ。勝利宣言を出したいくらいだった。

だが先送りは先送り、2023年になってまたまた同じ改悪案が、再び審議会に提出された。「史上最悪」よりさらに「最最悪」はないから、「保険“詐欺”」と銘打った。わずかな年金の中からさえ天引きされている介護保険料は、全国平均で月6000円前後に上る。それだけの保険料を払っているのに、保険者である政府が保険の内容を次々に切り下げてくる。これでは「契約違反だっ!」と言いたい思いが、「このままでは保険“詐欺”になる」に結実した。

■油断せずに監視を

在宅系だけではない。施設系にも「生産性向上」の名において、現行の利用者3人に対して常勤換算で1人の職員配置を、ICT(情報通信技術)やロボットの導入によって4対1に緩和しようというとんでもない改悪案が出てきた。今でもぎりぎりの現場では、基準通りの職員配置でやっていけないから、概ね2対1配置で対応している。良心的な施設は1・5〜1・8対1の配置だ。賃金が低いのは、利用者の利用分しか原資が入らないのに、手厚い介護をすればするほど頭数で割ると1人当たりの配分が減るという事情もある。「ありえない! ふざけてる」と驚きの声が現場から上がったが、損保ジャパンが実証実験に乗り出し、3・25対1でもやれる、というレポートを出した。

2024年度改定では、上記の主要な改悪案のほぼ全てが3年後に「先送り」になった。だが油断はできない。同じ改悪案が繰り返し出てくるだろう。国民の顔色を見て出したりひっこめたりして、黙っていれば成立してしまう。

先述のように、介護報酬改定は全体で1・59%増との結果が出たものの、1月22日、その増加分の配分をめぐって、訪問介護の報酬引き下げという驚くべき改訂案が登場した。在宅生活を支える要にある訪問介護事業は、今でも募集しても人が集まらず、離職率が高いという人手不足に喘いでいる。訪問介護をつぶす気か、とこの暴挙に対して緊急抗議声明を用意している。

抗議アクションの報告書『史上最悪の介護保険改定!?』(岩波ブックレット、2023年)が出ている。その帯に「無知は罪」と書いた。うかうかしていたら「え、いつのまに?」と、介護保険は使えない保険になってしまう。もはや介護保険のない時代には戻れない。国民の多くがその恩恵を受けているはずだ。

権利と制度は、歩いて向こうからやってこない。闘って手に入れたものさえ、いつのまにか足元から掘り崩されてしまうこともある。闘い続け、監視し、守り抜かなければ、あなたの親とあなた自身の老後の安心はない。

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