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小説『霧氷』(作:くじら)

 寒い。

 目を覚ますと、いつのまにか付けていたはずの暖房が消えていた。凍えそうな体を無理矢理動かしてエアコンを付ける。

 暖かい風が部屋に流れて、頭が覚醒し始める。

ふと時計を見て、ヤバい、と立ち上がった。十時だ。大学の一限はとっくの昔に始まっている。これはまずいことになったと携帯をつかんだ瞬間思い出す。今日は日曜日だ。ほっとしながらも、寮の朝飯がないことに気付いた。着ていたパジャマの上にそのままコートを着て、コンビニへと向かう。いってきます、と呟いた声がかすれていた。少し悲しい休日の始まりだった。

 外に出ると、一月にもかかわらず雪が降っていた。寒い上に雪とか勘弁してくれよ、と思ったが、自然には抗えない。諦めた自分は身を縮めて歩き始める。

 ぼくは藤田翔という。大学三年生。彼女いない歴イコール年齢の悲しい男である。

 翔という名前であるにもかかわらず、特になにかに秀でている訳でもない普通の男で、高校の時のサッカー部も一度もレギュラーにならずに三年間を終えた。大学でもその普通さは変わらず、フットサルサークルに入ったのはいいものの、ほぼ遊んでばかりで何もしていない。もうすぐ期末だし単位マズいなぁ、と思いながらコンビニに着いた。

 コンビニのドアを押し開けると暖かい風がぼくを歓迎してくれた。弁当と缶コーヒーを買って、店を出る。

 コンビニの袋を持って、店をあとにする。一歩外に出ると、更に雪が吹き付けていた。店内が暖かったから、余計に寒く感じる。仕方ない、と左足を踏み出した瞬間、体がぐらついた。なにが起きた、なにが起きた? 困惑する自分をよそに体は雪へと投げ出された。

 どれくらい横になっていたのだろうか。突然目の前がはっきりしだした。ぼくは思わず飛び起きる。

 気温差でやられてしまったかと、歩き始めようとするがそこで違和感に気付く。さっきまで持っていたはずのコンビニの袋も、さっきまで後ろにあったはずのコンビニまでなくなっていた。歩き始めてみるがやはりおかしい。自分の住んでいたはずの寮も見当たらないし、あれだけ周りにあったはずのマンションもすべて雑木林になっている。

 何が起こっているんだと思いながら、通っている大学の講堂を見つける。大学は存在していると分かって、思わず走り出す。この訳の分からない状態で落ち着きたかった。

 しかし、さらに自分は困惑することになる。大学の講堂も、キャンパスもバリケードが張り巡らされている。もしかしてと思い、近くの駅で新聞を購入して気付いた。

 自分は早大闘争まっただ中の一九六六年にタイムスリップしてしまったのだと……。


To be continued……?