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「リモートで働く / リモートで作る」 EMARF3.0ローンチ記念イベント

建築テック系スタートアップVUILD(ヴィルド)株式会社では、多様な領域で活躍する専門家をお招きし、さまざまな経営課題や組織のあり方についてオープンな場で語り合うトークイベント「OPEN VUILD」を開催しています。

新型コロナウイルスの影響により多くの企業でリモートワーク化が進むなか、オンライン配信形式で行った第15回では、会社ミッションに「リモートワークを当たり前にする」を掲げ、創業時よりフルリモートワークで組織を運営してきた、株式会社キャスター代表取締役の中川祥太さんをお招きしました。

「リモートで働く/ リモートで作る」をテーマに、労働革命を推し進めて来たキャスターから学ぶことで、「リモートで作る」を実現するためのあり方を考えていきます。

Text by Naruki Akiyoshi

「リモートで作る」を実現する「EMARF3.0」

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秋吉 本日は株式会社キャスターの中川祥太さんにお越しいただいています。中川さんと初めてお会いしたのは、5年前に開催された「Slush Asia」というスタートアップのピッチイベントで、本日はそれ以来ぶりにお話させていただきます。後ほど詳しくお話聞けるかと思いますが、中川さんが経営されているキャスターは2014年の創業時からフルリモートワークを導入している企業で、現在700人以上のリモートワーカーが在籍しています。今日のテーマにも「リモートで働く」とありますが、フルリモートワークを可能にする会社経営の仕組みなどを伺えたらと思っています。また、僕らがローンチする「EMARF3.0」についてもアドバイスいただけたら嬉しいです。

中川 よろしくお願いします。

秋吉 まずは僕らの事業説明から。VUILDは、デジタルファブリケーションの技術を使って建築物や木製品を作る事業をメインに、インフラとなる機械自体を販売する事業と、ソフトウェアを開発してサービスを届ける事業の3つの事業をやっています。「Slush Asia」ではピッチもうまくできず悔しい思いをしたのですが、その2年後に開催された「Slush Tokyo2017」では機会をいただき、メインステージを制作させていただきました。

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VUILDは「ものづくりの民主化」「建築の民主化」をミッションに、デジタルファブリケーションの技術を使うことで、専門知識がなくても思い思いの暮らしを実現できる社会を目指しています。

そういう社会を実現するためには複雑な流通過程や分業制などの課題があったのですが、新しくローンチする「EMARF3.0」というサービスでは、従来の設計業務にあった図面の作成や大工への加工指示などのアナログなコミュニケーションをコンピュータのアルゴリズムで自動化して、入力も出力もデジタル上で完結させることができるようにしました。実は去年にもマネタイズしないモデルとして「EMARF2.0」というサービスを出したのですが、今回初めてマネタイズするモデルとしてローンチします。

僕たちがこれまで全国に導入してきた約50台のデジタル加工機のネットワークを一般の設計者でも使えるようにしたので、作成した加工コードを機械に入れるだけでどんなに複雑な形状でも全国各地で出力できます。また、CAD(Computer Aided Design=コンピュータ支援設計)とウェブをつなぐことで見積書の発行から注文までを瞬時に行えるようにしました。

昨年10月に竣工した「まれびとの家」は、この仕組みを使っていて、データと機械さえあれば現場で出力できるので、地域の材料をその場で調達しさえすれば、一般の人と一緒に組み上げて作れてしまいます。

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                「まれびとの家」 写真:黒部駿人

では、キャスターの事業紹介をお願いします。

中川 キャスターは先ほども説明いただきましたが、リモートワーカーが多数在籍しており、2014年9月に創業して現在約700人のメンバーがおります。本社はご縁のあった宮崎県に置いていますが、リモートなので行く機会も少なく、年数回しか行くことがありません。全国に事業所を4つ構えていますが、地域との連携を強めるために置いている状態です。リモートワークを導入すると経営者側は困るかもしれませんが、働く側の自由度は非常に高まります。なので当社では、「リモートワークを当たり前にする」をミッションに掲げています。

私自身、元々はBPO(Business Process Outsourcing)という、顧客から業務を受けて社内のオペレーターが代行するというアウトソーシングの業態の企業にいましたが、BPOとリモートワークの相性が非常に良いと考えて事業を構想し、キャスターを設立しました。

キャスターには多くのサービスがありますが、BPO領域である「CASTER BIZ(キャスタービズ)」が基幹事業になります。「CASTER BIZ」は、企業からバックオフィス業務を受託するアウトソーシングで、リモートワーカーとして活躍しているオンラインアシスタントがその業務を行ってクライアントに提供していく、というサービスです。もともとはバックオフィス全般からスタートしたんですが、現在では経理、採用代行、労務・法務関係など、専門領域に対応できる状態になってます。他にも「在宅派遣」という、国内初の完全リモートの派遣事業を行っています。

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あとは新しい働き方専門の求人媒体「Reworker(リワーカー)」や、インターネットを通じて様々なことを募集できるサービス「bosyu(ボシュー)」などグループ全体で15の事業を展開をしています。全国にメンバーが点在していますので、事業の中心となっているエリアなどもほとんどありません。ただ、本社がある九州エリアは地元メディアや自治体からサポートいただく機会も多く、相対的にメンバー数が多い地域になっています。

居住地域

常に多くの採用応募や求人サービスへの登録が来るのですが、4月は特に多く数1000人の方からご応募いただきました。会社の紹介は以上です。

本丸の「建築の民主化」まで押し進めるために

秋吉 ありがとうございます。僕らの活動で気になるところなどあればご意見をいただきたいです。

中川 まず大前提として、民主化とのことですが、サービスの対象はCADデータを作れる方や工務店などに限定されるかと思います。

秋吉 今はそうですね。もともとはCADも必要ないオンラインでデザインできるサービス(=「EMARF2.0」)をやっていましたが、段階的にまたそこに戻していこうと考えています。「EMARF2.0」では一応建築家やデザイナーが作ったテンプレートを用意していて、それを一般の人が画面上でカスタマイズすることで発注できるという仕組みでした。

個別のこだわりを実現するためにDIYもしなかった人たちが自ら設計してつくり始めたらいいなと思っているので、ゆくゆくはスケッチを書くだけで考えたものに近いものが出力されるようなサービスにしていこうと考えています。ひとまず今マネタイズするポイントでは、通常の設計業務に従事されているセミプロ以上の層にまずこのプラットフォームを届けた上で、徐々にその先にいる一般の人たちにもその輪を広げていって、最終的に本丸の「建築の民主化」まで押し進めて行きたいと考えています。

中川 興味本位で聞くのですがこれは鉄板などでもできるのですか?

秋吉 VUILDでは木材に限定しています。こういう思想ではないにせよ、鉄板・板金系の領域では似たようなサービスがわりとメジャーになっていて、デザインされたものというよりは部品レベルのものを出力するようなサービスなら一応あります。例えば株式会社ミスミは3Dデータをアップロードすると見積と納期が出て発注までできる「meviy(メヴィー)」というサービスをやっています。建築建設や木工の領域はわりとコンサバティブで、情報技術が緩やかに入ってくる領域なので仕掛けていきたいなと。

中川 どちらかというと建築の方がニーズとしては大きいということなんですか?

秋吉 建築自体がそもそもワンオフなものなのでニーズはあります。今の仕組みでもちょっとした家レベルなら建てられますが、より大規模なものまで対応するために設備投資をしたり、これまで以上にネットワークを拡大していこうと考えています。4月に新設した工場には、かなり複雑な加工までできる大型加工機を導入しました。もう少し大型の建築物まで対応していこうとしているので、そこまで行けるとかなり面白いかなと思っています。

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4月にオープンした横浜工場に設置された5軸木材加工機「BIESSE」

中川 確かに家を建てるレベルまでいくとブレークスルーするかもしれないですね。

新たな選択肢を拓くリモートワーク

視聴者コメント「キャスターでCADできる人を3時間だけ雇うとか?」

秋吉 コメントにある通り、キャスターでCADを扱える人に代理でデータを作成してもらうこともできるかもしれないし、届いた部品を組み立てる人をクラウドソーシングで集めて、一緒に建てるみたいなこともあるかもしれません。今だと工務店などの大きな組織が色んな人を管理して施工するのですが、昔の小さな集落のように個々人の力を最大限導入してみんなで頑張って組み立てていくみたいな社会や建築のあり方を目指しています。

中川 耐震設計や地盤調査などは専門家が必要になるかもしれませんが、工期はかかるけど地域の人たちや身内で集まって一緒に組み上げよう、というような話ができるとしたら、確かに建築物の捉え方が変わってくるかもしれません。

リモートワーカーは、住む地域を選択できる自由度が高まるんですが、日本は画一的な町のつくり方をしているので、せっかく地方に行っても東京の縮小版があるだけという話も聞きます。そこに、これぐらいライトな自作可能性が入り込んでくると、まちづくりのやり方自体は非常に面白くなると思います。もちろんコストや行政の考え方にもよるでしょうけど。

秋吉 例えばですが、キャスター本社を置かれている九州は林産地が多いので良質な材を手頃な値段で手にすることもできます。中山間村地まで行くと売り先がなくて困っていたというような課題があるんですけど、最小限の流通ですませることができれば、都心だと絶対手に入らない良質な材料を使えます。

そのあたりだと土地代も実質ゼロ円だし、食べるものとかもある程度困らない。ちょっと時間や労力がかかってでも自分の暮らしを実現したいという人がいるのなら、将来的には、そこに住んで可処分所得分だけをリモートワークで賄うというようなライフスタイルをイメージしています。

中川 そのような山間部に住む人がどれぐらいいるのかはわかりませんが、その地域から近ければ近いほど流通コストは下がるので、これまで捨てられていたようなものも材料として投下できるのであれば、可能性は確かにあります。家具みたいなものであれば、みんなある程度関心があるでしょうし、大型のものも市場規模があるので可能性はあると思います。

いい材木があるけれど流通がないという課題を抱えた地域に拠点を構えると、自治体協力を得られることがあるかもしれません。それがうまく運営でき、他の地域へ広げられるようになると、キャスターと同じ展開を再現できそうな感じがします。

場所に依存しないことで理想に近づいていく

秋吉 キャスターで働くようになった人はリモートワークやるようになってから地方に移動したりするのでしょうか?

中川 入社前後で移住するメンバーはいますね。移動できる自由があるので、様々な地域を転々とする人ももちろんいるのですが、ほとんどの人は理想とする暮らしのイメージを持っているので、それに一番近いところに移動して住み続けます。

東京から離れたくないけど自然があるところに行きたいという人は鎌倉や葉山、湘南あたりに行きますし、もうちょっと暮らしやすい都市に行きたいという人は札幌や福岡あたりに移住することもあります。

秋吉 キャスターグループ働き方図鑑を見ていると凄い楽しそうだなと思います。

場所編

キャスターグループ働き方図鑑 / Work Style book - Speaker Deckより。どこにいてもインターネットやPCさえあれば仕事できるのがリモートワーク。 働く場所にとらわれなければ、住む場所の選択肢が増え、 好きな時に、好きな場所に行くこともできる。

働いてる人たちそれぞれ感度が高い暮らしをしていて、なおかつ自由に働けている。経営者側から見て、場所に依存しないからこそ得られる生活の満足度や、リモートワークによって得られる豊かさや自由度はどのように見えていますか?

中川 ビジョンとして掲げている「労働革命で、人をもっと自由に」に含まれる話なのですが、自由度を高くすれば満足度も高くなるだろうという考えです。東京だけを見ているとビルが多くて狭くて...という話になってしまいますが、日本全体で見れば北は北海道から南は沖縄まで、寒い地域から暖かい地域、四季折々があります。なので場所の制限さえ外すことができれば、理想とするイメージに近い生活を手に入れられるんですよね。意外とインフラも整っているので、あとは個人が、都市型のエンターテイメントをどれぐらい欲するかとのバランスです。

秋吉 そういう人たちが集まってくる企業風土やカルチャーみたいなものは意図的に設計しているものなのですか?それとも勝手に集まってくるものなのですか?

中川 会社が社員に伝えられる言葉なんてひとつかふたつくらいしかないんです。キャスターのメンバーが分かっているのは、「リモートワークを当たり前にする」というミッションだけです。そのキーワードに関心を持った人たちが集まっているだけなので、多様性がある状態を意図的に作ったのではなく、勝手に起きたという結果です。

経済的なゆとりが増えると、やろうと思うことの手軽さが変わる

秋吉 改めてお伺いしたいのですが、なぜリモートワークを当たり前にしたいと思ったのですか?

中川 キャスターをスタートした時点から、何年も前から思っていたという訳ではありません。まず、日本の労働人口が大幅に減少していくということは前職のBPO会社にいた時から実感していたので、ここに危機感を感じていました。そんな時、前職でクラウドソーシングを使ってBPO出来ないかという課題を貰い、実際にやってみたらうまく動きました。

ただ当時は、労働基準法なども適応されない領域だったので、労働環境があまり整備されていませんでした。もちろん最近は改善されつつあるのですが、当時は時間当たりの報酬が設定されないことから、時給換算すると100円を下回るような方々もいました。

報酬が低いと労働意欲は当然削がれますので、オペレーターやアシスタントとの契約は持続しません。そうなると経験知が社内に溜まっていかず、サービスの品質が上がらない。そして、品質が上がらないため低報酬の依頼しか来ないという負のサイクルに陥ってしまいます。そういう悪しき構造を抜け出すために、労働基準法に則るかたちでリモートワーカーを使ったサービスをやればうまくいくだろうと思い、事業を始めました。

秋吉 労働革命の話もありましたが、時給100円の状況を改善したいから事業を始めたというお話を聞いて、やっぱり起業家は革命家なんだなとすごい思いました。昔の記事を読むと古着屋の店長をやられてたそうですが、昔からそういう起業家精神のようなものはあったんですか?

中川 秋吉さんに良いように解釈していただきましたが、その時給100円の方々を救いたいということが事業を始めたきっかけというわけでもありません。低い報酬によって生まれる負のサイクルのままでは、ビジネスとして成立しないので、クライアント側も困る上、働く側もいい思いをしません。私はそれ以外の解決案を知っていたのでその方法を実践した。ただそれだけです。

古着屋に関しても、知り合いの店舗が撤退することになり、居抜きでお店やらないか?と誘われたので、当時お金にも余裕があったから引き受けた、というだけです。

秋吉 その行動力が凄いですね。

中川 これは持ってるお金総量や時間の余裕に比例する話だと思います。例えば、手元に100万円ぐらい持っていて食事に行こうとなったときに、リスクがどうとか、使うのがもったいないとか言わないですよね。経済的なゆとりが増えると、やろうと思うことの手軽さが変わるだけの話だと思います。

秋吉 確かにそうかもしれません。余裕があってリスクもないなら、この状況を逆手に新しいことにチャレンジする人が現れはじめても面白いですよね。

リモート化できないとしても、事業継続を支えるためにやれることはある

秋吉 新型コロナウイル以降、キャスターには多くの問い合わせが来たかと思いますが利用者は増えているのですか?

中川 クライアントはもちろん一定数増えましたが、前まではアウトソーシングしたいという問い合わせが中心だったところ、うちもリモートワークをしたいという問い合わせが増えています。

秋吉 つまりコンサルのような話にシフトしたということですね。旧態依然とした組織や企業がリモートワークに移行するために重要なことはなんでしょうか?

中川 本社機能が必要ない企業は、リモートワークにしても企業継続できるような状態にした方がいいと考えています。

建築製造分野の現場で働かれている方々は、建設現場に分かりやすく「安全第一」って書いているように、あらゆる危機管理能力や事業継続能力が高いです。それに対して、本社が出勤できないから会社が動かせませんということになったら本末転倒ですよね。

事業継続を止めないように、自然災害や今回のような疫病に関する問題が起きたとしても、企業がその事業を継続できる状態を作る必要があります。そのようなことをまず経営者がしっかりと考えた上で、その選択肢としてリモートワークや本社縮小、人事制度の整備などを検討するべきです。もっとも大事なのは、事業をリモート化できないとしても、事業を継続するためにできることがあるということです。

会社はまとめあげなくてもいい

秋吉 メンバー700人ってもはや町の規模感だと思います。働き方のヒントとしてお聞きしたいのですが、チームワークの構築や温度感を共有するためにキャスターの中でやられてる施策などはありますか?

中川 バーチャルSNSの「cluster(クラスター)」を使ってオンライン納会を実施しましたが、これで社内の繋がりが強化されているとは全く思いません。

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実際のオンライン納会の様子

これは秋吉さんが社長だから考えることなのかもしれませんが、経営層とメンバーとの間の温度差は結構あると思います。メンバーがその会社に所属する理由は、ビジョンに共感したからであったり、状況や条件が合致したからであったりと、その内実はばらばらです。

経営層は可能な限りメンバーにまとまっていて欲しいと思うものですが、実際にまとまっている会社はほとんどなく、軍隊的に統率する理由も実はありません。作戦遂行のために厳格な統制が必要となるということは一般的にはなく、組織は動きます。

どうしてもこのような、急遽リモートワークを導入せざるを得ない状況に切り替わると、一体感を求める企業が非常に多いですが、そこまで必要ではありません。

一応、当社ではメンバー同士で交流するためのオンラインサークルがあります。基本自由に運営されていて、ジャニーズファングループやペット愛好家のグループなど、活発に活動しています。

秋吉 面白いですね。あとはサービスが15個あるというのも凄いなと思っています。これは段階的に必要に応じて増えていったのでしょうか?それともそもそも構想があったのでしょうか?

中川 もちろん戦略的に展開を想定していましたが、人材業界は人間を扱う業界になるだけあって、かなり細かく法規制があります。例えば労働契約は直接雇用なのか、派遣社員なのか、それとも紹介事業なのかなど、それぞれの契約形態ごとに法律が違います。加えて経理、人事、採用、秘書など業種ごとの軸が存在する。それらの掛け合わせに対応した事業が必要になるため、サービスの種類が増えやすい傾向にあります。それぞれ別の法律に対応して展開をしなくてはならない仕組みは人材業界特有の話かもしれません。

働き方を再考して空間にゆとりを作っていく

視聴者コメント「多くの会社がリモートからオフィス勤務に戻ってしまいそうですが、ここからリモートワークを当たり前にするために、どのようなアクションが必要となりますでしょうか?」

中川 行政がやるのか会社がやるのか個人がやるのかによっても違いますが、今回皆さんが実感されたように、行政がやるのが一番強いでしょう。政府や省庁など、しばらくはリモートワーク化を推進していくと思われます。

また、株主に向けた対応が必要となり、BCP(Business Continuity Plan=事業継続計画)対策としてリモートワーク化をどう推進するか、企業は株主総会で随時説明をしていく必要があるでしょう。事業継続性に疑義があると株式市場で判定されたら、株価にも影響が出ますので、上場企業の方々は対策が必要だと思います。

個人はリモートワークすることを遠慮する必要はありません。会社に対して「続けたい」いう意思を、恐れず伝えるべきです。もし会社が応じないのであれば、リモートワークを導入している他企業に転職を検討してもいいと思います。これを繰り返していくだけでも、会社や社会はもう従わざるを得ないはずです。

秋吉 その受け皿となる新しいインフラが必要になってきそうですよね。

中川 実態として、企業側に大きな構造変化はありません。当たり前ですが、雇用人数が変わるわけでもありませんし、今まで売れていたものが売れなくなったとしても新しいものが売れるようになるだけなので、プラスされる訳でもありません。マイナスになったところにまた別の物が入ってきただけです。

明らかに変化する可能性があるのは、ライフスタイルと、まさに秋吉さんがいる家や都市、建築関係の領域です。ライフスタイルの変化と都市計画の変化が、今回の新型コロナの一番最後にして最大の波として世界中に現れてくると思われます。

例えば鉄道を中心とした都市計画などがありますが、今後は鉄道を必要としないエリアにも人が積極的に出ていく可能性がありえます。そうなると自動車インフラの考え方も変わり、物件の考え方も変わってしまうでしょう。おそらく大手自動車メーカーはその機を逃さないでしょうから、パーソナルモビリティーやオートモビリティーは生活領域に進展してくると思います。おそらく5〜10年スパンで見た時に、それらの領域の産業変化が一番大きいでしょう。

秋吉 VUILDでも今後の家や都市計画についてリサーチしています。歴史家の方も最近仰っていたのですが、疫病がトリガーになって潜在的な問題が露呈する部分もあると思います。今回で言えば、リモートワークや地方移住のような話はまさにそうです。例えば1900年代はスペイン風邪が流行したので、人々が公衆衛生や健康に興味を持ち始めました。装飾を一切なくして白塗にしてスチールパイプの椅子を置いてというような病院建築のメタファーが住宅の中に入ってきたという話もあります。

自分も今後のライフスタイルと建築の様式の変化について考えているのですが、新しいライフスタイルのきっかけみたいなものは、キャスターで働かれてる人たちがけっこう持たれているんじゃないかなと思います。働き方図鑑を見る限り、キャスターで働かれてる人たちの生活には、経済的なゆとりはもちろん、空間的なゆとりもあると思います。暮らすことと働くことがゆとりある空間の中で成立している。これは家の中だけの話ではなく、徒歩圏内の周辺の空間の広さや豊かさにもきちんとアクセスできているからこそ職住一体の生活が成立してるのかなと思いました。

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キャスターグループ働き方図鑑 / Work Style book - Speaker Deckより。リモートワークで無駄な時間を削減し、プライベートを充実させることも可能 。

中川 秋吉さんのその視点は、さすが建築家ですね。リモートワークの課題の一つとして、仕事環境の整備があります。都市部で、リモートワークのために十分な環境を整備できるのは、ごく限られた方々だけです。まさにその空間的ゆとり、ある程度の広さの空間を確保できることは、リモートワークをする上でかなり重要度の高い条件ですし、リモートワークによって都市部から離れるとそれが得やすくなります。

視聴者コメント「この機会に原則テレワークの制度を導入し、オフィスを手放す会社についてどう思われますか?」

秋吉 オフィスが残るとしたらどういう機能になるのでしょうか?

中川 オフィスを無くせる企業は、リモートワークを実施したことで必要ないことに気づいたということですから、順次無くせばいいと思います。これからのオフィスがどういう場になるかについては、それぞれの会社の考え方によりますし、どうなるか分かりませんが、どうしたらダメかはわかります。一番ダメなのは、メッカのような聖地にしたいという発想です。メンバーが巡礼してくるような場所にしたいとおっしゃっる方がたまにいらっしゃいますが、それは無理です。なぜならメンバーは経営者のことをアッラーだと思っていないからです。

では、エンタメ化できるのかと言うと、仮に記念館のような場所にしたとしてもうまくいきません。なのでオフィスが必要ない企業は無くすべきで、本当に必要な企業は必要用途に特化したオフィスに切り替えるべきでしょう。

「住む・働く・暮らす」を変えることで変わる地方と都市部の役割

吉 生活空間の次は都市のスケールで地方や郊外、あるいは都市部に新しく必要となるインフラについて考えなくてはならないと思います。都市計画においてインフラレベルで何が必要になると考えていますか?

中川 先ほどもエンターテイメントについて触れましたが、観光地としての都市は確実にニーズがあり、都市部は「遊ぶ」に特化することになるでしょう。例えば遊園地のような施設も都市に向けたエンターテイメントに特化した形態にするために集中的な設備投資が行われていくだろうと想定しています。さらにここに疫病対策という課題が加わりますので、衛生環境を担保した状態を前提に都市のエンタメ化が行われていく可能性が高いと考えています。

地方都市と郊外に関してはおそらく「住む・働く・暮らす」の3点が基本的にハイブリッドされた小規模都市というような状態が複製されていく可能性が高いだろうと思います。ただし、もう少し移動のシームレスさが必要になるので、自動運転などの技術が出てこない限り難しいとは思います。もちろん、大型の設備が必要な都市部外のエンターテイメント装置は消滅する訳ではありません。

秋吉 面白いですね。つまり、地方や郊外などの余剰分の機能が都市部に集約されると。都市の起源に遡ると、人々は生きていくために必要なもののため、働くために都市に吸い寄せられてきました。農村から都市部に人口流入があったのも農村では都市的な暮らしができなかったからです。そういうロジックがリモートワークの普及によって全く働かないとなった時に、集約された魅力としてエンタメが残るというのは面白い考察だと思います。それ以外の地域の中で完結できてしまうものは、都市には逆にいらないということですね。

中川 全くいりません。

視聴者コメント「郊外より外の田舎はどうなっていくんでしょうか?」

中川 郊外より外の田舎が活発化するために確実に必要なのはオートモービル(自動運転)です。自動運転の範囲を拡大するためには、インフラ自体も拡大しなくてはなりませんが、国などのインフラを提供する側が対応できるかという課題もあると思います。

秋吉 たしかにインフラを提供する側や医療や教育などの領域も対応が難しいかと思いますが、一方でオフグリッドのようなテクノロジーで解決できる部分もあると言われています。

中川 オフグリッドにも可能性はあると思いますが、オートモービルやドローンをはじめとした人やモノの低空移動手段が確立してこないと難しいかと思います。

秋吉 たしかにそうかもしれません。ちゃんとお話するのは5年ぶりでしたが、領域自体は遠いのですが、考え方や関心領域は近かったように感じました。また継続的にイベントではなくお話させていただけたらと思います。本日はありがとうございました。

[2020年5月22日、YouTube Liveにて開催]
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