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ShopBotで構造部材をつくる〜実例から学ぶデジファブ建築〜

デジファブで建築をつくることはハードルが高い」その既成概念を変える建築家 石田敏明さんと構造家 藤田慎之輔さんの試みをご紹介します。

2019年にクリニックの別館を担当されたお二人は、LVL(単板積層材)の梁を木工CNCルーター「ShopBot」で制作しました。今回のインタビューでは、まだ一般的ではない“デジタルファブリケーションで建築をつくる”というハードルを如何にして超えたのか、そして今後、EMARFで建築を実現していくためのヒントを探ります。

建築家 石田敏明
1950年広島県生まれ。 1973年広島工業大学卒業 ~'81年伊東豊雄建築設計 事務所、1982年石田敏明 建築設計事務所設立。前橋工科大学大学院教授を経て現在神奈川大学工学部建築学科教授。主な受賞歴にSD review 鹿島賞 (1991)、JIA新人賞(1996)、吉岡賞(1996)、日本建築士会連合会賞 優秀賞(1997)、日本商環境デザイン賞大賞/同賞奨励賞(1999)など多数。
構造家 藤田慎之輔
1985年広島県生まれ。2008年名古屋大学工学部 建築学コース卒業、2010年京都大学大学院 建築学専攻 修士課程 修了。2010年~2016年金箱構造設計事務所、2016年より㈱DN-Archi共同主宰。東京工業大学助教を経て現在北九州市立大学国際環境工学部建築デザイン学科 准教授。

【聞き手】
VUILD株式会社 代表取締役 秋吉浩気
VUILD株式会社 一級建築士/アーキテクト  中澤宏行

諦めかけた形態を、ShopBotで実現する

秋吉 まずはプロジェクト概要と設計プロセスを教えてください。

石田 2006年に当事務所で設計を担当したクリニックの院長から依頼を受けて、同クリニックのアネックス(多目的室)を設計しました。院長がとても多趣味な方で、ホームシアターとしても使える隠れ家のようなスペースを作りたいということで設計依頼を頂きました。 

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クリニック側からみたアネックス(左)/ 正面からみたアネックス(右)

石田 主要用途はホームシアターなので、開口部は直径15センチほどの小さな円窓と東側の庭を見るためのスリット状の窓の計2ヶ所のみの閉じた建築です。また、音響効果と敷地東側にある庭への日照と通りへの圧迫感を考慮して形態を決定しました。

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直径15センチほどの円窓(左)/ 庭に向いたスリット窓

石田 アーチ部分の曲線は、フリーハンドで書いたスケッチを設計段階で数字に乗せることで、最終的に自然界に存在する幾何学形態である黄金螺旋に近い形態になりました。

藤田 これは、構造計画の初期段階で行った打ち合わせで石田先生から頂いたスケッチです。この段階で既にRの部分は意匠として強烈な個性を放っていたので、基本的な形は変えずに進めることにしました。

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秋吉 半円にしなかったのは何故ですか?

石田 半円だと一焦点で中心性があるのと中心線から対称形なので、かなり窮屈に感じられると思ったからです。もう少し柔らかい自由曲線の方がのびやかで、室内にいて広がりが感じられ居心地がいいのではないかと考えました。

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丸窓の壁体内にステンレスの鏡面板を貼ることで、窓から入った光が室内に円形の光跡を描く。

秋吉 今回はなぜShopBotを用いることになったのでしょうか?

藤田 このような形態を木造で作る際、一般的には湾曲集成材を使いますが、それを小規模の建物でやるとコストが高く、提案できるレベルの値段にはなりません

一方で、今回アーチは分節されていても構わないということだったので、3×6板程度のサイズしか加工できないShopBotでも、部材同士を繋ぎ合わせれば十分に形を実現できました。また、イメージそのままに加工できることから、ShopBotを使うことが決まりました。

秋吉 初期のスケッチの段階では、コストや曲線を成立させる方法に関してはどうお考えでしたか?

石田 実は、当初は鉄骨R梁に既成の金属折版を組み合わせた段ボールのような屋根板構造を考えていました。ですが、頂いた見積もりが想像以上に高かったため工務店の方に相談したところ、構造主体を鉄骨から木造に変えればコストがかなり削減できるということがわかりました

木造に切り替えたことでほぼ予算内に納まることと、音響を考えると木質空間の方が都合が良いため、結果的には木造にして良かったと思います。

秋吉 なぜLVL(単板積層材)を使うことにしたのでしょうか?

藤田 板を切り出して構造材として使えるのはおそらくLVLだけです。一般的な集成材でも、切り出して主構造材料としては使うのは難しいので、自然と選択肢がLVLに絞られて行きました。

また、普通の湾曲集成材だと積層面が表に出てしまい、意匠の邪魔をしてしまいます。今回アーチ部分はLVL板を2枚貼り合わせて使っているのですが、積層面が内側に隠れるのでLVLを使って良かったと思っています。

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秋吉 組み立て時はどうでしたか?

藤田 組み立ての際は、部材を間違えないようにするためにそれぞれに番号をふりました。また、Rの梁を両側に立ててから数カ所にジョイスト梁をかけることで、徐々に安定させていきました。その外側(屋根)に構造合板を張ると完全にドーム状になるので、構造体として安定するという構造です。

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秋吉 ShopBotを使ってみてどうでしたか?

藤田 ShopBotで切り出すデータは、レイアウトをよく考えて配置しました。というのも、今回のLVL仕入れ先が10枚単位でしか発注できなかったことから、無駄なく使いたかったんです。

レイアウトで出た余白はもったいなかったので、そのスペースを使って施工時にジョイスト梁の下に合わせて使えるガイドを配置しました

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秋吉 梁同士はどうやって留ているのでしょうか?

藤田 ダボ穴をずらして重ねて木工用ボンドで接着しています。仮に一切壁がない状態で1枚の梁として使う場合、法的な問題が生じてしまいますが、今回は、ジョイント部分は繋がっていない状態でも成立する計算になっています。

手段とコストが一致する時代において広がる、表現の可能性

秋吉 クリニックの建物もRがかかっており、柔らかい空間をつくるという点で、アネックスのデザインにフリーハンドの曲線を取り入れるということと共通していると思います。

その一方で、冒頭に話したように、規模が小さければ小さいほど実現するための手段とコストが合いにくい。今後、手段に対してコストが合わなかったものが合う時代になったときに、チャレンジしたい表現はありますか

藤田 建築家がイメージする曲線や曲面を使ったデザインが複雑だった場合、デジタルファブリケーション技術に馴染みのない構造設計者としては、古典幾何学に乗せることで表現を実現するというやり方が考えられます。

しかし、今回のようにデジファブ技術を使うという選択肢があった場合、これまで先入観としてあった”古典幾何学に乗せなければいけない”という軌道修正の仕方が緩和されていく可能性を感じました。

中澤 コストを形態決定の言い訳にできなくなる状況がデジタルファブリケーションによって生まれつつあるのでしょうか。

石田 コストと技術がシンクロするような時代になってくると、例えば、曲線を使うとコストが上がるというような固定概念から少しずつ逃れることができるのではと思います。

建築においてコンピューターが重要な立ち位置になってくると、これまでになかった可能性が徐々に見えてくるのではないでしょうか。今回の場合は、相当合理的にできたと思っています。

藤田 デジタルファブリケーションにおいて家具から建築スケールにアプライする際に、制作物が大規模になればなるほど法的にも技術的にも超えなければいけない問題が生じるため、現段階ではどうしてもスケールの話から逃れられないと思っています。ですが、この問題は、機械にアクセスしやすい環境が構築されればかなりのブレイクスルーが起こるのではないでしょうか。

また、部材の集積によって建物をつくるということは、それを突き詰めることでクリエイティビティを生むことにも繋がると思っていて、工夫を凝らすことでそれ自体が一つの意匠になっていくなど、新しい建築のかたちが生まれてくる気がしています。

秋吉 スケールの問題は僕たちも考えていたことで、実は今年のはじめに約6m程度まで加工できる5軸の加工機を導入しました。このように規模の制約が緩和されるとどうでしょうか?

藤田 それはすごい。連続体としてそのスケールで作れるとなると、今までと同じ組み立て方で、直線材のみならず曲線的な部材も混ぜ込むことができます。通常の住宅スケールだったらできてしまいますね。

秋吉 斜め加工や小口加工もできるので、もし何かあればぜひ加工の相談をしてください。

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