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Voices Vol.11 不登校と学校〜「3人の子どもたちが不登校になって」〜

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*プロフィール:
名前:Ayataro
自分に子どもが生まれてから、子どものかわいさを知り、3人目出産後保育士資格を取得。
児童館、保育園、小学校放課後教室の指導員など子どもの現場を約10年経験。昨年から子育て支援の仕事をしています。

3人の子どもたち、それぞれ不登校の時期があって、本当に辛かったし、現在進行形でもあるのですが、そんな中で感じたこと、気づいたことを書いてみようと思います。

「3人の子どもたちが不登校になって」

 私自身厳しい家庭に育ったせいか、ずっと自分に自信がなく、学校生活であまり周りとうまくやっていくことができていませんでした。
その経験から自分の子どもは、自己肯定感を高めて自信を持って生きて欲しいと一生懸命子育てしていました。
 子どもたちそれぞれ繊細で神経質なところもあったけど、小学生までは、平和主義者で友だちも多く、私に比べたらみんな楽しんで学校に行っているようで、安心していました

 ところが中学に上がると状況が変わってきました。もともと多動気味で勉強嫌いな長男は、中学に入ると「頭痛い」「お腹痛い」と言って時々休むようになりました。でも、昼くらいになると元気になっている。
そんなことが中学を通してずっと、多いときは一週間に1回、2回。
それでも長男は、そんな感じで細く長く登校はできていて、行事にも参加できていました。そして勉強嫌いのまま定時制高校に進学しました。
 
 でも、そこがあまり合わず…夜遊びがひどくなり何とか3年生までは進級できたのに、じきに高校に全然行かなくなり、辞めたいと言い出しまいした。
 その頃の私はもう必死でした。中学校での五月雨登校だって受け入れていたわけではなかったし、定時制への進学も、私の中ではだいぶ頑張って認めたことだったのに、まさかそこを辞めようとしているなんて?
 頑張り屋で育った私には、高校中退なんて考えもしないことだったから、本当にどん底でした。息子と顔を合わせれば言い合いばかりで苦しい関係が続きました。
 思えばこの頃の私は、子どもと話す場を設けても、子どもの話を聞かず自分の考えばかり話していたので、険悪になるばかりだったのです。
 とにかく辛くて、子育て本を読んだりコーチング講座を受けたり、必死に答えを探そうとし始めた時期でした。

2人目の不登校 

 私がなんとか長男の中退を受け入れた矢先、今度は部活を頑張り、楽しく中学に通っていると思っていた中2の娘が急に具合が悪くなりました。
 中2の1学期に部活の行事、郊外学習、期末テストと忙しい日々が続いて一段落したとたん、突然朝起き上がれなくなってしまったのです。それでも、この時はすぐ夏休みになったので、少し休んで夏休み明けには普通に登校するだろうと軽く考えていました。
 でも2学期になっても行けない。長男の高校中退、元気だった娘まで学校に行けなくなる。続けざまにいろいろなことが起き、処理しきれなくて、もうどうにかなりそうな日々でした。

 その頃、私は子どもと関わる仕事をしていたのですが、ちょうど仕事で出会った心理士の先生に話を聞いてもらう機会がありました。

「お母さんの我慢が強いと子どもたちもきつくなって身体症状が現れたり、荒れたりします。お母さんの我慢が緩むと子どもたちも楽になりますよ」

と言われました。その先生とは、その後も何度もカウンセリングをしてもらうようになり、話を聞いてもらううちにだんだんと、我慢して一人で頑張ってしまう自分の生き方、失敗しないようにと気を張り、緊張して子育てしてきた自分に気づくようになっていきました。
 
 その後、次男が中2から腹痛で学校に行けなくなりました。お腹が痛くて授業どころではなく、給食になると気持ち悪くて一口も食べれないと言うのです。
3兄弟の中で一番のびのび育っていたと思っていた次男、結局不登校が一番長くなってしまいました。
とても穏やかな良い子なのですが、上の2人に疲弊する私に気を使って、家でも学校でも頑張りすぎたのかもしれません。
 とても辛いことだったけど、でも、長男の時みたいに死にそうなほど辛いことではなくなっていました。今の子どもの状態に必要なことなのかも、そして私にも必要なことなのかも、と思えるようになったからだと思います。

 今でもなんでうちの子ども達ばかり…そう思うことはしょっちゅうあります。私の子育てのせいなのかなと自分を責める時もしょっちゅうある。でも、相談できる人を得て、そして、視点を変えることができるようになって、長男や娘の時よりもだいぶ楽に受け入れることができるようになったのだと思います。

今、私が伝えたいこと

この経験を経て、今の学校制度、特に中学校には伝えたいことがあります。

うちのごく普通の子どもたち。確かに私の子育ての影響を受けて、我慢が強く、人一倍繊細で、感情や気持ちを対処するのが不器用な子どもたちだったかもしれません。
でも、そういう子どもたちでも行きやすい学校であって欲しい


 敏感で感じやすい子どもたちでも行きやすい学校は、どんな子にも行きやすい学校になる。
そういう空気が学校、特に義務教育には絶対に必要だと思っています。

 最近の不登校の子どもたちの数を見て欲しい。

全員がいじめられたり、学校で辛い目にあった子どもたちではありません。
 子どもたちだけではなく、そこで働く先生たちも毎年、心の病気で療養に入る方がいます。子どもだけでなく大人でも学校が辛い人がいる。
強い人、鈍感な人に合わせていては、学校はどんどん苦しい場所
になってしまうのではないでしょうか?特に子どもたちは感受性が強く、狭い価値観に押し込めようとする雰囲気にとても敏感です。
 うちの子どもたちが不器用ながら中学校を表現する時に「空気が悪い」と表現することがありました。あまり意味のない校則や子どもたちを管理しようとする空気、連帯責任、余裕がない先生たちの雰囲気。実際に子どもたちには挨拶を強要するのに、挨拶をしてくれない先生もいるそうです。
 子どもたちは、とても敏感に空気を読みます。頑張り屋であればあるほど、疲れてしまう。学校が暖かく人間らしい場所であることを望んでいます。

 最後に我が家の不登校はまだ現在進行形ではありますが、上の子どもたちの近況を少し…
思いがけず苦しい中学生活になってしまった娘は、通信制高校に進学し、自由な空気の中で安心して学校生活を過ごし、気を使わない仲間を得ることができました。
 今になって話してくれることは、平和主義者だと思っていた娘の小中学校時代にしてきた我慢でした。友だちにも気を使い、自分を出せずに頑張っていたのだと初めて知りました。そして、長男はその後の出会いで高校くらいは出なくてはという気持ちになり、皆より2年くらい遅かったけど転入した通信制高校を卒業しました。
 ゆっくりの長男は、22歳の今もまだ将来のことは決まらず、バイト生活をしていますが、少しずついろんな経験を積んでいるところです。

 子どもたちの不登校は私に気づきをくれました。もちろん、それで何かが解決するわけではないけれど、私の価値観を大きく広げ、自分らしく楽に生きていいと教えてくれたような気がします。

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