カバー社とANYCOLOR社の販管費分析

Vlook

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2/25: 「まとめ」「気になること」部分を加筆修正しました

VTuber事務所「ホロライブ」でお馴染みのカバー株式会社(以下C社)の上場が決定しましたね。ご関係者の皆様、本当におめでとうございます。
人気事務所ということもあり巷では、既に上場しているVTuber事務所「にじさんじ」でお馴染みのANYCOLOR株式会社(以下A社)との財務諸表の比較分析がされています。
ただ、営業利益の差異の大半は販管費に起因するにも関わらず、その販管費の細かい部分まで突っ込んだ分析が見当たらず、それなら自分で分析するかと思った次第です。

ちなみに私は現役の経理部員で、有価証券報告書の作成に携わった経験もあります。以下の分析に致命的な誤りはないと信じておりますが、何かお気づきのことがありましたらお気軽にコメント欄にてご指摘くださると幸いです。
また本稿はあくまで両者の財務諸表の分析を試みたものであり、それ以外の意図、特にC社・A社の名誉を傷つける目的は一切ないことをご理解ください。

営業利益に差がある

既にご存知の通りかと思いますが、両者の売上規模が似通っているのに対して、営業利益はかなり異なります。
C社(22年3月期実績):売上高136億円、営業利益18億円(販管費34億円)
A社(22年4月期実績):売上高141億円、営業利益41億円(販管費17億円)
(億円以下切り捨て、21年度有報より)

C社(23年3月期予想):売上高180億円、営業利益21億円
A社(23年4月期予想):売上高225億円、営業利益77億円
(億円以下切り捨て、C社はHP、A社は22.2Q短信より)

ネットを拝見すると、この販管費の差については主に研究開発費や人件費の差ではないかと言及されることが多いようですが、本当にそれが主要因なのでしょうか?

販管費内訳をチェックする

両者の21年度実績の販管費内訳を見てみましょう。
まずはA社。22年4月期有報のp81にて販売費割合が9%、一般管理費割合が91%であると明記されています。合わせて主な費目が表示されており、積み上げると販管費全体の75%をカバーしています。(余談ですが、販管費1,793百万円の9%≒163百万円ですので、A社では販売費は99%広告宣伝費であると考えて良いと思います)

一方C社。22年3月期有報のp67にて販売費割合が38%、一般管理費割合が62%だとあります。同じく主な費目を積み上げていきますが、販管費全体の29%しかカバーできておらず、この情報だけで販管費の中身を推測するのは難しそうです。

開発費・人件費は販管費差異の主要因ではない

ただこの時点でひとつ明らかなことは、少なくとも21年度においては、研究開発費・人件費どちらも販管費の差異の主要因ではないということです。

まず研究開発費ですが、A社がゼロに対して、C社は0.2億円。メタバース開発に注力しているC社にしては少なく感じるかもしれませんが、これは21年度途中で同プロジェクトが研究開発フェーズでなくなったことに伴い、以降はこれらにかかるコストを費用(研究開発費)ではなく資産(ソフトウェア仮勘定)として経理処理しているためです。(21年度有報p28)
ちなみに21年度のソフトウェアにかかる設備投資額は1.6億円、22年度の投資額は3Qまでの累計で既に4.8億円となっています。(21年度有報p29)
すなわち、C社はメタバース開発にしっかりお金をかけているが、21年度においては費用で処理していないため、営業利益とはあまり関係がないと言えます。

続いて人件費について。販管費内訳にて開示している費目が若干異なるので比較が少し難しいのですが、C社の給料と賞与引当金の合計額は9.2億円です(21年度有報p67)。一方A社は、給料と賞与の合計額は6.3億円(21年度有報p81)。確かにC社の方が多いのですが、その差は3億円。冒頭で述べた通り両者の販管費トータルは17億円違いますので、人件費も販管費の差異要因のひとつではありますが、主要因とまでは言い難いように思います。

販売費割合

じゃあ何が原因なんだよという話ですが、ここで注目したいのは両者の(販売費および一般管理費に対する)販売費割合です。A社は9%、金額にして約1.6億円、前述の通りおそらく内訳はほぼ全額広告宣伝費と思われます。一方C社は38.4%、これは金額にすると13.1億円です。1.6億円と13.1億円、販売費の違いがすなわち販管費差異の主要因と推測できます。

定性情報を見る

しかしながらC社の販管費内訳には、13億円に該当する費目は見受けられませんでした(正直この理由は分かりかねますが、自分なりに考えた可能性があるので後述します)。
そこで有報p24の経営者による財政状態の分析の項目において、販管費についてどのように記載されているか確認してみます。C社の21年度の販管費34億円(前年同期比217%増)の主要因について、一番最初に挙げられているのは「グッズ販売に関する諸経費」。ちなみにp25のキャッシュ・フロー分析においても、主要な運転資金のひとつとして「グッズ販売に伴う倉庫費用」が挙げられています。

以上から推測できることは以下の通りです。
・事実として、C社はA社と比べて販売費の割合(および金額)が大きい
・有報の記載内容から推測するに、C社の販売費の主な内訳は「グッズ販売における諸経費」だと考えられる
・具体的には倉庫費用など?

計上区分が異なる?

ここまで考えてふと私が感じた疑問は「A社のグッズ販売関連費用はどの科目で計上されているのか」ということです。
この先は完全に推測になりますが、A社では当該費用は売上原価に含まれているように思います。

その理由は2つありまして、一つは販管費内訳にそれらしき費目が見当たらないこと。そしてもう一つはA社の売上原価明細の中の支払手数料がC社と比較してかなり多いことです。

物流費の話をしていたはずが支払手数料の話になってしまいました。すみません、順を追って説明します。
まず初めに、以下の点は既に様々な方が言及されていますが、グッズの販売に関して、A社は株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ(以下So社)に業務を委託している一方、C社は自社で対応しているようです(販売プラットフォームにピクシブ株式会社や22年度からはShopify Inc.(以下Sh社)を利用)。

委託販売とは、商品の販売を本人に代わって第三者に委託する販売形態のことで、販売業務を代行してもらう代わりに委託者(A社)から受託者(So社)に手数料を支払うという処理が一般的です。
例として、とあるグッズの製造原価が700円、オフィシャルストアの販売価格が1,000円、So社が受け取る手数料が売値の10%で100円だとします。
会計的には、商品を顧客に出荷した時点で、A社は売上1,000円、So社に対する売掛金1,000円を認識する一方で、So社に対する手数料(費用)100円と買掛金100円を認識する形になります。(実際の実務では売掛・買掛をネットしてSo社に対する売掛金900円と処理していると思いますが)

そこで両者の売上原価明細を比較すると、経費のうち支払手数料の金額が(売上高は同程度であるにも関わらず)A社の方が8億円程度多く、この中にSo社に対する支払手数料が含まれていると推測します。(A社20億円、有報p75/C社12億円、有報p56)

ややこしくなってきたので一度整理します。

A社
 ・グッズ販売業務はSo社に委託
 ・保管業務、出荷業務などの物流業務はSo社が対応
 ・A社はSo社に手数料を支払う
 ・(推測)その手数料は売上原価に含まれているのでは?

C社
 ・グッズ販売業務は自社で対応
 ・保管業務、出荷業務などの物流業務は自社で対応
 ・C社はSh社に手数料を支払う
(販売プラットフォーム代だけなので、A社のSo社に対する手数料よりも全然安いはず)
 ・保管費用などの物流費用は販管費に含まれている

かなり乱暴な試算になりますが、21年度においてはA社の支払手数料が8億円多い一方で、C社の販売費(内容はほぼ物流費?)が11億円多いため、ネット物流費は3億円程度A社の方がコストが少ない?と考えられます。

まとめ

(一部推測を含みますのでご留意ください)
・事実として、21年度においては、C社の販管費はA社よりも17億円多い。
・この差の主要因は倉庫費用などの物流費用と推測される。
・ただしA社では、物流費用に相当する費用が支払手数料として売上原価に計上されている可能性がある。
・見かけ上、C社の販管費が著しく多く見えるが、一部売上原価との入り繰りの可能性があり注意が必要。

もし上記の分析が正しいとするならば、以下のことが言える。
・現状では物流費はA社の方が少ないように見える。ただしA社の場合、手数料割合は契約で決まっている可能性が高く、コスト削減の余地が乏しい(逆に言えば今後大幅に増加する可能性も低い)。
一方C社の物流費は今後削減の余地があるが、逆に状況が悪化するとさらにかさむ可能性もある。
・A社の粗利率は見た目よりもさらに良いということになる。(C社では販管費計上されている物流費用が原価に含まれているため)

気になること(追って要検証)

・C社が物流業務を自前でやりたい理由とは?何か背景がありそう。
・A社の手数料はグッズとボイスで料率が異なるはず(実際に保管・出荷業務が発生するグッズの方が手数料割合が高いと考えられる)。A社としてはボイスの売上割合を増やすことで原価を減らし利益率を高めることができる?

蛇足1(販管費内訳)

途中で少し触れた「販管費増加の主要因はグッズ販売における諸経費であると記載していながら、なぜ販管費内訳で金額を開示していないのか」という疑問について。
自分の実務経験を踏まえて可能性として思いつくのは「物流関連費用を外注費で処理してしまい、開示する上で数ある外注費の中から物流費用だけを抜き出すのが困難だったから」というものです(繰り返しになりますが本当の理由は分からないです)。

蛇足2(前受金)

C社の財務諸表に関して「期末の前受金残高は翌期の売上になる=前受金を足したら売上高は云々~」というコメントをたまにお見かけするのですが、経理に携わる者としてちょっと気持ち悪い表現なのでこの場で補足説明させてください。

まずC社のビジネスモデルにおいて、「期末の前受金残高は翌期の売上になる」というのはその通りです。
具体的に説明しますと、C社は委託販売ではないため、顧客から入金があった時点で、Sh社を通して現金を受け取っていると思われます。ただしこの段階では商品の出荷という役務提供が完了していないため、会計のルール上収益を認識してはならず、入金された金額と同額を売上高(収益)ではなく前受金(負債)に計上します。その後商品を出荷した時点で前受金から売上高に振り替えられます。

よってC社の12月末で45億円ある前受金は、3月末にはその大半が売上に振り替わると思います。
ただし販売スキームが変わらない限り、3月末も同様に「入金済、未出荷」のグッズはあるはずで、それらの入金については前期と同様前受金に計上されることになります。単なる期ズレです。ですので何か状況が変わらない限り、前受金の影響で売上高が変動することは期待しない方が良いです。現にC社は22年3月末でも22億円の前受金残高がありました。

「状況が変わる」例としては、
・今期は諸事情で受注から出荷までに時間がかかり前受金の額が膨らんでいるが、翌期はそれが改善して前受金の額が減る
・季節因(12月末は年末年始で出荷が止まるため前受金の額が膨らむが、3月末はそのような特殊事情がないため前受金の額が減る)
などが考えられますが、いずれにせよC社のスキーム上、一定の金額の前受金は毎期必ず残ります。その点はご留意ください。


以上、長々と失礼しました。
ご不明な点、補足、誤りのご指摘等ありましたら、お気軽にコメント欄にて教えてください。

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