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「いい酒」を飲むために言っておきたい

『子供たちが朝食にワインを飲んでいた頃があった』

そんな記事が朝から目に飛び込んできた。南欧を中心に朝夕関係なく好きな時間にワインを飲んでいた習慣は中世の頃から18世紀まで続いた。さらに、ここスペインでは、子供たちがワインと砂糖に浸したパンをオヤツに食べるのも、20世紀まではごく普通に見られた光景だったという。

今のように熟考されたワイン醸造法もなく、ビジネスとしても確立されていなかった当時、各家庭で造られていたワインは、何年も熟成させて嗜好品として飲むのもではなく、毎年、自分の畑で採れたブドウを使って向一年分の貯蔵飲料として造るのが一般的だった。

初夏の頃に小さな実をつけ始め、真夏の太陽を溢れんばかりに浴びたブドウが秋には葉の色を変え熟れた実をもたらす。

私がこの村に来た頃には、夫の叔父さんファンがまだ自分のワインを造っていた。オレンジ畑の端っこに植えた数本の木から採れたブドウを足で踏み、樽に入れて自然酵母で発酵させる。

「ブドウが収穫時を知らせ、ブドウが自分でワインになっていく。人はただ、自然やブドウの声にしっかりと聞きながら、最小限のお手伝いをすればいいんだ」

叔父さんは長年の畑仕事で土と同じ色になった顔を緩めながらそう言った。

ワイン造りは子育てと同じ。育て方の基本はあっても決して同じものが出来ることはない。それぞれの成長の仕方を見守りながら必要な時にだけ手を貸してやる。

怪我や病気で治療をせざるを得ない場合は、それぞれの治癒力を優先しながら最小限の治療を施す。送られてくるメッセージを逃さないように丁寧に育てる。それぞれの持つポテンシャルを最大限に生かしてくれるように願いを込める。

家族であり生活の一部であるワインが、大人のための嗜好品としてではなく、栄養価を重視された安全で健康的な食材だったと考えれば、子供たちが飲んでいても不思議はない。

子供に酒……。

よくよく考えてみると、私自身、生まれて初めて口にした酒は母親が漬けた梅酒だった。幼少時に長く小児喘息を患っていた私に、滋養がつくようにほんの少し飲ませてくれた。

「申年の梅は美味しいんや」

美味しいかどうかの比較対象もなく同い年の梅酒を口に含む。口の中に広がる濃厚で甘ったるい液体を飲み込むと、液体が通った場所と一緒に体がカッと熱くなった。


さらに、もう時効だろうから白状する。第一志望の大学入試前日に40度近いに熱を出した夜、母が卵酒を作ってくれた。

翌日、すっかり熱は下がっていたものの、朦朧としていたのは私の人生初の二日酔いが原因。もちろん受験失敗。試験が終わって家に戻るなり爆睡した。


こうしてみると、ヨーロッパだけでなく日本でも家庭で造られる酒が安全で栄養のある食料として重んじられていた頃があったのだ。酒が大人の嗜好品となってしまったのは、「金」が動いてしまったからに他ならない。

技術や設備を投資し、品質保持のために化学薬品を投入する。人手を増やし、装いを整え、各所で発生する出費を還元するべく「売れる酒」造りに没頭する。消費者は次々と新しい珍しい酒を求め、酒ビジネスの拍車は止まることがない。

昔ながらの伝統を守ろうとする誠実な造り手が造る酒がある一方で、何を飲まされているのかすら分からない怪しい酒もある。そして明らかに、安価で入手しやすい後者の方が求められてしまう。

時代の流れと言い切ってしまうにはあまりにも悲しい。



日本で飲酒が20歳からと規制される理由は、アルコールが原因で発生しうる身体的、精神的、社会的問題を回避するためで、心身ともに成長してから始めるべきだと考えられている。

けれども、自然の力が生み出した酒は、飲み方さえ知っていれば悪酔いすることもないし、健康面にもプラス効果があることが実証されている。

大人の飲み物、子供の飲み物と線引きして「怪しい酒」を飲むよりも、安心して飲める酒や健全な「いい酒」の飲み方を子供たちが教えてやるべきだろう。そうすれば、本当は年齢規制なんていらなくなるんじゃないのかな。



そんなことを考えながらジントニック片手に晩御飯を作っていたら、息子が「私も失礼します」と自分用のジントニックをチャカチャカと作り出した。それもグリフィンドールのエンブレム付特大ゴブレットで。

丁寧に参加したわりに態度もゴブレットも大きい。

さらに、それを見た娘まで、「私も~」とやって来て、そればかりか、氷が足りないからと私のグラスから一番大きな氷を一個、スプーンに乗っけて持ち去った。

一瞬にしてドライ・ジンが半分消えてしまった。

被せると元通りになる魔法のクロスはないのか!
あるわけがない。



「お酒は20歳になってから」の年齢規制はいらない。でも、「いい酒」の飲み方として、「お酒は経済的に自立してから」も加えておこう。

そのほうが親も子も安心して「いい酒」が飲めると思う。



追記:ちなみにスペインでは18歳から飲酒が許されていて、我が家は全員20歳以上。

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