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カリフラワー鎮魂曲【カリフラワーのオリーブオイル炒め】(レシピエッセイ)

ピンポーン

ピンポンピンポン、ピンポーン

 朝10時だっていうのにインターフォンが鳴る。大体、こういう落ち着きのない押し方をする人は、申し訳ないけれど、あまりお呼びでない人か、緊急事態発生で、とりあえず助けを求める切羽詰まった人、荷物の配達を一分でも早く終えて次の配達先へ向かいたい人がほとんど…答え合わせに玄関側の窓の内側から目だけそっと覗かせて外を見てみる。

「おはよぉぉ……」

 気の抜けた挨拶をするのは、よく見るとご近所さんの息子さん。2月の肌寒い透明な空気にはそぐわない小汚いグレーの作業着に身を包んだ中年男が、小脇に何かボールのような物を持って立っていた。

歳の頃なら既に50歳は越しているだろう彼。悪い人ではないが、10代後半で『クスリ』という名のイケナイ世界に足を突っ込んで以来、仕事や結婚だけでなく人生の波に乗るタイミングも逃してしまった。ご両親の一軒家の片隅にある離れに住み、一家の畑の世話をしながら、古道具や金物を拾い集めて得たお金で何とか生計を立てている、と聞いたのがもう大分前になる。

 彼のご両親とはご近所付き合いがあったものの、3年程前に奥さんのテレサに子宮癌が見つかった。治療する上で生活基盤は病院に近い都心の方が良いだろうと、片田舎のこの村からご夫婦そろって市内へ引っ越されて以来、ずっと消息は知らないままになっていた。彼はというと、昔から、離れにいるのかどうかも分からない引きこもり生活をおくっていたので、彼とは今日まで、挨拶もそこそこ会話らしきものをしたことがなかった。

「久しぶりだね、ミゲル」

「……いや、ミゲルは親父で、俺の名は違うんだ」

 彼は初めて自分の名前を名乗った。エウレリオだか、アウへニオだか、とにかく、最初の母音が「ウ」最後が「オ」というくらいの、何だか覚えにくい名前だった。

 最近はすっかり少なくなったものの、スペインでは家系で代々、同じ名前を継承することが多い。おじいさんから孫まで全員が「アントニオ」であることもあれば、産まれた子が女の子だから、「アントニア」と最後の母音を「ア」に変え女の子バージョンにすることもある。

 さらに、各村ごとに守護聖人を崇拝しており、聖人の名前を新生児子につける風習があった。その聖人のご利益をあやかるべく、聖人の名前を新生児子につけ、子どもの幸せな未来を祈願する。沢山の夢や希望を託してつけた名は、親から子への最初のプレゼントでもある。

 わがの村の聖人はサン・ミゲル。ビールの名で知っている人もいるかもしれない。サン・ミゲルは神に反逆する悪魔を退治したという伝説から正義の象徴とされている。お陰で、うちの村には『正義の味方ミゲル』がワンサカいて、バルなんかで「ミゲル!」と呼ぶと、必ず4-5人は振り返る。どうせ、村のことだから、うち数人は関係ない人だけど。

    そんな感じだから、ご近所さんのミゲルの息子も、てっきりミゲルだと思っていたらそうではないことが、25年目にして判明した瞬間。

 彼の話によると、テレサの最初の子宮癌の手術はうまくいったものの、その後、大腸への転移が見つかり、入退院を繰り返した後、亡くなったらしい。そして、献身的にテレサに寄り添い介護をしていたご主人のミゲルも、最愛の妻の没後、わずか2ヶ月で亡くなったそうだ。

 細身の美人で、一見おとなしそうなのテレサは「担当医が名医でハンサムなのよ」と子悪魔のように小声で私に囁いていた。「俺の脛は、齧られまくってインパラカモシカのようだ」を持ちネタにしていたミゲルは「ドラ息子もいるのに、引退なんてできるかよ」と声高らかに笑っていた。

 亡くなった寂しさはもちろんあるのに、最後に見た二人の顔が、揃ってそ笑顔で良かったなんて思ってしまったのは、人として不謹慎で身勝手な行為なのだろうかと自分の心の居場所を探した。それでも、一方では、私に最後の時が来たら、願わくば、私は残った人の記憶の中で笑っていたいと思わずにはいられなかった。

「まぁね、そういうことなんだ」

 そう言いながら私に手渡したのは、両手に抱えていた子どもの頭くらいある真っ白いカリフラワーだった。今朝一番に彼の畑で採れたものらしい。

 人の死が「そういうこと」で片付けられてしまうのはあまりにも悲しい。それでも、それぞれが与えられた人生を、それぞれの形で終えていく。そして、一つの命の火が消えると同時に、どこかで新しい命の火が灯っている。その生命の輪廻の中で、人は何かを手放し、何かを受け継いていく。形のない何かは、受け継ぐ人の道しるべになることもあれば、時として、深海に転がり落ちた真珠のようにひっそりと輝き、誰にも見つけられることなく、やがて光を失うこともあるのだ。

 受け取ったカリフラワーを胸元に抱きしめた。畑から刈り取られたばかりの土の香りと一緒に、緑の葉っぱの匂いがした。切れ目からは、きっと、キラキラと輝く水滴がしたたり落ちる。

「そんじゃぁな。いろいろ、ありがとう」

そう言うと、彼は何事もなかったように、穏やかな笑顔で手を振って帰っていった。



 夕食に、貰ったカリフラワーにしようと房を分け始めたが、どうしてもミゲルの息子の名前が思い出せない。確か、「ウ」で始まって「オ」で終わったというくらいで……。

 結局のところ、名前なんて、どうでもいいのかもしれない。テレサとミゲルの息子は、彼らが亡くなった今、やっと、自分が彼らの息子で、たくさんの物を受け取ったということに気づいたに違いない。そして、ようやく自分の足で生きる覚悟が出来たんだろうと思う。

 そんなことを考えながら、たっぷりのガーリックで香りをつけたオリーブオイルにさっとパプリカ振り入れる。パプリカが華を咲かせるようにワッと広がったオリーブオイルの海に、切り分けたカリフラワーを一気に放り込んだ。鮮やかなオレンジ色に染まってゆくカリフラワーから、テレサとミゲルへの弔いのような湯気が、優しい香りと一緒に立ちのぼって、ダクトの中に吸い込まれていった。


 それからしばらくして、「ミゲルの家は離れ諸共、売りに出された」と風が教えてくれた。

本日のお持ち帰り用レシピ
カリフラワーのパプリカ炒め

材料
カリフラワー            1房
ニンニク           3片
パプリカ          小匙1
オリーブオイル                       大匙3
塩             適量

(オプション)
豚肉製品、ブラッドソーセージ、チョリソ、三枚肉、スペアリブなど

作り方
①カリフラワーの房を大きく外し、食べやすい大きさに切り分ける。
②ニンニクの皮をむいてみじん切りにしておく。
③フライパンでオリーブオイルを火にかける。
④ニンニクを加えて、香りが立ったらすぐにパプリカを振り入れる。
⑤パプリカが全体に香りが立ったら、用意しておいたカリフラワーを加え、手早く全体に混ぜる。
⑥そのまま中火で30分程度炒める。
⑦塩味を整えて、火の通りを確認しながら、中まで火を通す。

注意
材料オプションにある豚肉製品は、先にオリーブオイルで調理しておき、残ったオリーブオイルでカリフラワーを調理すると美味しい。この場合、塩分がオリーブオイルに加わっているので、辛くならないように塩を控えめにする。

ソーセージ等肉類を炒めた時に出る焦げが最後まで残ってしまうのを避けるには、フライパンを変えて残った油を軽く濾すとよい。

ニンニク、パプリカは焦げやすいので、香りが立ったらすぐに次の工程に入れるように準備しておく。

調理中は蓋をすると、焦げにくく、火の通りがよくなる。

カリフラワーを切り分ける時に、出来るだけ茎の部分を切るとカリフラワーが崩れにくくなる。

カリフラワーの鮮度や、切り分ける大きさによって火の通りが違うので、調理時間はあくまでも目安。写真のように小さめに切り分ければ、時間はかなり短縮できる。さらに、芯まで柔らかく仕上げたい場合は、八分通り火が通ってから少量の水を加えて蒸し焼きにしてもよい。

豚肉とカリフラワーの相性は抜群です。そのまま食べても、バゲットパンに挟んでも最高です。


追記:

実はツイッターで瞬殺飯のありのすさんがカリフラワーレシピを『ゆる募』されていて、あるある!とお答えしたまま、肝心なレシピがまだでした。この場をお借りしてお伝えしますね。

ありのす母さん、がんばれ~


エッセイの中のレシピを作ってみよう『つくルンバ』


今回の再現レシピはこちら

¡¡ Muchishimas gracias por todos !!

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スペイン在住3児の母。スペイン家庭の味を伝える人。エッセイ執筆・翻訳・コーディネートなどスペイン食のアドバイザー。暮らしの中にある『食べて生きる』を大切に。書いて読んで作って味わう『世界の台所からつくルンバ』noteサークル管理人。http://www.orkaspain.com

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スペイン料理を中心に、料理をとりまく日常生活の一コマを切り取るレシピエッセイと小説に登場するレシピで『つくルンバ』。実際に料理を作ってみてエッセイや小説の世界へ再び浸ってください。

コメント (27)
かもめさん、簡単うまそーですね😁
かとしんさん、コレ、パンの具に最高です。やってみてください。
作ってみました。書き方よくわからなくて、自分の所に写真アップしておきました。またできそうなのがあったら作ってみます。
jaguar さん、早速、ありがとうございます!
拝読させていただきますね。
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