見出し画像

雨の日にはイワシの塩焼きと……

一昨日の夜から降り続いている雨。場所によっては豪雨に見舞われて被害も出るほどだが、幸い我が村周辺は、程よくチピチピと降ってくれている。恵みの雨と呼びたいところだけれど、そろそろ各地のワイナリーでスタートしているブドウの収穫に影響しませんように……。

ところで、雨の日になると食べたくなるものがある。それは、

『イワシの塩焼き』

どうして雨の日にイワシ?

そう思うはず。私もそう思った。

『この辺りの昔からの風習に、雨が降って農作業ができない日には、炭火をおこしてイワシを焼いて楽しむっていうのがあるんだよ』

分かったような、よく分からない夫の説明。

それよりも、スペイン人は遊びの天才だと思うなぁ。

雨が降って予定の仕事ができなってしまったら、
普通だったら、別の仕事を探さない?

雨が止んだらすぐに仕事を始められるように、空き時間にちゃちゃっとやっつけられる仕事を済ませておいたり、とにかく時間を無駄にしないようにしない?

スペイン人は違うんや。天から降ってきた『時間』を楽しんでしまう。ワインを飲みながらうだうだガヤガヤ。『時間の有効な使い方』の概念が根本的に違うんだと思う。そして、雨の日を有効に使う方法の一つが何だかよく分からないけど『イワシの塩焼き』……らしい。

とりあえず、いつものお魚屋にメッセージを発信。

世の中、便利になったものやわね。メッセージ一つでイワシを注文できるようになるなんて。大振りで脂ののったイワシは小骨があったりするから、頭と尾っぽを両手で持ってムシャムシャ食べられる小振りのイワシが好き。

イワシ1キロ、よろしくね。
小さくてピチピチなやつね。
後で取りに行くよ~

とメッセージを送れば、「11時頃に取りに着て!」とすぐに返信があった。

(あ、また、いくらか聞くのを忘れた。)

最近あるある、というより、私の場合、昔からあるある、こういうの。
最近ぼけぼけ、とはまた別。

うまい具合に11時少し前に雨足が少し遠のいたので魚屋へ向かうと、店内に他のお客さんはなくて、私が入るなり仲良しのアンパロが言う。

「ちょっと待ってて! コーヒータイム!」

そのまま、お向かいのバルへ走って行ってしまった。

見知らぬ地に来た異邦人といえど、25年も住めば、次第に知り合いも増えてくるわけで、週に何度か来る常連客とはもう友達同然。誕生日やクリスマスにもプライベートメッセージを交換する。

束の間の臨時魚屋のおばちゃん。先日は、「ちょっとそこまでお遣い犬」になった。

間もなく、湯気の立ったコーヒーを二つ抱えてアンパロが戻ってきた。

「雨の日が続く予報があったから、みんな最初の日に冷蔵庫をいっぱいにしちゃってね、今日は暇なのよん」

11時というのは、時間的に比較的手が空きやすい時間帯。つまり、一緒にお茶をするための確信犯。人生、何があるかわからない。ゆっくり出来る時にはゆっくりすればいい。

「誰が頼だから雨が降るわけじゃないし、嘆いたって天地がひっくり返る訳じゃない。仕方ないじゃないのよね?」

と首を私に傾ける彼女からは、仕方ないという残念さや悲痛感は微塵も感じられない。二人して、両手に持ったコーヒーをゆっくりとすすった。

ところで、どうして雨の日はイワシなのか?

アンパロにも聞いてみた。曰く、誰もが知っている昔からこの辺りに伝わる雨の日の習慣だというだけで、どうしてイワシなのかはやっぱり分からないらしい。

それなのに、この数日のイワシの売上は予想どおり絶好調で、「イワシじゃなくて、ほら、サーモンか何か、もうちょっと高い魚にしておいてくれたら良かったのに」と笑い合った。


**

そんな話を夫にしながら夕食用にイワシを焼く。本日の焼き係は私。我が家では夫婦で一緒にキッチンに立つことが多い。一人がメインの料理を作る間、ツマミやサラダを作ったり、テーブルを用意したりする。

熱くした鉄板に粗塩を敷き、順序良くイワシを並べる。オリーブオイルを少し高い位置から細い糸のように全部のイワシの背に垂らしてあげる。

ジューーーーーン!

音と同時に立ち上がったイワシとオリーブオイルの香りが、鼻先あたりでハイタッチする。

鉄板側の皮に焦げ目がついて、イワシの目が白くなってきたのを合図に、さっき並べた順に一匹ずつ丁寧に引っくり返す。そしてまたオリーブオイルを垂らしてあげると、茶色く色付いた青い背皮がキラキラと光る。

「さぁ、出来たよ!」

イワシをテーブルに運ぶ絶妙のタイミングで一緒に出てきたのは、キンと冷えたワインとアリオリソース、そして、ウエボス・フリートス…………。

ウエボス・フリートス?
フライド・エッグ?
揚げ卵?

高温に熱したオイルの中に割り入れた卵の回りを手早く固めたスペイン家庭料理の定番でもあるウエボス・フリートス。黄身の部分をパンの切れ端で突いて黄身をたっぷりと吸わせ、黄身を溢さないように斜め下から口ですくうようにパクリ。

スペインで最も素朴な卵料理といってもいいくらい卵好きにはたまらない一品。卵二個は軽くいける。あかんのやろね。コレステロール高いし。
あぁ、癖になるよ、本当に、おいし。

でも、問題はそこちゃうのん。
聞いてないやん、イワシに揚げ卵!!

「イワシの塩焼きにはアリオリと揚げ卵が必須だろ?」

そういうの、先に言って欲しい。イワシの塩焼きを食べる心づもりというのがあるでしょ、普通。

揚げた卵???????? 
ただの色どり????????

ハテナマークが果てしなく飛んでいく。

スペインの家庭料理というのは奥が深すぎる。マヨネーズ付の塩焼き魚と目玉焼き。和食に置き換えても、その組み合わせがあまりに関連性がなくて意味不明。しかし、イワシが冷めるので考えている時間がない。

出来立てのイワシにギュッとレモンを絞りかける。一匹を手でつかみ、中骨を噛まないように身だけを歯にひっかけて噛み取る。

ホッフ、ホッフ

イワシの身を口の中で躍らせてみる。

粗塩の旨みが程よく溶け出て、オリーブオイルとレモンがイワシの味わいをさらに深めている。魚臭さは全くない。素朴な美味しさというのはこういうのを言うんや。こういうのが好きやねん。

五感で感じる美味しさが一体になったところでワインを口に滑り込ませる。すると、さっきまでのイワシの味わいがポッと華が咲いたように口の中に広がって、逃げるように喉から落ちていく。

背の青い魚には、フレッシュで酸味が前に出たワインものよりも、たとえ数週間でも熟成させた落ち着いた白がいいよね。

程ほどにタンニンのある赤が背の青い魚にいいっていう人もいるけど、ちょっと腰の据わった白が好き。

フルーティーすぎるワインも駄目。せっかくのイワシの地味な味わいが隠れてしまう。少し濃い小麦色で透明度が高くてキラキラしている白ワイン。いつの間に買ってあったんだろう。

なぁ、今日の白ワイン、いいチョイス。
私好みやで、おとうさん。
オヌシ、ナカナカヤルナ、アリガトウ

口に出して言ってやらない。

それなのに、夫の目だけが勝手にドヤ顔ならぬドヤ眼になっていた。

いい歳して素直じゃない中年二人。

もう、揚げ卵がどうのこうのって、どうでもいい。
次にまた雨が降ったら考えることにする。

ほらほら、早く食べよ。せっかくのイワシが冷めるって。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
スペイン料理をあなたの食卓へ……
135
スペイン在住3児の母。エッセイ執筆・翻訳・コーディネートなど食品輸出等を手掛けるスペイン食のアドバイザー。暮らしの中にある『食べて生きる』を大切に。ハーブ&スパイスコンサルタント。http://www.orkaspain.com