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秋だ!そうだ、ブドウ収穫祭に行こう!

『ブドウ、踏みに来る?』

9月最後の週末、ブドウの収穫祭のお誘いを受けた。2週間程前にバレンシア南部や首都マドリード周辺では大きな雨の被害が出たので、カステジョンで小さなワイナリーを営むビセンテに「ワイナリーは大丈夫だった?」とメッセージを送ったら、戻ってきたのが収穫祭のお誘いだった。

もちろん即答でオッケーした。ワインの醸造工場はいくつも見ているけれど、実際に自分で踏むのは初めてで、キノコ採りと並んで、一度はやってみたいと思っていたブドウ踏みのチャンスが雨と一緒に振ってきた。

芋掘りにはじまって、栗ひろい、オリーブ収穫と、大地に触れる食体験はどれも楽しくて仕方ない。前夜は、遠足が待ち遠しい子どものように11時過ぎに就寝。ワクワクしすぎて朝の4時には目が冴えてしまった。

そんなに早く起きたのに、ついつい時間がゆっくりあるから大丈夫と安心していたのがいけなかった。結局、予定時間ギリギリの出発。途中で食べようと買ったお菓子も、ビセンテへの手土産も家に忘れてしまった。

11時集合でワイナリーに到着したのか2分前。晴天とは言えないものの、空色の秋の空に三本の白い雲が筋になって横切っている。時折、腕に触れる風が冷た過ぎず熱過ぎずに心地良い遠足日和。先に到着していた子ども連れの家族と挨拶を交わす。畑の脇のラベンダー優しく迎えてくれた。

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今日の参加人数は全員で12名。ベネズエラから今期の収穫の手伝いに来ている若いカップルとオーナーのビセンテを入れる15名が本日の収穫メンバーになる。

ビセンテからワイナリーの説明と簡単な手順説明があった後、各自、鋏とバケツを手に畑へ向かう。

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今日、収穫するのはスペインを原産地とする黒ブドウのガルナチャ種。フランスではグルナッシュと呼ばれているブドウ品種。

「ブドウの収穫のタイミングをまず自分の舌で確かめるんだよ。こうして、まず、舌と歯の間にブドウを一粒挟んで押してみる。そこで皮と実がスルリと離れること。これが一番のポイント。次に、皮の部分を少し噛んでみる。続いて種。この時の味が最終的なワインの味に反映するからとっても重要なんだ」

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ビセンテから説明を受けながら、それぞれがブドウの粒を口に放り込む。言われたように舌で押し潰すとブドウの汁がタップリと舌下に溜まる。これだけでもう十分に美味しい。皮はもう酸っぱくなくて、種からも青臭い苦味が抜けている。絶好の収穫のタイミング。

鋏を手に収穫がスタートした。

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四人家族、母と息子、女性友人同士、夫婦とさまざまなグループが一つの畑でブドウを収穫。一房ずつブドウを手に取って、丁寧に切り取る様子を写真に撮っていたら私だけ出遅れてしまった。

慌てて隣を見ると、女性二人組はブドウの試食に精を出していた。美味しいそうな実ばっかりを捜して食べるものだから、鋏を持つにもすでに手がベタベタで収穫どころではない。


「スーパーで買うのよりずっと美味しいよね、後でちょっと貰っていこう。ウチの母に持って帰るわ」


それぞれが楽しむブドウ収穫祭。これはこれで面白い。


「ちゃんと収穫してくれないと困るね。ワインができないよ」


そう言いながらも二人に頼まれてスマホで写真を撮っているビセンテ。「なんだ、俺は写らないのか」とやっぱりニコニコと笑っている。そんなビセンテが大好きだ。

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収穫の次はお楽しみの足踏み。子どもたちはもう既に素足になってスタンバイしている。大きな樽に横で足を洗ってから桶の中のブドウを踏む。通常は、収穫したブドウはマイナス5度に設定した冷蔵所で一晩休めてから翌日、圧搾する。

子どもたちがブドウを踏んでいる間、大人たちは冷たく冷えた白ワインとおつまみでエネルギー補給。ついさっきまで畑で仕事をしていたので、乾いた喉にワインがジュっという音をたてて染み入る。

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「ブドウを踏みに来たんじゃないのか?優雅に飲んでる場合じゃないだろ」

「いいの。今、充電中なんですっ」


本当はもう少し飲んでいたかったのだけど、ビセンテが急かすので桶の中に入ってみる。まだ完全な球体のブドウの粒を踏み潰す快感を足の裏にダイレクトに感じる。いくつもの粒が足の下でプシュプシュと潰れて気持ちいい。踏み込むごとに足がブドウ汁の中に沈んでいく。ブドウの皮からは思ったほど色が出なくて、僅かに赤く濁った汁が上がってきた。

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ブドウを踏むのは、一人よりも二人で支えながら踏むのがいい。親子は腕を組みながら桶の中を回り、カップルは首に腕を回して踊り、女友達はワイングラスを持ったまま踏んでいる。和やか過ぎる風景が広がる。機械で圧搾するのとは全く異なる風景。

ブドウ汁をポットに移し、少し休ませたものを飲んでみた。他人が足で踏んで造ったブドウ汁を飲むのは、抵抗がなかったというと嘘になる。あまり飲みたくないという気もあった。でも、遥か昔からこうしてワインは造られてきた。畑の肥料も、ここでは人口肥料を使わず、牛糞を使っている。

小さなコップに注がれた美味しそうとはお世辞にも言えない濁ったブドウ汁。口にすると、予想を裏切って驚くほど甘く、ブドウそのものの味がする。砂糖なんて全く入っていないのに唇がベッタリと甘い。ブドウ味のジュースやお菓子が全部ニセモノだというのがよくわかる。色も味も、こうして現場を見てやっと分かることがたくさんある。

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次に、同じブドウ汁の糖度を糖度計を使って見てみる。12.5%ある。子どもたちが理科の実験のように真剣に数値を確認している。

ワインは大人の飲み物だから子どもには関係ないというのは大きな間違いだ。ワインができるまでの作業をしながら、自然や食べ物、人に感謝し敬うことを身をもって感じ取る。こんなに素晴らしい食育の手段はない。

用意された全部のブドウを踏み終え、容量225リットルのフレンチオーク樽に移す。人口酵母は使わず、ブドウの持つ自然酵母の力に任せる。この中で6ヶ月間、ゆっくりと醸造されていく。ブドウがワインになる変化を見守りながら、ブドウが最大の力を発揮できるように手助けをするだけで、余計な事はしてはいけないのだとビセンテは言う。

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試飲の時間となり、ワイナリーで醸造しているワインを数種、試飲させてもらった。絶滅品種の白ブドウ品種トルトシを使ったワインは、バナナの香りがする。別のブドウの苗木の中に混ざっていたのを偶然発見したのだという。当然、ほんの少ししかブドウはないが、今まで味わったことのない香りが広がり、地中海の太陽を受けた明るく優しい酸味が綺麗まとまったワインに仕上がっている。

続いてバレンシア南部の土着品種モナストレル種のワイン。近年、この品種のワインは増えてはいるけれど、自然派にこだわった良質のワインは少ない。その中でもビセンテのモナストレルは軍を抜くエレガントな美味しさがある。数年前に試飲して以来、ずっと彼のワインに魅了されているのはこのワインのせいだと言ってもいい。

先日もバレンシア大学が主催したモナストレル種100%ワインばかり100本以上集めたブラインド試飲により最優秀賞を受賞したビセンテのワイン。小さな彼のワイナリーは無名で、国際的なコンクールに出品することもない。

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醸造規模も小さく、彼が出来る範囲で、彼が納得できるワインしか造らない。彼で六代目となる歴史あるワイナリーなのに、決して大きく拡大していこうとはしない。各ワインも例年2000本程度しかない。

試飲の方法も、普通の試飲会のようにワインの色や味わいなど形ばった説明はほとんどしないのが彼らしい。家族の話や孫の話し、ワイン造りの失敗談、昔話をしてくれる。そんな風だから、気分が良い時には自分の大切な丸秘ボトルまで出してしまって、みんなで試飲してしまうことがよくある。

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最後に試飲したのは今日、収穫をしたガルナッチャ種100%のワイン。グラスを揺らすと、熟したイチジクやイチゴを想わせるまったりとした甘い果実香を燻らせる。オーク樽による軽やかなスパイシーさとビターチョコレート香も加わり子悪魔的な魅力がある。味わいは嫌味がなくて柔らかく、酸味は少ない。高いアルコール度数は13.5度と高いのに、いくらでも飲めてしまう危険な媚薬。

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もう、昼食の時間をとっくに過ぎているのに試飲会は終わらない。子どもの一人が退屈でぐずり出したのが幸いだ。そうでないと、延々続きそうなまったりと穏やかな空気が充満していた。


「ビセンテ、今日の参加費は?」

「いいよ、そんなのは。いつか日本に連れていってくれたら十分」


そう言って、畑で色よく焼けた顔を綻ばせる。

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彼の想いがたくさん詰まったワイン。いつか日本の人たちにも飲んでもらえる日が来ることを願っている。

そうだ、来年もまた来よう。
再来年も、また次の年も。


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