小説【アコースティック・ブルー】Track5: Knockin' On Heaven'S Door #1

「一部報道ではTASKさんはバンドを辞めると関係者に話していたそうですが本当ですか?」
「新レーベル設立が上手くいっていないと聞いていますが、前事務所との訴訟問題などは今回の事故と関連はないんですか?」

 車から降りたとたんに大勢の記者達に取り囲まれるMor:c;waraメンバーは、無言のまま数人のスタッフ達に守られながら逃げるようにビルのエントランスへと向かっていく。彼らの後を追って記者団も一緒に移動していくが、ビルの入り口でマネージャーが立ち塞がった。

「今回の不幸な出来事は、舞台装置の故障による不慮の事故だったと警察の捜査で判明しております。これ以上お答え出来ることはありませんのでお引き取りください」

 マネージャーが記者団に対して説明するなか、ガラス張りのエントランスを通り過ぎていくメンバー達の姿をカメラが追う。その後ろ姿に向かって記者の一人が大きな声で呼びかけた。

「事故の起こった演出は、SEIICHIさんが提案したと聞きましたが、それについて責任を感じられたりはしていませんか?」

 ニュース番組でその様子を見ていたユウコは、その記者の一言にSEIICHIが一瞬振り向きかけたように見えた。


 バンド時代の写真に残るSEIICHIはクールな印象で、笑顔を覗かせている写真はあまり多くない。同じフレームに収まるTASKはそんなSEIICHIとは対照的に屈託のない笑顔で、純粋に音楽を楽しんでいる様子が見て取れる。
 わざわざモノクロでプリントされた写真が額に入れられてアンティーク調の内装の店内に飾られていると、まだ二年しか経っていないのに教科書に掲載されている歴史上の人物の写真のように妙に古臭い印象を受けてしまう。
 記憶の中に残るタスクの笑顔もいつか時間の中に風化していくのだろうかとユウコは写真を見つめながら思った。

 開店前の店内は慌ただしく、準備に追われる音響スタッフ達が入念な打ち合わせをしていた。いつもはケンジと数人のスタッフで客の対応をしながら音響周りのPAも掛け持ちしているが、最近は人手不足だったらしい。ユウコが来店した日もスタッフが少なく急なトラブルに対処できなかった。

 ケンジの古くからの知り合いらしい男性が今夜のステージに出演する若い女性シンガーを店に紹介したそうで、彼が今日のためにわざわざスタッフも引き連れてやってきているため、まだ開店前だというのに店内は随分賑やかだった。
 馴れた様子で音響スタッフ達に指示を出す姿や、ケンジの古い知り合いということから察するに、どうやら音楽業界の関係者らしい。

 数日前からTom&Collinsで働き始めたユウコは客席のセッティングを進める傍ら、ステージの様子には常に注意を払っていた。
 音響機材を集めたブースに飾られている例のアコースティックギターがどうしても気になってしまう。どうにかして確かめる手立てはないものかとずっと悩んでいた。

「そんなにあのギターが気になる?」

 知らぬ間にボーっとしていたようで、気付くとケンジが隣に立っていて、興味ありげな笑顔でユウコを覗き込んだ。

「Mor:c;waraの楽器を見に来るお客さんは多いけど、あのギターにそこまで注目する人はまずいないからさ」
「ごめんなさい……」
「昔の彼が忘れられないわけか。よっぽどいい男だったんだね」
「そ、そんなんじゃないですよっ――」

 ユウコが恥ずかしそうに否定するとケンジは「冗談、冗談」と面白そうにケラケラ笑った。

「あのギターっていつからここにあるんですか?」
「開店当時からあるかなー。
 お店に飾るギターを探してたら、セイイチ君が譲ってくれたんだよね」
「セイイチさんが?」
「はじめはイチロウ君のギターかと思ったんだけど、どうも違うらしくてね。
 あまり音の鳴りが良くないから収録にも使えないってずっと会社で埃かぶってたらしいんだ」
「もったいないですね」

 ケンジの話を聞きながら少し切ない気持ちになってユウコがボソッと呟く。そんなユウコの寂しそうな横顔を見て気まずく思ったのか、ケンジが「まぁ、うちでも飾ってるだけだから、大して変わらないけどね」とわざとらしく歪めた笑顔で冗談めかして言った。

「イチロウ君のギターと勘違いしたお客さんがSNSで拡散しちゃってね。
 どういうわけかそれで客足が伸びたんで、だんだんアイテムを増やしていったら今じゃこの有様さ」

 自嘲気味に笑ってケンジが肩を竦める。ユウコはそんなケンジの可笑しな仕草と気遣いが嬉しくてフフフと声に出して笑った。
 そのときカラカラと乾いたベルの音が店内に響く。

「いらっしゃいませ――」

 店の扉が開き反射的にユウコとケンジが言いかけたが、まだ開店前だったことに気付いて言い淀む。扉の前に立ったセイイチが以前と同じように「よっ」と片手を挙げてケンジに声をかけた。

「やっとお出ましか。K君が待ってるよ」

 そういってケンジがステージ上で準備を手伝う若い男性を指さした。今夜のステージに出演する女性シンガーを紹介したあの男性だ。

「ギリギリじゃないっすか。もうすぐ開店ですよ」

 Kと呼ばれた男性はセイイチの姿を認めるとやや腹立たし気にそう言い放つ。セイイチは慣れた様子で「間に合ったんだからいいだろ」と躱してカウンターの席に着いた。



 小柄ながらに大きなパフォーマンスで元気いっぱいに歌うサエのステージには迫力がある。
 普段はジャズやボサノバなどシックな音楽のステージが多く客層も割と年配の男性が多いため、若い女の子が甘酸っぱい恋心を歌っている姿がとても新鮮に感じられた。
 店の雰囲気に合うだろうかとケンジは気にしていたが、いつもと違うこの雰囲気をお客さんは素直に楽しんでいるようだった。ただ一人、カウンターでずっとデジタルプレイヤーを弄っているセイイチを除いては。

 サエのステージが始まって二曲ほど聞いたあと、興味を失ってしまったのかデジタルプレイヤーを取り出すと、それからずっと弄り続けている。
 Kという人の紹介でサエの歌を聞きに来たらしいが、セイイチのその反応を見ると、噂通りとても気難しい人なんだろうとユウコは想像した。
 ユウコが働き始めてからセイイチは何度か店に顔を出していたが、直接言葉を交わしたことはまだなかった。タスクの(かもしれない)ギターを店に寄贈したのがセイイチならきっと何か知っているに違いないのに、狷介孤高そうなその雰囲気に尻込みして情報を聞き出す機会を逃してしまっていた。

 不機嫌そうにカウンターから離れていくKの背中に向かってセイイチがイラついた様子で何かつぶやくと、もうほとんど中身の残っていないウィスキーのグラスを煽った。そんなセイイチにケンジが声をかけると、二人はすぐに楽しそうに話し始めたが、そんな中でもセイイチの表情が暗く見えるのはなぜなのだろうか?と二人の様子を観察しながらユウコは疑問を抱く。

 サエのステージが終了し、店内が俄かに騒々しくなり始めるとケンジが注文に追われてカウンターから離れた。一人残されたセイイチはまたデジタルプレイヤーを手に取り、寂しそうな表情でそれを覗き込んでいる。
 空のグラスの底に店のロゴが歪んで映っていた。ユウコは勇気を出してセイイチに声をかけてみた。

「何か飲まれますか?」


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