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ヴァージンVS過去・現在・未来16~揺れてもマイクを離しませんでした~

ヴァージンVS過去・現在・未来 16
〜揺れてもマイクを離しませんでしたの巻〜

1980年9月某日、午前3時頃、我々3人は東京都世田谷区三軒茶屋の「いせや」という老朽化した居酒屋のカウンターに座り、しこたま酒を飲んでいました。
我々3人というのは大天才芸術家であり、当時は大酒飲みだったあがた森魚氏と、ドラマーであり、今でも大酒飲みの木村しんぺい氏と、小酒飲みだった私、久保田です。
ヴァージンVSは「スカイキッズレビュー」も「関西ツアー」も大成功?(森魚ちゃんはケガばっかりしましたけど)に終わり、レコーディングも決まり、プロダクションも決まり、もはや、矢でも鉄砲でも持ってこいという、大いに意気が上がっているときでした。
その盛り上がりも手伝ってか、その日は普段はやったことが無い「カラオケ」にパワーが向けられたのです。
今なら「カラオケボックス」に移動するところでしょうが、当時はそんなものはなく、居酒屋やスナックなどでカラオケを歌うというのが一般的でした。

まずは木村しんぺい氏が森進一さんの「港町ブルース」を歌い出しました。
よっ!しんぺい いいぞ!っといいたいところですが、あれ、でも、なんか変??

そうです、「港町ブルース」は、「(ウン)、せのびして見る海峡を~~」の(ウン)という半拍置いた後で歌い出さなければなりませんが、しんぺい氏は、いきなり頭から歌い出したので、どうやってもカラオケと合いません。ドラマーなのに大丈夫か?とみなさんお思いでしょうが、全く大丈夫です、何の問題ありません!
頭からだろうが、半拍後だろうが、そんなことど~でも良いぐらい酔っぱらっていたので問題ありません。
で、半拍早く歌い終わったしんぺい氏の次は、森魚ちゃんです。
森魚ちゃんはカラオケでいったい何を歌うのか?

しばしの選曲の後、森魚ちゃんは、その酔眼朦朧とした岩手県亀ヶ岡遺跡出土の遮光土偶(失礼!)のように目を細め、松尾和子さんの「再会」を熱唱し始めました。
おお~、これは良い選曲じゃ!!と思っていた、その時、三軒茶屋の夜を揺るがす「震度4」の地震が「いせや」を襲ったのです。
その老朽化した「いせや」の天井はきしみ、その隙間からパラパラと何やら落下してきたものが串刺しのハツの上に降りかかり、おでんの四角い仕切りナベの中のおつゆが、とっぷんとっぷんと大きく波打ちこぼれました。
お客さん方は「おお~」とか言いながらも誰も席を立とうともせず、外に飛び出した方など1人もいません。さすが午前3時まで飲んでいる人は腰が座っています、というより、腰が抜ける一歩手前だったのでしょう。
しかし、森魚ちゃんはやはり凡人とは一味違っていました。
彼はその「いせや」の躯体が揺れ、天井がギシギシときしんでいる間も、座禅を組んでいる禅寺の雲水のごとく、半眼でもって切々と「再会」を歌い続けていたのです。
しばらくして地震が収まりお客さん方が「ゆれたね~、すごかったね~」とかざわついている、その一瞬の隙間をついて、森魚ちゃんの歌う「再会」が奇跡のように流れ出し、その絶妙なるタイミングに万雷の拍手が沸き起こりました。

このシーンを目の当たりにして私は幼少のころに観た映画「グレン・ミラー物語」のワンシーンを思い出さずにはいられませんでした。
それは、ジェームス・ステュワート扮するところのアメリカの天才ジャズ音楽家グレン・ミラーが第二次大戦中にイギリスへ慰問演奏に行った時の事。
基地の野外ステージでの演奏中に空襲警報が鳴り、観客たちは我先にと地面に腹ばいになりドイツ軍の空襲に備えましたが、その間もグレン・ミラーは演奏を中断せず、ドイツ軍機だったかV-1号だったかが頭上を通り過ぎてその爆音が消えていった時、こわごわと頭を上げた観客の頭上に「イン・ザ・ムード」のあのメロディーが、あたかも「スウィング」が「ハーケンクロイツ」を駆逐したかの如く鳴り響き、人々が割れんばかりの拍手で彼と楽団の勇気、また自らの芸術に対する真摯な姿勢をたたえた、あのシーンであります。
これに匹敵する感動を私は三軒茶屋の老朽居酒屋「いせや」で味わったのです。

後日、プロダクション「りぼん」のKさんにその話をしたら、
「へエ~、そんな時間まで飲んでるんですか、大丈夫ですか?」
と言って感心されました。
感心してもらいたかったのは、「そこじゃなくて!!」なんですけど。

でも災害発生時にはカラオケはやめにしてお互い身を守りましょうね!!

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