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心がとけるほど楽しく、人を喜ばせて誘い込むような

愛媛から神戸に帰ってきてまもなく5年。

大学を出て東京の出版社で日本史や民俗、仏教の書籍編集をやった。
編集の仕事自体は性に合っていたから楽しかった。
ただ、大学教授としか接点のないことには喜びを見出せなかった。
東大や早大のアカデミックなオタクたちとの会話に辟易し、5年で辞めた。
もっと市井の声を聞きたかったのだ。

将来民宿をやりたい夢もあったから、観光施設オープニングスタッフ募集に応募し、知己のいない愛媛の山村に飛び込んだ。

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愛媛の松山に〈アサヒ〉という鍋焼きうどんの店がある。

鍋焼きうどん? 土鍋でぐつぐつ煮たアツアツをハフハフするやつ?
まさに見出し画に置いたような、卵、竹輪、椎茸、白ネギに、エビ天なんかも載ってたりして具だくさんの…

確かに僕も、〈アサヒ〉に行くまではそう思っていた。

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松山の繁華街・銀天街から路地を少し入ったところにある創業70年の老舗。

こちらの鍋焼きうどんは土鍋ではなくアルミ鍋で出てくる。

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そして具は…? あれー! 肉? きざみあげ? かまぼこ?
ネギも青いし、思っていた具は竹輪くらい。

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そして食べてみて、またびっくり。
めったやたらと…甘いのだ!
肉ときざみあげの甘みが鍋いっぱいに広がる。

戦後の子供たちに甘みをと、このうどんが誕生したという。
甘さに飢えた当時の子供たちが飛びつき、群がったさまが想像できる。

ここから徒歩20秒のところに、同時期に創業した〈ことり〉という店も。
微妙に味は違うが、どちらも甘く、どちらも人気の鍋焼きうどん店。

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松山はいろんなものが甘い。
地域の味のベースともいうべき味噌は、甘い麦味噌だ。

ミートスパゲッティもやたら甘い。
ミートソースなんて子供に大人気、甘くて当然という常識を100倍ほど超えてくる甘さだが、これがやみつきになるから不思議だ。

そして松山ではラーメンさえも甘い。
あるラーメン評論家が「日本一甘いラーメン」と認定もしたそうだ。
怖くて食べたことないけど。

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甘えん坊、甘い考え、甘い汁――「甘い」には悪い意味が多い。

しかしそれは、「甘い」の語釈「楽しい」「心がとけるよう」「人を喜ばせて誘い込むよう」(『学研国語大辞典』)を逆から見たらの話。
はまり込んではいけないと自戒しなければならないほど、「甘い」は人にとってすばらしき世界なのだ。
自分の足でしっかり立てているなら、「甘い」に悪い意味などない。

心がとけるほど楽しく、人を喜ばせて誘い込むような「甘い」愛媛で20年。
実にいろんな背景を持つ市井の人たちと向き合えた。
東京から愛媛に飛び込んだのは正解だったかもしれない。

(2022/1/15記)

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