社会で人が生きることの意味を問いかける感動的な傑作 西川美和監督「すばらしき世界」


こんにちは。音楽物書きの加藤浩子です。noteの使い方がよくわからないでいたのですが、恐る恐る、久しぶりの投稿です。先ごろ感動した映画のことを。 

見た知人友人が口を揃えて「よかった!」と言っている映画、「すばらしき世界」を見てきました。
 よかった。いえ、よかった、と言う言葉では全然足りません。すごい映画です。(監督の)西川美和ってすごい。
 今の日本の生きづらさ、「人間」と「社会」の関係、家族、人の暖かさと繋がり、いろんなテーマが幾重にも重なっている。短編小説ができるような内容が、次から次へと出てくるのです。ここも小説になる!ここも小説になる!そういうシーンの連続。そういう意味では贅沢な映画です。

 以下ネタバレあり、それでよろしければ?ご覧ください。
 
 主人公は服役を終えてできたばかりの元ヤクザ。前科10犯、最後は殺人。けれど、彼の方にも言い分がある。あちらが難癖をつけて襲ってきたからやり返しただけ、ということです。そして、今度ばかりは娑婆で働きたいと思っている。ただし心臓に持病があって、何かあると結構命に関わりそう(最高血圧230!とかになったりするような病気です)。
 
 生い立ちは不幸です。私生児として生まれ、施設に預けられ、芸者だった母親は彼が4歳の時を最後に顔を出さない。グレてヤクザになり、用心棒として働き、それでもようやくパートナーに巡り合ってスナックを構えて結婚したのに、すぐ殺人を犯してしまった。刑務所でもしょっちゅうもめて、刑期が延びた。懲罰房も長い。すぐカッとなるたちなんですね。理不尽だと思い込んだことは許せない。それが、彼が、普通の社会で生きていく上の1番の障害になるわけです。
 
 刑務所を出た彼は、弁護士さんを頼って、生活保護を受けながら仕事を探し始めます。すごく真面目なんです。生活保護を受けることをとてもとても心苦しいと思っている。けれど世間には、生活保護っていうと冷たい目で見る人間も少なくない。それにも苦しむわけです。(でも、こう言う人が立ち直るために生活保護を使うのはありでしょう。一部の日本人の生活保護バッシングは異常だと思う)
 
 トラブルを起こしたり、ヤクザに舞い戻りそうになりながら、主人公は1歩1歩前進していきます。そんな彼の真摯さに打たれ、周囲も次第に協力していく。生活保護を申請した窓口のケースワーカーは、最初はすぐカッカする彼に手を焼いたものの、仕事探しに親身に協力していきますし、弁護士の先生は、かつて得意だった運転の腕を生かして、失効した免許を取り戻し、いずれ運転手にと言う彼の夢のために、費用を貸します。彼を万引き犯と間違えたスーパーの店主は、かつて自分もチンピラだった過去を彼に重ね合わせて、更生を応援するのです。不器用な彼の真摯さが、周囲に伝わる。「すばらしき世界」が出現します。

 そして彼は、老人介護施設でのパートの仕事を得ます。ボロアパートでのささやかなお祝い。みんなからの就職祝いの自転車のプレゼント。一方で、介護施設でも職員間のいじめはある。障害者で仕事ができない同僚をいじめる職員たち。これまでの彼なら割って入って喧嘩を売ったけど、お世話になった人たちのことを思って自重する。と、心臓発作。心と行動を抑えると、心臓が音をあげるのです。因果関係はあるのかないのか。
 
 そのいじめられていた職員が、嵐の中でコスモスを摘んでいた。嵐で散る前に、摘んでおいたのです。主人公はコスモスを受け取り、帰宅の途に。途中、主人公に、元妻からランチの誘いの電話がかかります。再婚した夫との娘も連れていく、と。元妻はわかっているんです。「あなたのような人は、社会では生きづらい」と。ふわっとした気持ちで帰宅。けれど元妻との再会は叶わなかった。。。
 最後は、やめておきますね。ぜひ、見てください。

 物語の語り手的な役割で、彼の人生をテレビ番組にしようとした小説家志望の若者が登場します。「こんないい材料はない」と若者を焚き付ける女性の辣腕プロデューサー(長澤まさみが役にピッタリ!)。でも結局、若者は主人公をテレビに出すのを思い切り、プロデューサーと縁を切り、「あなたのことを書きます」と宣言する。「だから、戻らないでください。ヤクザに戻らないでください」と、一緒に入った風呂で、傷だらけの彼の背中を流しながら頼むのです。涙ぐみながら。
 そのシーンは、若者と主人公が、主人公の母親の手がかりを得ようと、かつて主人公が預けられていた施設を訪ね、母親のことはわからないながら、当時そこで働いていたという老婆と、ささやかな心の交流をもった後でのことでした。老婆は当時、その施設でオルガンを弾いていた、子供たちがそれに合わせて歌ったという。それを聞いた主人公の口から、自然に当時歌っていた歌が漏れてきた。老婆もそれに合わせて歌う。。。
 さらに主人公は、そこにいた子供たちのサッカーに混じって走り回る。楽しそうに。けれど最後は地べたに崩折れ、泣き伏してしまうのです。
 ここだって、小説になります。繰り返しですが、そういうシーンの連続なのです。
  
 ヤクザに舞い戻ろうとして、思いとどまったシーンも秀逸です。親分のおかみさんは、彼に言うのです。「もう戻ってこないで。誰も好きでヤクザなんかやっていない。もうヤクザで食える時代じゃない。娑婆は生きづらい。でも空は広いって言うじゃないか」

 何度も涙腺決壊。この世界は生きづらい、でも生きる価値はある。きっと。それだけでも、すばらしき世界、かもしれません。

 映画を見てから、原作(正確には「原案」となっていますが)になった、佐木隆三の「身分帳」という小説をKindleで購入して読みました。かなり雰囲気は違いますが(佐木作品は時代も戦後すぐから始まるので、戦災孤児とか大勢いた時代です)、軸は一緒です。佐木氏はこの主人公に出会って、彼の生存中に小説「身分帳」を書くのですが、映画の中では、作家志望の青年が、佐木氏の役割を担っていました。

 あちこちで言い尽くされていることですが、主人公を演じる役所広司さんの演技も「すばらしい」の一言です。

 すばらしき世界

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