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あるバーテンダーの風変わりな接客

たまには僕が客側の話をしましょう。バーテンダーってのはこんな風変わりな接客することがあるんだと思ったお話です。

僕が前に住んでいた江東区のある街のバー。由緒正しいそのバーは値段のわりにはとても気持ちがよい接客で、安定感の良さが好きでたまに通っていました。

初めて入った夜、バックバーには数多くのお酒。200はゆうにありますかね、このあたりでは珍しいくらいあるなぁ…と思い眺めていて、ふと昔飲んだあるお酒を思い出しました。

「あのー…すいません、プラットヴァレーって、ありますか?」

僕が聞いたのはコーンウィスキー
ちょっと馴染みがないかもしれませんが、表記上はコーン100%(実際は色々あって100%ではない)のウイスキーです。普通のウイスキーが大麦などを主な原料としているのとは、違うものですね。

プラットヴァレーは決して高級なものでもありませんが、昔働いていたバーにすごくたくさんお酒があって、そこにあったんだからここにもあるかな、あったら懐かしいから飲みたいな、くらいの気持ちで若いバーテンダーさんに聞きました。

すると、若いバーテンダーさんは、

「すいません、置いてないんです…」

と答えたんですね。

なら仕方がないと思って、じゃあ…と言おうとしたところに先輩のバーテンダーが来てもごもごその子と話しているわけです。
すると、その先輩のバーテンダーがバックバーの端の方からボトルを取り出して

「こちらでよろしいですか?」

とプラットヴァレーを持ってきてくれたので、あ、はい、お願いします、と頼みました。

ここまではよくある新人君と先輩のフォローの場面ですし、僕は目当ての酒が飲めたのでよかった、次は何にしようとか思いながらちびちびやってたんですけど、そこに黒服のバーテンダーさんが来ました。

僕にじゃないです、隣にあまりバー慣れしてなさそうな(失礼)、女性二人組がいて、そこの接客に入りました。

グラスが空いて「次はどうしましょうか」みたいな会話をしていたのですが、「甘いのがいいです」と女性が返答をしてその黒服さんがややごついボトルを持ってきてなんらかのカクテルを作ってたんですよね。

んで僕はちびちびやりながら耳を傾けてたんですけど、黒服さんがこんなこと言うわけですよ。

「コーンウィスキーと◯◯で作ったカクテルです」と言って横の女性に差し出している。

へー、と思ってそちらにちらっと目をやろうとしたとき、

そのコーンウィスキーのボトルが僕の方を向いていました。

本来はボトルの向きというのは提供したお客様に向けるわけですけど、ちゃんとしたバーなのでそれが徹底できていないはずがない、ましてや黒服さんなら。

ならどうして僕の方を向いているのかと考えたときに、黒服さんが何か言いたいのだろうと。きっと

「うちにはこんなコーンウィスキーもあります。先ほどはうちの若いのが知らずに失礼しました。」

というような意図を感じるわけです。
それを敢えて言葉で言わないことにもバーの矜持みたいなものを感じますし、面白い接客の一つだな、と思った経験でした。

やや変化球的な接客ではありますけれど、そこに言葉にならない会話を感じ、僕はその無言の会話のおかげでそのバーに通ってしまいましたさ、というお話でした。ではまた。

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