NIKKEI社説

2019年1月14日ーーーーーーーーーーーーーーーー高齢世帯の保有不動産を生かす方策を 

先細りになる公的年金に頼るだけでは豊かな生活水準を維持するのは難しい。かといって長い退職後に備えた金融資産をあらかじめ準備するのは、多くの中間所得層にとって容易ではなかろう。そうした場合に持ち家など保有不動産を売却して金銭に変える方策が、大切な検討課題になる。
総務省の調査によると、世帯主が60代の退職世帯の保有資産に占める住宅や土地など不動産の割合は60%を超える。預貯金や株式といった金融資産の2倍以上だ。めぼしい資産が持ち家しかない、という世帯も少なくない。
ただし自宅を売却してしまえば住む場所が失われる。このジレンマを解く選択肢として注目されているのが「リバースモーゲージ」という金融商品だ。住宅を担保に銀行が融資し、契約者の死亡時に不動産を売却処分して融資を回収する仕組みだ。
契約者は住み慣れた自宅で生活したまま、年金のようにお金を受け取れる。夫の介護施設への入居資金の調達にあて、妻は自宅に住み続ける、といった使い方もできる。家族形態の変化などに伴い、子供が必ずしも実家の相続を望まないケースに適用しやすい。
欧米では普及しているが、リバースモーゲージが日本でも定着するにはハードルがある。
最大の問題は中古住宅の資産価値が著しく低い点だ。日本では住宅の建物部分が築20年を超すとほぼゼロになり、土地しか評価されない。銀行は融資額を絞り、地価の安い地域は対象から外す。
築年数にかかわらず建物を適切に評価するには、柱や壁などの構造部分と内外装・設備部分に分けて査定するのが有効だ。例えば早くからシロアリ対策をしていれば構造部分の耐用年数は延びるし、給排水管を交換すれば設備の資産価値は高まるはずだ。
こうしたリフォーム情報を建設時の竣工図面などと一緒に「住宅履歴書」として保管し、データベース化すれば第三者も建物本来の価値を判断しやすくなる。蓄積されたデータが解析できるようになれば、不良債権化を恐れる銀行の姿勢も変わってこよう。
高齢者にとって持ち家は老後生活を支える貴重な資産だ。国や地方自治体、金融、不動産業界が連携して新たな評価手法を早急に取り入れてほしい。

農林漁業の国際認証を急げ

農林水産業の生産現場では、農業生産工程管理(GAP)などの国際認証の取得が欧米などと比べ遅れている。生産者の競争力や持続可能性を高めるため、政府や関係団体は国内での認証取得を加速させてもらいたい。
東京五輪の選手村などで提供する食材や施設に使う木材製品について、大会の組織委員会は生産過程で環境や人権への配慮を求める調達コードを決めている。その調達要件でも利用されるのが国際認証だ。海外はもちろん、国内企業でも調達にあたって認証を求める企業は増えてきた。
認証の重要性を知ってもらい、取得を広げるためには現場に密着した生産者団体の努力が重要だ。農業では大分県農業協同組合(JAおおいた)のように、高齢の生産者でもGAP認証を取得できるよう支援する農協が出てきた。こうした動きを他の農協や漁業協同組合にも広げる必要がある。
認証取得を教育の一環として取り入れる農業高校が増えてきたことは、若い世代の意識を変える意味で評価できる。
国内で生まれた認証制度を、海外でも通用する「国際認証」に格上げする対応も急ぐべきだ。国内の認証制度はコメなど日本の農水産物に対応しやすい。その意味で、日本GAP協会の認証が昨年、ネスレやダノンなどの有力企業で構成する世界食品安全イニシアチブ(GFSI)から承認されたことは前進と言える。
すでに木材の森林認証では、国内で生まれた緑の循環認証会議(SGEC)の制度が国際的な認証制度との相互認証を認められている。残る水産分野でも国内のマリン・エコラベル・ジャパン(MEL)協議会の制度を世界で通用するようにしてもらいたい。
認証取得の過程で、生産者が自らの作業工程をきちんと管理するようになれば経営の効率化にもつながる。環境や現場で働く人への配慮は、農林水産業を持続させるうえでも重要だ。生産者も前向きに取り組んでほしい。

2019年1月13日ーーーーーーーーーーーーーーーー「顧客起点」のサービスへ変革を急ごう 長寿時代の金融革新

人口の構造変化が金融サービスに革新を迫っている。とくに影響が強いのは長寿化だ。60歳の人のうち、95歳まで生きる人の割合は1995年に14%だったが、その後20年で25%に急伸した。
銀行、証券や生損保は、平均すると現役層より金融資産を多く持つ高齢層との取引に力を注いでいる。世代内の資産格差が大きいのも高齢層の特徴だ。判断力の衰えなど高齢期の特質をふまえたサービスを提供するには「業界起点」から「顧客起点」への発想転換が必要である。
厚生労働省によると、認知症の高齢者は現在520万人。効果と安全性が高い予防法や治療薬が開発されなければ、25年には700万人に増える見通しだ。65歳以上の5人に1人である。
発症には至らなくとも、年を重ねれば誰しも認知機能が衰えやすくなる。金融業界が肝に銘じるべきは高齢者の心身、資産、家族の状況など、それぞれが置かれた環境に応じた丁寧で確実、簡便なサービスの提供だ。
考えたり計算したりする力が弱った高齢者は論理より経験と直感を頼りにしがちだ。具体的には(1)相手の言葉遣いに決定が左右されやすい(2)多くの選択肢への対応より明快な情報と単純な選択肢を好む(3)意思決定を先延ばしし、選ばなかったことへの後悔を感じにくい――などが挙げられる。
金融老年学という新しい学問領域に取り組む駒村康平慶応大教授らの仮説である。この研究には経済学だけでなく法学、医学などの専門家、また証券会社や信託銀の幹部も加わり、商品開発やサービスのあり方を探っている。
研究者と業界が一体になった取り組みを加速してほしい。都市圏に先んじて高齢社会が現実になった地域の地銀や信金・信組が加わることが課題になろう。
こんな事例も報告されている。銀行の窓口で記入を求められる書類の多くは複写式だ。筆圧が衰えた高齢者が書くと、下の紙に何も写っていないことがある。「業界起点」の典型である。ささいな例だが放ってはおけまい。
カギを握るのは技術革新だ。金融機関はアナログ時代のやり方を改め、確実で分かりやすい取引手法を実用化してほしい。人口の構造変化は速度を上げている。悠長に構えてはいられないだろう。

もっと転職者を生かす会社に

終身雇用の慣習が崩れ、転職や起業が珍しくなくなった。でも円満退職へのハードルは高い。いまだに転職をマイナスの印象でとらえる風潮が、日本の会社に残っていないだろうか。人手の確保が難しい今こそ、転職した人材も活用する視点をもちたい。

総務省の2018年7~9月の調査によると、過去1年以内に転職した経験のある人は341万人に達し、リーマン・ショック以降で最も高い水準となった。

一方で民間の調査では、35歳以上の退職者の半数が「後任が不在」などの理由で強引に慰留され、円滑に辞められなかった。本人に代わって手続きをする退職支援サービスが伸びているのは、退社をめぐる会社と個人のギクシャクした関係の裏返しだろう。

退職・転職は「別れ」ではなくコミュニティーの「広がり」と考えたい。退職希望者を無理に引きとめても、意欲は下がり周りの社員にも悪影響を及ぼしかねない。連帯感を持ち続けることで得られる利点に目を向けるべきだ。

元社員の転職先が仕入れ先や外注先、代理店となる場合がある。一度やめて社外で経験を積んだ人材を再雇用すれば、客観的な視野から経営改善に取り組める。さらに起業が増えれば、起業家を輩出する企業として評価され、優秀な人材を獲得しやすくなる。

米マイクロソフトが現役の研究者と元社員の交流の場を設け、研究分野の相乗効果を生みだそうとしている。社外の知恵を持ち寄って製品やサービスを企画・開発するオープンイノベーションの発想が、人材の確保や育成においても求められる。

企業は働き手の人生設計に応じた制度を考えてほしい。転職や再雇用を含めた将来のキャリア形成について、採用時に担当者と率直に話せる企業はまだ少ない。

人生100年時代には、定年まで勤めあげるだけが職業人生のゴールではない。生え抜き社員だけでなく、社外の多様な人材も生かすことが企業の成長につながる。

2019年1月12日ーーーーーーーーーーーーーーーープログラミング教育を機に学校IT化を

2020年度から小学校でプログラミング教育が必修になるのをにらみ、IT(情報技術)を活用した教材が相次ぎ登場している。一方で、多くの学校ではいまだに無線LANすら使えない。学校のIT化を急ぎ、理数系の素養をもつ若い人材の育成に役立てたい。

教育に最新のITを利用する「エドテック」が世界的に広がっている。人工知能(AI)や仮想現実(VR)などを使って子どもの学習意欲を引き出し、効率よく学べるようになってきた。

なかでも注目されるのがAIを活用したタブレット教材だ。日本でもスタートアップのアタマプラス(東京・中央)やコンパス(同・品川)が数学や英語などの教材を開発し、学習塾のほか公立校でも導入例が出始めた。

生徒は画面上で学び、テストで間違えるとAIがつまずきの原因を特定する。理解が曖昧な点まで遡って学べるので、知識が確実に身につく。導入した学校では授業時間の短縮や生徒の成績向上などで成果を上げており、もっと利用を広げたい。

小学校で始まるプログラミング教育は、論理的な思考能力を養うのが狙いだ。幼いころからITやAIなどに触れ、科学や技術、数学などの基礎学力を身につけさせる教育は、多くの先進国や新興国が力を入れている。

だが、日本の学校にはIT教材の導入を阻む壁がある。タブレットやパソコンをインターネットに接続できないことだ。文部科学省の18年3月の調査によれば、日本の公立小中高校の普通教室で無線LANが使えるのは35%、パソコンなどと連動した電子黒板の整備率も27%にとどまっている。

情報機器をクラウドサービスに接続することを条例で禁じている自治体もある。まず自治体が意識を変え、学校の通信環境の整備を急ぐべきだ。文科省も機器の導入などを支援してもよい。

タブレット教材などを学校が用意するのでなく、生徒が家庭で使っている端末を持ち込む方法もある。東京都などが試行的に始めており、ウイルス対策など最小限の技術的対策を施せば、もっと活用できるはずだ。

教師のIT知識を高めることも欠かせない。エドテックを上手に使えば、教師が授業にかける手間や負担を減らせる。そこで生まれた時間を教師が研修に使えるような好循環をつくりたい。

外貨保険の「見える化」進めよ

超低金利下の運用難を背景に多くの生命保険会社が外貨建て生命保険の取り扱いに力を入れている。提携先の銀行経由の販売が中心だ。円建てより高い運用利回りが魅力となり人気を集めている。

利回りをあらかじめ約束する「定額」が売れ筋だが、あくまで外貨建てなので相場が円高に振れれば、円換算した受取額は目減りする。運用利回りの表示方法にも統一ルールがない。生保と銀行は、収益を優先して売れ行きを競うのではなく、商品が抱えるリスクの説明を徹底するなど外貨保険の「見える化」に取り組むべきだ。

2017年度の外貨建て終身保険や年金保険の販売件数は前年比3割増の62万件に膨らんだ。払込保険料は初めて3兆円を超え、今年度も件数・保険料ともに2割増のペースで増えている。

件数の急増に伴い、契約者からの苦情も目立ってきた。米ドルや豪ドル建てで受け取った返戻金を、円に戻す際の元本割れリスクの説明などが不十分な例が多い。

さらに問題なのは運用利回りの見せ方だ。手数料や管理費を差し引いたあとの積立金の利回りを強調した説明資料が少なくない。これだと利回りが実態よりも高く映り、各社の商品を比べたり購入したりする際に誤解を招く。販売手数料の水準を含め、早急な情報開示ルールの整備が必要だ。

銀行を通じた資産運用型保険の販売は02年に解禁した。銀行の都合などで販売件数が大きく変動してきたのがこれまでの経緯だ。

売りやすい商品がほしい、という銀行の求めに応じて08年のリーマン危機前に生保が開発、投入した「元本確保型変額年金」という特殊な商品が典型例だ。直後の金融混乱で生保が損失を被り、経営が行き詰まるケースもあった。

最近の外貨保険ブームでは契約者に為替リスクを転嫁するので生保が損失を被る可能性は小さい。分散投資の観点から外貨運用の有効性は否定できない。だからこそ、契約者の利益に寄り添う情報提供は生保と銀行の連帯責任だ。

2019年1月11日ーーーーーーーーーーーーーーーー揺らぐ経済統計への信頼

日本の経済統計への信頼を揺るがす重大な問題だ。賃金や労働時間の動向を示す厚生労働省の毎月勤労統計が、決められた方法で調査されず、公表データに誤りのあったことが明らかになった。

この統計は公的統計のなかでも重要度の高い「基幹統計」のひとつだ。雇用保険や労災保険の給付額算定をはじめ、経済分析や政策立案の基礎資料として活用されている。来年度予算案の修正も迫られるなど、調査の誤りの影響は極めて大きい。厚労省は原因の究明を急がなければならない。

毎月勤労統計は従業員500人以上の事業所については全てを調査すると定められている。だが東京都分では2004年から、対象の約1400カ所のうち500カ所程度を抽出して調べていた。

給与が比較的高い事業所が集計から抜け落ちたため、公表した統計では賃金が実際より低く算出されていた。厚労省によると、雇用保険と労災保険の過少給付は対象者が延べ約2000万人に上り、総額は500億円を超える。

追加給付が急務なのはもちろんだが、併せて厚労省に求められるのは、なぜ、こうした事態が起きたかの解明だ。原因がわからなければ的確な対策は打てない。11日の根本匠厚労相の記者会見でも職員の関与など詳細ははっきりせず、徹底究明が欠かせない。

毎月勤労統計の賃金データは所得や消費動向の指標として注目度が高い。政策の効果を検証する材料にもなっている。ほかの政府統計の信頼性を損なわないためにも、不適切調査の背景を入念に分析し、改善を図る必要がある。

厚労省は昨年も、裁量労働制で働く人の労働時間調査の不備が表面化した。たがの緩みは深刻だ。自浄作用が働かなければ、重要統計の調査を総務省統計局に移管することも検討してはどうか。

産業構造の変化に伴い、経済の実態を表す統計の役割は増している。調査の予算に制約はあるが、今回の問題を機に関係省庁は経済統計の意義を再認識すべきだ。

ゴーン元会長の事件は納得のいく立証を

日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン容疑者が特別背任の罪で起訴された。リーマン・ショックで発生した私的な取引の評価損約18億円の負担義務を日産に負わせ、サウジアラビアの知人の会社に日産側から12億円余りを不正に支出させた疑いが持たれている。

自らの役員報酬を少なく見せるため有価証券報告書に虚偽の記載をした罪でも、同社元代表取締役のグレッグ・ケリー被告とともに新たに起訴された。すでに起訴されている分を含め、未記載の報酬は8年間で計約91億円に上る。

こうした起訴内容が事実だとすれば、世界的に著名な経営者が権限を悪用し、会社を私物化していたということになる。

一方、ゴーン元会長は、特別背任の疑いについて「日産に一切損害を与えていない」と主張するなど、起訴事実をいずれも全面的に否認している。法律に違反するかどうか識者の間でも見方が分かれている点もあり、刑事責任の有無は今後開かれる裁判の場で司法の判断を見守るしかない。

この事件は、市民が参加して審理を行う裁判員裁判の対象ではない。だが海外でも関心が高く、「勾留期間が長すぎる」といった日本の刑事司法に対する批判も相次いだ。検察は裁判では法律や経営の専門家でなくとも納得がいくよう、ていねいで分かりやすい立証を心がけねばならない。

事件の背景などを可能な範囲で解き明かし、捜査の端緒となった司法取引の経緯も明らかにしていく必要があろう。そうしたことが国際的な疑念にこたえることにもつながるはずだ。

相次いだ批判の中でも、否認すると保釈されない「人質司法」についてはかねて国内でも問題視されていたが、司法取引の一部導入を決めた際の法制審議会でも大きな見直しはされなかった。最高裁や法務・検察はゴーン元会長の捜査とは別に、こうしたあり方について改めて検討すべきだろう。

有価証券報告書の虚偽記載では法人としての日産も起訴された。現経営陣はゴーン元会長が会社を私物化していたと指弾するが、そうであれば経営トップの逮捕に至るまでそれを見逃した罪は重い。

ガバナンス(企業統治)や内部統制の確立と信頼の回復は待ったなしである。日産はこの先も、事件や経営に関して適切に説明を果たす重い責任を負っていることを忘れてはならない。

2019年1月10日ーーーーーーーーーーーーーーーー日韓対立の影響を企業活動に広げるな

戦時中に日本企業に動員された韓国人元徴用工の訴訟が民間経済を巻きこむ深刻な事態を招きつつある。新日鉄住金の韓国内資産の差し押さえを韓国の裁判所が認めたことを受け、日本政府は1965年の日韓請求権協定に基づく協議を韓国に要請した。

差し押さえの対象になった資産は、韓国鉄鋼大手ポスコとの合弁会社の株式。原告側は株式の売却による現金化はひとまず見合わせたが、新日鉄住金は出資先である合弁会社の株式を売買できなくなる。グローバルな企業活動を脅かすと深く憂慮する。

両国の企業はそれぞれの強みを生かした補完関係を築いてきた。韓国の半導体やスマートフォン、家電生産などは日本の部品・素材、装置メーカーが支える。第三国での資源開発やインフラなどの協力案件も実績をあげている。

経済界の対応は現時点で冷静だ。だが現場では不安感も強まっているという。新日鉄住金はもともと韓国の鉄鋼産業の草創期に技術支援した企業だ。韓国で類似の判決が続けば日本企業が萎縮し、事業からの撤退や投資減少につながる展開も否定できない。

文在寅大統領は10日の記者会見で「日本は判決に不満があったとしても『仕方がない』との認識を持つべきだ」と表明。日本との経済関係への配慮はみえなかった。歴代の韓国政権も解決済みとの立場をとってきた。司法判断とは別に、文政権の決断によって外交関係を導いてもらいたい。

昨年10月末の最高裁判決からすでに2カ月余りが過ぎた。文氏は会見で、日韓両国が問題解決に向けて「互いが知恵を出し合うことが重要だ」とも述べた。優先すべきは韓国政府が一刻も早く対応策を示すことだ。日韓ビジネスへの影響を防がなければならない。

韓国政府は、就職難にあえぐ国内の若者を人手不足の日本企業が貴重な戦力にする互恵関係づくりを日本の政府や経済界に強く働きかけてきた。両国の往来が年間1千万人を突破する時代に、観光やエンターテインメントなどの産業にも水を差す。

韓国軍艦による自衛隊機へのレーダー照射問題でも韓国は態度を硬化させている。経済や安全保障での友好国同士の対立が長期化することでリスクを被るのは国民である。冷静に話し合いを重ねて状況が悪化しないようコントロールするのも政治の役割だろう。

米中は北の非核化では協力を

北朝鮮の金正恩委員長が中国の習近平国家主席と北京で会談した。習氏の訪朝が実現しないまま9カ月強の間に4回も訪中したのは外交儀礼上、極めて異例だ。トランプ米大統領との2回目の会談を控え、中国の支援を得るには背に腹は代えられないのだろう。

金正恩氏は会談で非核化の立場を堅持するとし、トランプ氏との再会談への意欲を表明。習氏も米朝対話を支持すると応じた。過去3回の中朝首脳会談は米朝の重要な協議の前後に開かれた。米朝の再会談開催に向けて米朝交渉が加速する可能性がある。

朝鮮半島の緊張が和らいでも北朝鮮の核の脅威は去っていない。金正恩氏は米朝の再会談について「国際社会に歓迎される成果を得られるよう努力する」と語った。国際社会が求めるのは完全な核放棄だ。まずは非核化への道筋を明確に示すことが欠かせない。

金正恩氏は経済建設に総力を結集する新路線の環境整備を優先する考えを伝えた。北京市内の経済技術開発区を視察したのも、「経済重視」を印象づけ、国際制裁網を崩す意図が読みとれる。

中国は北朝鮮との結束を貿易戦争を巡る対米交渉のカードにする狙いがあるのではないか。北朝鮮に影響力のある米中は安全保障と経済を取引すべきでない。北朝鮮の非核化が望ましいとの立場で利害は重なっており、半島の安定のため協力する責務がある。

金正恩氏が習氏に協力を求めた「朝鮮半島問題の全面的な解決」は、制裁解除や朝鮮戦争に関する終戦宣言、平和協定などとみられる。北朝鮮が非核化に着実に取り組まなければ、いずれもあり得ないと国際社会がしっかり足並みをそろえなければならない。

日本の役割も大事だ。北朝鮮政策で日米韓連携の一角を担った韓国が南北融和を鮮明にするなか、米朝が核問題で曖昧な取引を進めないようトランプ氏をつなぎ留める必要がある。非核化で存在感を示すことは朝鮮半島の新秩序づくりや日朝交渉にもつながる。

2019年1月9日ーーーーーーーーーーーーーーーーー農家と農業に貢献する農協に変わろう

全国農業協同組合中央会(JA全中)が9月末までに一般社団法人に移行するなど、農協の改革はことし節目を迎える。2016年に施行された改正農協法が「農業所得の増大に最大限の配慮をしなければならない」と明記した存在目的に沿い、農家と農業に貢献する組織に変わってもらいたい。

全中を農協法に基づく特別な組織でなくするのは、これまでのトップダウンのやり方を改め、権限を縮小して組合員による自主的な組織に戻すためだ。

全中が担っていた地域農協に対する監査は、一定の規模以上の農協を対象に19年度から公認会計士や監査法人による外部監査へと移行する。農協の経営は透明性や信頼性が高いものでなければならず、当然の改革といえる。

農協の理事の過半数を自治体が認めた将来性の高い農家や販売や経営のプロで構成するルールも、19年度から適用される。農家支援の目的を徹底する狙いだ。

農林水産省の調査では、農産物の販売で改善を始めたと答えた農協は18年時点で93%に達した。ただ、農家に聞くとその答えは38%にとどまる。農家が使う肥料や農薬、農機などの購買事業も、改革できていると感じる農家は42%と農協の自己評価の半分以下だ。

農協が自分では改革したつもりでも、まだ農家が実感できるものになっていない。

農協が農家に対し事業の利用を強制することは許されない。それぞれの農協がマーケティング力や資材の調達力を強め、農家に選ばれる農協になるべきだ。

宮崎県の西都農協は農薬や肥料の調達に競争入札などの手法を導入し、価格引き下げを実現した。系統と呼ばれる農協の上部組織を含め、もっとも安い値段を提示したところから調達する。

こうした取り組みを全国に広げ、資材購買や農産物販売を束ねる全国農協連合会(JA全農)の改革を後押ししてもらいたい。

農協が担う信用(金融)事業を上部組織である農林中央金庫や都道府県単位の連合会(信連)に譲渡し、地域農協はその窓口となることも、改革は促している。しかし18年4月末時点で実際に譲渡した農協は3つにすぎない。

運用収益の悪化が農協の経営を直撃するリスクを軽減し、農産物販売などの中核事業を強化するため、信用事業を前向きに見直していかなくてはならない。

サブリース問題の根は深い

賃貸住宅を巡るトラブルが増えている。建物の所有者から住宅を一括して借り上げて転貸するサブリース契約が特に問題になっている。国土交通省は取引の実態を調査し、事業者に登録を義務付けることを検討し始めた。

サブリースは土地を保有する個人などが建てたアパートなどを、業者が長期間にわたって丸々借り上げる契約方式だ。入居者の募集や建物の維持管理は業者が担い、所有者に対し一定期間の家賃収入を保証する場合が多い。

新築時には入居者を確保できても、時間がたてば空室が増えることは少なくない。約束していたはずの家賃収入を業者が大幅に減額したり、契約を解除したりしてトラブルになる事例が目立つ。

この方式でシェアハウス「かぼちゃの馬車」を運営していた不動産会社が昨年4月に破綻し、社会問題にもなった。賃料が入らなくなって、借金の返済に窮する所有者もいるという。

この事例でスルガ銀行の不正融資が発覚したように金融機関が関与する場合もある。まずは実態をしっかり把握する必要がある。

国交省は2011年に賃貸住宅の管理業者を登録する制度を設けたが、登録は任意だ。全国に約3万いる管理業者のうち、登録済みは約4000にとどまる。

サブリースでは、将来的に家賃収入が変わる可能性がある点を契約前に所有者に説明することが欠かせない。登録を義務化し監視を強めるのは一案だろう。

問題の背景には、15年の相続税増税を受けて節税対策としてアパート経営に乗り出す人が増えたことがある。13年時点で全国に820万戸ある空き家のうち、半分強は賃貸用の住宅だ。そこに新規物件が大量供給されれば、入居率が低下するのは当然だ。

周辺の他の住宅は空室が目立つのに、自分の物件だけは大丈夫、と考える方がおかしい。賃貸住宅の管理業の適正化を進めると同時に、所有者も相応のリスクがある点を改めて認識すべきだろう。

2019年1月8日ーーーーーーーーーーーーーーーーーがんゲノム医療の普及へ正確な理解を

がん患者の遺伝情報(ゲノム)を解析して最適な治療法を決める「がんゲノム医療」の検査キットの製造販売が、日本で初めて承認された。検査は春にも保険適用になる見通しだが効果には限界もある。国や医療機関は正確な理解に基づく普及をめざしてほしい。

承認されたのは100以上のがん関連遺伝子を調べ、変異と呼ばれる異常を検出する診断薬や解析プログラムだ。保険適用により、数十万円していたものが3割程度の自己負担で済むようになる。

検査は厚生労働省が指定した全国146の病院で受け付ける。利用が一気に広がるだろう。

ゲノム解析装置の性能向上とコスト低下により、がんゲノム医療は米欧で急速に普及している。周回遅れだった日本も、ようやくスタートラインに立つ。

がんの治療は従来、臓器や病気の進行状況に応じて一律に薬を処方し、効果の割に副作用が大きい例も多かった。ゲノム検査の結果をもとに薬を選べれば効率的な治療ができ、患者の生活の質(QOL)向上も望める。

課題もある。がんには複数の遺伝子変異が複雑に関係しているものも多い。肺がんはゲノム検査を受けた患者の6~7割で最適な薬がみつかる場合もあるが、胃や大腸のがんでは比率がずっと低いという。過剰な期待は禁物だ。

ゲノム検査は製品によって調べられる遺伝子が異なる。今回、中外製薬が承認を受けた手法は固形がんに関連する324の遺伝子の変異を一度に検査できる。

一方、国立がん研究センターとシスメックスが共同開発した製品は114の遺伝子が対象だ。数は少ないが、日本人に多い遺伝子変異の検出や正常組織との比較ができる。医療機関は各検査の特徴を患者に説明し、理解を得たうえで実施しなければならない。

海外では限られた遺伝子だけでなくゲノム全体を網羅的に調べる「全ゲノム解析」も本格化しだした。未知のがん関連遺伝子を探し治療薬を開発するのに役立つ。将来、主流になる可能性もある。

英国やオーストラリアでは、国民の全ゲノム解析のデータベース構築を進めている。日本もこうした取り組みを急ぐべきだ。

ゲノム医療によって、がんの診断や治療のコストを全体としてどれだけ減らせるのかも、検証していかねばならない。費用対効果を高める工夫が必要だ。

両立支える保育の安心高めよ

女性の就労を後押しするには、安心できる保育サービスの拡充が欠かせない。仕事と子育てが両立しやすくなれば、少子化対策ともなり、子どもの健やかな成長につながる。数とともに質を高めていくことが大切だ。

安倍晋三首相が「女性の活躍」を打ち出した2013年からの5年間で、保育サービスの受け入れ枠は約54万人分増えた。政府はさらに整備し、20年度末までに待機児童をゼロとする目標を掲げる。

ただ人手不足が深刻になり、経験の浅い保育士も増えている。まずは研修の充実などで能力を高め、働き続けやすい環境を整えることが大切だ。

新しいサービスへの目配りも要る。企業が従業員ら向けにつくる「企業主導型保育」は16年度から始まった。約54万人分のうち6万人分を、これが占めている。認可外の施設だが、一定の基準を満たせば認可並みの助成金が出る。財源は企業からの拠出金だ。

一気に参入が増えたことで、一部で突然の休園や、定員割れなどの問題が浮上している。政府は18年12月、対策のための検討会を設けた。拠出金を有効に生かすためにも、運営の実態をていねいに把握し、監査や相談体制の充実などを急いでほしい。

質の向上が必要なのは、他の認可外施設も同様だ。外部の目をしっかり入れることがカギを握る。立ち入り調査や巡回指導など、行政によるチェック体制を強めることは急務だ。ここ数年、認可施設への移行を目指すところも増えている。しっかりと後押ししたい。

10月からは幼児教育・保育の無償化が始まる。認可外も幅広く対象に含めるとする政府に対し、自治体は範囲を限定することを求めている。これを機に、保育サービス全体の質を底上げし、ふさわしくない施設をなくしていくことこそ本質的な課題だ。

18年に生まれた子どもの数は推計92万人にまで減った。働きながら安心して子どもを産み育てられる環境をつくらねばならない。

2019年1月7日ーーーーーーーーーーーーーーーーー生産性の視点欠く「脱時間給」の制度設計

働き方改革が後退しないか心配だ。労働時間規制に縛られずに働け、職務や成果をもとに報酬が決まる「高度プロフェッショナル制度(脱時間給制度)」の対象者が、より限定的になるからだ。

生産性向上を後押しする制度ができるのは前進だが、働き手や企業の使い勝手が悪ければ意味は薄れる。日本の労働生産性は主要7カ国で最も低く、引き上げは急務だ。制度設計にあたる厚生労働省は危機感を持ってもらいたい。

厚労相の諮問機関である労働政策審議会が、4月から始まる脱時間給制度の具体的なルールを盛った省令案と指針案を了承した。一部の専門職を労働時間規制から外すこの制度は働き方改革関連法で創設が決まり、適用対象の業務や年収基準などは詳細を省令や指針で定めることになっていた。

対象業務は想定されてきた金融商品の開発やコンサルタント、研究開発など5つのままだが、年収条件は一段と厳しくなった。これまで示されてきた「1075万円以上」には、成果や業績に連動する賞与など、支給額が未確定のものを含まないことになった。

年収1000万円超の人でも民間企業で働く人の4.5%にすぎない。柔軟に働ける新制度を活用できる人が当初の想定よりもさらに少なくなるのは問題だ。

企業による働き手への成果の要求や期限の設定も制限し、日時の決まった会議への出席の義務づけもできないとした。働き手の裁量を重視するのはわかるが、組織の生産性を下げる恐れがある。

対象業務についても、たとえばコンサルタントの場合、「時間配分を顧客の都合に合わせざるを得ない相談業務」などは除外される。現実的か、疑問だ。

厚労省が制度の対象者を絞り込んだのは、長時間労働を助長するといった反発が労働組合などに根強いことを踏まえたためだ。

だが労働者保護の点では、年104日以上の休日取得の義務づけや、いったん制度の適用に同意した人も撤回できるなど一定の措置がある。制度の対象者を絞り、働く人の選択肢を狭めるのは、労働者保護に反しないか。

脱時間給制度は専門性のある人などが広く使えるようにする必要がある。厚労省は機会をとらえて制度設計を見直すべきだ。仕事の時間配分を自分で決められる裁量労働制の対象拡大は昨年見送られたが、早期の実現を求めたい。

シリアに力の空白をつくるな

あまりに長い苦難の年月だ。シリア内戦が今年3月で9年目に入る。未曽有の悲劇から人々を救うには、一刻も早く内戦を終わらせ、すべての勢力が参加する和平プロセスを軌道に乗せるしかない。

そのためには内戦に介入する周辺国や関係国の関与が不可欠である。その役割を投げ出す米軍のシリアからの撤収は、無責任のそしりを免れない。力の空白はシリアの混迷を深めるだけではないか。

トランプ米大統領は過激派組織「イスラム国」(IS)を打倒したとしてシリア北東部に駐留する約2千人の米軍に撤収を命じた。

確かにISは支配領域をほとんど失ったが、まだシリアやイラクに数万人の戦闘員が潜伏するとされる。米軍撤収を契機に活動を再び活発化させることが心配だ。

米国はISの掃討でクルド人武装勢力を支援してきた。内戦はロシアやイランの支援を受けるアサド政権が優位に立ちつつある。米軍の一方的な撤収はクルド人を見捨て、政権の勝利を決定付けると非難されても仕方がない。

主権国家に対立国の軍隊が駐留すべきでない。だが、米国が欧州やアラブ諸国と内戦に介入し、反政府勢力を支援したのは、アサド政権による非人道的な弾圧を阻止するためだったはずだ。

シリアの和平プロセスは停滞が続く。政権と反政府勢力が参加し、内戦終結後の憲法改正を話し合う委員会を、国連が主導してつくる予定だったが、昨年末の期限までに設置できなかった。

アサド政権が全土を制圧すれば戦闘はなくなっても、国民は厳しい弾圧の下に置かれ続ける。ロシアやイランの影響力も増す。政権の非道な仕打ちに声をあげた人々が対等な権利を得る国民和解の実現はさらに遠のくだろう。

シリア内戦では30万人以上が犠牲となり、500万人以上が難民となって国を逃れた。日本を含む国際社会は連携し、アサド政権に圧力をかけるとともに、米国に対し、和平への関与を求め続けることが重要だ。

2019年1月6日ーーーーーーーーーーーーーーーーー主導役なき世界を乗り切るために

平成の世が始まった1989年は、世界地図が一変した激動の年でもあった。

中国では6月に民主化デモを武力で鎮圧する天安門事件が起き、東欧では民主革命が本格化した。11月には東西ドイツを隔てていたベルリンの壁が壊れた。そして12月には地中海のマルタ島で開かれた米ソ首脳会談で、東西冷戦の終結が高らかに宣言された。

近づく「新冷戦」の足音

それから2年後には、超大国だったソ連が崩壊。世界は米国一極体制の下で、民主主義や自由経済が勝利したと酔いしれた。

歴史的な米ソ首脳会談が開かれた日、舞台となったマルタを時ならぬ大嵐が襲った。再び訪れる混沌の時代を予兆していたのだろうか。冷戦の終結から30年。くしくも平成の終わりを迎える今年は、「新冷戦」の足音がひしひしと近づいてくるような雲行きだ。

中でも深刻なのが、世界第1、第2の経済大国である米国と中国の貿易戦争だ。米国は中国による知的財産権の侵害などを理由に制裁を発動し、中国からの輸入品に高関税を課した。中国もほぼ同様の対抗措置を講じており、米中の覇権争いが世界経済や金融市場の大きな不安要因となっている。

かつて冷戦終結を唱えた米ロの関係も冷え込んだ。2016年の米大統領選へのロシアの介入疑惑に端を発した対立は、核軍備管理にも波及。トランプ政権は米国と旧ソ連が結んだ中距離核戦力(INF)廃棄条約を破棄する方針で、21年に期限切れを迎える米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の延長にも消極的だ。

米ロは世界の核弾頭の9割以上を保有する。米国はイラン核合意からも離脱しており、世界が再び核軍拡競争に陥る恐れがある。

冷戦後の国際秩序が揺らぎ、不透明さを増す世界。それは「米国第一主義」を掲げ、国際協調より自国の利益を優先するトランプ大統領の登場と密接にかかわる。

もっとも、米国はオバマ前政権下から「世界の警察官ではない」と公言していた。リチャード・ハース米外交問題評議会会長のように、トランプ現象の背景にブッシュ(子)元政権下で始まったアフガニスタンやイラク戦争の「介入疲れ」を指摘する声もある。

パックス・アメリカーナ(米国による平和)という言葉がある。圧倒的な軍事力と経済力を背景に、米国が世界の秩序と平和を維持してきた時代のことだ。

その起点を、時のウィルソン大統領が「民主主義を守る」ことを大義に掲げて第1次世界大戦に参戦した1917年とすれば、トランプ大統領の就任でちょうど100年。1世紀に及んだ米国による平和の時代に終止符を打ったとみるべきかもしれない。

では、国際秩序の主導役を誰が担うのか。国際的な影響力はともかく、権威主義国家の中国やロシアに米国の代役は務まらない。

欧州では、最強の政治リーダーだったドイツのメルケル首相が難民問題への対応で支持を失い、英国は欧州連合(EU)離脱をめぐる迷走が続いている。

有志国で秩序支えよ

欧州に限らず、世界を見渡しても、偏狭なポピュリズムと自国優先主義を掲げる政治家や政党が急速に支持を広げている。平成の次の時代は、主導役なき世界が現実のものとなりつつある。

自由と民主主義、市場経済の価値観、多国間主義に基づく国際秩序の枠組みをいかに守っていけばよいのか。有志国が結集し、それを支えていくしかあるまい。

日本も有力な有志国として、米欧や中ロなど主要国にグローバルな協調体制の再構築を働きかけていく必要がある。6月末に大阪で開く20カ国・地域(G20)首脳会議で日本は初の議長国を担う。そのかじ取りは極めて重要だ。

とくに自由貿易の推進では、環太平洋経済連携協定(TPP)への米国の復帰を粘り強く呼びかけるとともに、中国やインドが加わる東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の早期妥結を促すべきだ。保護主義に対抗し、米中の貿易紛争を収拾する意味では、世界貿易機関(WTO)の改革を主導していく必要があろう。

外交では日米同盟を基軸にしつつ、中ロとの関係も含めて日本独自の役割も模索したい。平成の次の時代に、日本が世界で担うべき責務は重い。

2019年1月5日ーーーーーーーーーーーーーーーーー多様な人がいきいきと暮らす国へ

平成の日本では女性の社会進出や単身世帯の増加など、職場や地域で人の多様化が進んだ。人々の価値観も昭和とは変わったが、制度などが追いついていない部分も多い。ポスト平成では多様さを日本の活力源にするよう一層の工夫を進めたい。

100年余り前の大正5(1916)年、雑誌「婦人公論」が創刊された。エッセイストの酒井順子氏が昨年出版した「百年の女」で当時の誌面を分析している。

女性活用、一歩前進

女学校が相次ぎ誕生し会社で働く女性も増えた。そんな状況を、ある経済学者は「婦人の職分は家庭での内助」などと批判した。対して、個性を発揮したい女性が働くのは当然で、主婦が仕事に出ても家庭が機能する仕組みを作れ、と女性運動家が反論した。

この議論は昭和も続いた。状況が大きく変わったのは平成に入るころだ。雇用機会均等法が施行され、結婚や出産で仕事を辞める女性は減っていく。昭和の後半に専業主婦世帯の半数だった共働き世帯は平成に入ると拮抗し、今では2倍へと逆転。NHKの「理想の家庭像」調査でも「協力型」が昭和的な分業型を上回る。

平成日本の大きな進化だ。しかし、企業や政府、学術研究などで実力に見合った登用が進んでいるかといえば、心もとない。世界経済フォーラムが最近発表した男女平等指数をみると、日本は149カ国のうち110位だ。

国会、取締役会、学術会議などの顔ぶれはまだ圧倒的に男性が多い。男性も含めた働く人たちの子育て支援や職場でのハラスメント対策、公正な人事評価など、平成が積み残した宿題にポスト平成ではきちんと向き合いたい。

女性の社会進出は、ほんの一例だ。日本社会の多様化はさまざまな場面で進んでいる。非婚化や高齢化で単身世帯が最大勢力になり、「夫婦に子供2人」という標準世帯を想定した仕組みも機能しなくなっている。

これまで日本の職場は「健康で比較的若い日本人の男性」を想定して制度や文化を作ってきた。しかし平成の日本で増えたのは、育児、長生きするようになった親世代の介護、加齢に伴いがちな自身の病気など、何らかの課題を抱える社員や職員だ。

今後は言語や文化を異にする外国人も加わる。適切な対処を怠れば反目を生み、職場のストレスは増え生産性も落ちる。貴重な労働力が退職・帰国すれば損失だ。

女性や外国人の活用が進むプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)ジャパンは、上司と部下が働き方を巡る価値観を独自のチェックリストできめ細かくすりあわせる。こうした「サーバント(支援)型リーダーシップ」は従業員の自発的なやる気や創意工夫を引き出すとして注目されている。

人材の多様化は単なるコストではない。三菱総合研究所の調査によれば、女性活用の進んだ企業の方が女性向けのヒット商品を生み出しやすい。アリバイ的に女性を参加させるのではなく、声をきちんと聞いたり、権限を与えたりすることが大事だという。

ビジネスモデルも変化

高齢者、病を抱え働く人、障害者、外国人、性的少数者などについても同様だ。近年、広告での性別役割分業や民族文化の描き方を巡り、企業が消費者の非難を浴びる例が相次いでいる。作り手の側にこうした人々が参加すれば、不用意な失敗は避けやすくなる。

働き方の変化は商品・地域開発も変えた。昭和の郊外の庭付き一戸建てに代わり、平成の住宅市場では都心の超高層マンションが人気を博した。通勤時間を節約したい共働き家庭が増えたからだ。

専業主婦の昼間の在宅を前提にした宅配便のモデルが壁にぶつかるなど、社会生活の変化は企業にも戦略の変更を求める。単身高齢者の増加で食品の移動販売車が一部で採算に乗り始めた。

終身雇用や年功序列が崩れ副業が解禁されるなど、人生設計の多様化で大学など教育分野にも新たな期待と需要が生まれている。

平成の2度の大震災は多くの人の仕事観や人生観を変えた。地域の価値が見直され、ボランティアや副業、転職、起業など多様なルートで地域活動への参加が広がった。外国人の住民が新たな風を呼ぶ。多様な人々がいきいきと暮らす国。そんな日本でありたい。

2019年1月4日ーーーーーーーーーーーーーーーーー

米中摩擦が影落とす年始の円高株安

2019年の金融・証券市場は波乱の幕開けとなった。外為市場では一時1ドル=104円台まで円高・ドル安の進む場面があり、株式市場では日経平均株価が急落して再び2万円を割り込んだ。米中貿易摩擦が実体経済に影を落とし始めたとの懸念が浮上し、市場が警戒を強めている。

日本が年末年始の休暇中に海外発で不安材料が相次いだ。なかでも株安の引き金となったのが米アップルの収益の下振れだ。

同社は、主力のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の販売が中国で振るわず、18年10~12月期の売上高が事前の予想に届かないと発表した。株価下落の流れは、同社に部品を提供する日本企業などにも広がった。

心配なのは同社が、米中の緊張の高まりを販売不振の理由としたことだ。「消費者に影響が出てきた」と説明している。貿易摩擦が目に見えるかたちで収益の足を引っ張り始めた可能性がある。

その中国では景気減速のサインが強くなっている。国家統計局が発表した18年12月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.4に下がった。同指数が50を割り込むのは、景況感の悪化を示す黄信号だといえる。

日本は世界経済が堅調なときは円安と株高が進みやすい。半面、先行き不透明感からリスク回避の流れになると、逆に円高と株安が同時に起きがちだ。年始の円高には、取引が少ない中でコンピューターの自動取引が変動を増幅した面があるとはいえ、神経質な市場の雰囲気を映すものだろう。

19年の世界経済は減速が見込まれる。ただ、経済協力開発機構(OECD)が3.5%成長を予測するなど底割れするような状況ではない。だが不安定な市場が続き企業や家計の心理が冷え込めば、実体経済に跳ね返りかねない。その懸念は再び下がってきた日米の長期金利にも読み取れる。

2月末が期限の米中の貿易交渉は打開の糸口がなおみえない。国内は10月に消費増税を控えている。政策当局は市場が発するサインを注視しつつ、適切な対話と慎重なかじ取りが求められる。

本来、株価は企業の将来にわたる収益への期待を映すものだ。投資家の不安をはね返せるのは、効率的に稼ぐ力を高め続ける個々の企業の経営努力だろう。持続的に成長していく企業が増えることこそ、市場全体を活性化する。

出国税の使い道を注視する

7日から国際観光旅客税、通称「出国税」の徴収が始まる。恒久的に徴収する国税としては1992年の地価税以来、27年ぶりの新税となる。政府は訪日外国人の受け入れ環境を整備するのに使うとしているが、無駄遣いがないか厳しい目で点検すべきだ。

新税は2歳未満の子など一部の例外を除き、国籍を問わず日本からの出国時に1人1000円を一律徴収する。2018年の訪日外国人は3000万人を超え、日本人の出国者も17年実績で約1800万人。政府は19年度に500億円前後の新税収入を見込む。

観光庁の予算は倍増した。気になるのは使い道だ。外国人がストレスを感じずに旅行するための環境整備、日本の魅力を伝える情報の発信、地域の文化や自然など観光資源の整備――の3分野を、政府は使途に挙げている。

外国人旅行者の満足度を高めるために、ある程度の財政出動は必要だろう。しかし本来なら他の公共事業などをけずって、その分を振り向けるのが筋だ。新たな税を設け、しかも特定財源としたことで、観光振興という名目のもとで無駄遣いが生じやすくなったのは、否定できない。

観光振興を目的に掲げた補助金などはすでに結構ある。補助金をあてこんで魅力の乏しい観光メニューを提供する企業や団体が増え、結果として地域全体の満足度はむしろ下がって困っている。そんな声が一部の企業などから聞こえてくるほどだ。

今後、例えばIT(情報技術)による魅力発信を名目に、閲覧をさほど期待できそうもないウェブサイト制作に税がつぎ込まれる恐れはないか。地域の観光資源の整備を掲げ不要な建設工事が行われないか。一定期間の後、費用対効果を厳しく検証したい。

また、徴収手続きの簡素化を理由に一律1000円とした結果、格安ツアーでの家族客や周辺国・地域と頻繁に往復する客などの負担感は強くなった。新税の旅行需要への影響も注視したい。

2019年1月3日ーーーーーーーーーーーーーーーーーー平成の次へ(2) 新たなジャパン・モデルの構築を

平成の日本経済は、バブルの絶頂と転落に始まり、その後始末と少子・高齢化、人口減少という新たな試練に翻弄された。戦後復興と高度成長期を主導した「昭和モデル」は色あせたのに、その次を描くことはできなかった。平成の次の時代こそ新たな日本の成長モデルを構築する時である。

産業の新陳代謝進めよ

スイスのビジネススクールIMDが国別の世界競争力ランキングの発表を始めた1989年(平成元年)、総合で首位に輝いたのは日本だった。「メード・イン・ジャパン」の家電や車が世界を席巻し、年功序列・終身雇用、生産現場のカイゼン運動など日本的経営が称賛された時代である。

ところが、金融危機が本格化した90年代後半から順位は大きく下がり、2018年は25位にとどまった。この30年で日本企業の存在感は低下し、今でも世界をリードする産業は自動車や一部の電子部品などごくわずかとなった。

最大の問題は、デジタル革命で既存の産業地図が大きく塗り替わるなかで、産業の新陳代謝が進まなかったことだ。米国では株式時価総額の上位10社に、アマゾン・ドット・コムやフェイスブックなど日本の元号で平成生まれの企業が3社あるが、日本はゼロだ。

平成時代に、バブルの負の遺産を処理し、経営改革を進め、最高益をあげるまで回復した日本企業も多い。ただ、平成の次の時代に世界で戦っていくには、日本発のグローバル新興企業や起業家をもっと生み出したい。

そのために必要なことは2つだ。ひとつ目は、リスクマネーの供給だ。官民ファンド改革を期待された産業革新投資機構のつまずきは残念だが、余剰資金の豊富な大企業の役割も大きい。

最近は、KDDIのような大企業が相次いで社内にベンチャーキャピタルをつくっている。大企業が新技術やビジネスの芽に投資すれば、次世代を担う企業の誕生を後押しできる。新興企業が台頭すれば、それが刺激になり、既存の大企業も活性化するだろう。

もうひとつは硬直した規制の見直しだ。例えば米国の多くの州では自家用車で乗客を送迎するライドシェアが日常の足として定着しているが、日本ではタクシー業界の反対で今も原則は禁止だ。

運転に不安な高齢者が多く、公共交通も行き届かない日本の過疎地でこそライドシェアは威力を発揮するはずだ。政府はあらゆる課題をデジタル化で解決するという「ソサエティー5.0」を掲げるが、それにはビジネスの障害を取り除き、新規参入を容易にすることが重要だ。

国内産業の活性化には一段の開放政策が必要だ。日産自動車のゴーン元会長の逮捕は衝撃的だったが、これで外国資本や外国人経営者の活用が停滞するのは望ましくない。内外の技術や人材を柔軟に活用できるようにする労働市場の改革も不可欠だ。

製造業をはじめ日本の産業の伝統的な強みをいかしながらも、デジタル革命など世界の新潮流にあった改革を断行し、新たなビジネスモデルをつくるべきだ。

高齢化をチャンスに

平成の次は、日本の少子・高齢化、人口減少が急速に進む時代だ。40年には団塊ジュニア世代も65歳以上になり、高齢者は3人に1人になる。急増する社会保障費をどう賄い財政を持続可能なものにするかが日本経済の大きな試練であることは間違いない。

この試練を大きなチャンスととらえることもできる。まだまだ元気な65歳以上を一律で支えるべき高齢者ととらえるのはやめようという考え方も増えている。

高齢者が人工知能(AI)やロボットなど先端技術の力も借りながら、長く働き続けられるようにしたい。高齢者の生活様式や嗜好にあわせた新サービスや製品などシルバー市場も拡大の余地は大きい。医療・介護ビジネスの発展も期待できる。

少子・高齢化は日本だけの問題ではない。欧米先進国に加え、今は若いアジアの多くの国々でも今後、高齢化が急速に進むだろう。

日本は「活力のある高齢化社会」という新たなモデルを世界に胸を張って示せるようにすべきだ。

平成の次の時代には大きな試練が待ち受ける。恐れずにそれを乗り越えることで日本はもっと強く魅力ある国になれる。

2019年1月2日ーーーーーーーーーーーーーーーーーー平成の次へ(1) 政治秩序かえた制度を改修する時

次の時代が今の延長線上にあるように、前の時代からのつづきで今がある。平成を論じるときは、昭和を語らなければならない。平成の日本政治は昭和の反省のうえに成り立っているからだ。
 そこから出てきたのが平成の改革だった。小選挙区の導入を柱とする政治改革と、省庁再編に伴う内閣主導の二大変革のことだ。

選挙制度のゆがみ正せ

振りかえってみれば、政治のありようにとどまらず国のかたちをも変えた。憲法秩序を改める「憲法改革」が実質的に進行したのが平成という時代だった。

平成の次を考えるとき、問題点や限界が見えてきた平成改革の改修が課題になってくるのは論をまたない。

昭和と平成の間に断層線を走らせたものは何か。政治とカネの不祥事にみられるように、おりのようにたまった自民党の長期単独政権による腐敗への批判だった。

有権者の怒りに火をつけたのは1988年に明るみに出たリクルート事件、92年に発覚した佐川急便事件だ。政治改革を求める世論が一気に高まった。

非自民連立の細川護熙内閣の誕生が政治的なひとつの結果だった。94年1月に政治改革法が成立、小選挙区比例代表並立制・政治資金規制の強化・政党助成金制度がスタートした。

中でも中選挙区から小選挙区への変更が派閥の力をそぎ、党執行部の影響力を強め自民党を変質させた。

もうひとつの改革の柱である省庁再編に伴う内閣主導は、政府・与党二元体制を改め、党主導で進んでいた政策決定プロセスを変えるねらいがあった。2001年からはじまった。

そうした平成の制度改革を巧みに使ったのが小泉純一郎内閣であり、政権交代を実現した民主党だった。そして民主党政権は制度の運用に失敗、3年3カ月で政権の座から離れ、6年をこえる安倍長期政権になっているのが今の政治の姿だ。

そこにはさまざまな問題点が出てきている。それを見直す平成改革の改良こそが差し迫ったポスト平成の政治テーマである。

選挙制度でいえば、小選挙区の見直し論が出て久しい。

選挙のたびに大量の新人議員が誕生。「魔の〇回生」などとやゆされる、疑問符がつく選良たちをうむ制度への問いかけである。少なくとも小選挙区で落選して惜敗率で比例復活の重複立候補制は早くやめた方がいい。

自民党の派閥が壊れた結果、あらわれているのは政治指導者の養成をする組織がなくなったことだ。有力なリーダーをどう育てていくかが課題だ。

政策決定で党の力をそぎ、利権の温床とされていた族議員がばっこするのを防いだのには意味があったが、こんどは議員のパワーが落ちすぎて党によるチェックが働かなくなっているとの見方もある。皮肉なことに党の復権が必要になっている。

内閣主導の改革のねらいは間違っていない。ただ結果として「強すぎる官邸」ができてしまった。「官邸官僚」によって各省が思考停止におちいっているとの指摘は見逃せない。

「強すぎる官邸」を抑止

霞が関の力を結集していくためには、幹部人事の選考で第三者によるチェック機関の設置なども考えていいのかもしれない。

「弱すぎる野党」の問題も深刻だ。野党がバラバラで「安倍一強」を許し、政治に緊張感を欠いている理由のひとつだ。

平成の30年の結末がこれでは政権交代可能な二大政党制という政治改革は夢のまた夢である。小異を捨てて大同につくことを考えるべきときだ。

ほとんど進んでいないのが国会改革である。衆院と参院の選挙制度は似通っており、両院の機能分担も掛け声倒れ。放置していては政治への失望が募るばかりだ。

平成の30年を総括すると、小選挙区と省庁再編の制度改革の10年、つづいて小泉改革と民主党政権の誕生という制度運用の10年、そして民主党政権と安倍政権という制度運用の失敗・問題点の露呈の10年だった。

次の時代はどうあるべきだろうか。まずは制度改修で平成改革のバージョンアップに取り組むということだろう。

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