ALEX & Tokyo Rose - AKUMA

こないだタワーレコードに行ったんですが、最近あそこで売っている、音楽のジャンル名だけ書いたTシャツのシリーズ、何気なく見ていると「インダストリアル」のTシャツがあるじゃないですか。しかも「当店売り上げNo.1」とか書いてある。なぜインダストリアルが売れるんだろう。テクノの人もヘビメタの人も両方着れるからでしょうか?
まあでも、インダストリアルと言っても、それが音楽のジャンル名だと認識している人は今ではかなり少ないかもしれません。それこそ今どきわざわざタワレコにCDを買いに行くような人種のうち何人かに一人くらいは知っている程度かも。
インダストリアルというのは、たぶん40年くらいにも及ぶ長大な歴史を持つ、非常に由緒正しいかもしれないジャンルで、いろんな音楽性に派生して収拾がつかなくて、要するに説明すると非常に長くてめんどくさいことになりそうなのであんまり説明したくないジャンルの一つです。

それはさておき、今回レビューするのは、ALEX & Tokyo Roseの「AKUMA」と題されたアルバム。


このタイトルにこのジャケット絵。劇画調の何ともエロイ悪魔の絵。なんか凄い強そうです。かなり惹かれるものがありますね。普通の人は引かれるかもしれませんが。

まあ年々ダークな雰囲気のOutrunは増えてきてますが、このアルバムは直球です。タイトルとジャケットに偽りはないです。
曲のクレジットを見るに、ALEXとTokyo Roseが持ち寄った曲をだいたい交互に並べた曲順のようです。別々のアーティストなんですね。
ALEXはイギリスの人で、Tokyo Roseはアメリカのようです。
で、曲を聴いてみた上で思ったのは、やはりこの辺の「ダーク系の」Outrun・Synthwaveというのは、インダストリアルの子孫なのではないか?という事です。
正確に言えば、インダストリアルの子孫の子孫ぐらいかもしれない。まあでも、恐竜と鳥ぐらいの関連性はありそうです。

インダストリアルと言っても、私の言っているインダストリアルとあなたの考えているインダストリアルは全然違うかもしれない。そこらへんを明確にしておくと、私が関連性を見出しているのは、90年代末期以降の、だいたい00年代に当たる時期にピークを迎えた世代のインダストリアルで、それはエレクトロニック・ボディ・ミュージック(以下EBM)の系譜から派生した世代の音楽です。

個人的に気に入ったのは、3曲目、シンプルながらEBM的なベースラインが、(邪悪な意味で)覚醒する感じがあって素晴らしい。
7曲目、フロントライン・アセンブリーのような怪しさ全開なベースラインで、普通にEBMとして売ればいいのにとも思ってしまった。
タイトル曲の8曲目、ダークで怪しげなシンセポップ。というかダークな時点でポップではないような気もする。

2000年代に入ってからの(EBMの系譜に当たる)インダストリアルというのは、80年代のゴスの系譜と、デペッシュモードなどのエレポップなどの影響を受けた音楽等とがっつりクロスオーバーして、なんだかんだでいろんな方向性が生まれた時期でした。ジャンル名がいくつか細分化されて、フューチャーポップ、ダーク・エレクトロ、エレクトロ・ゴス、ダーク・ウェイブ、パワーノイズ等、他にもあったかもしれないけど、だいたいそのようなジャンル分けで呼ばれていました。クロスオーバーしている部分があるので各ジャンルの境界は曖昧です。
たぶんドイツ辺りではそこそこ盛り上がったシーンがあったと思われるのですが、日本では下手したら今のVaporwaveとかOutrunよりも知ってる人が少なかったかもしれないジャンルです。
当然タワレコなどでは入手できる作品はほぼ無かったです。レーベルとしてはMetropolis RecordsとかAlfa Matrixといった所がこの手の奴を多く出していて、MetropolisのCDは比較的日本のAmazonでも入手しやすかったのでもっぱらAmazonで買ってました。でもうちの近所の中古CD屋でたまにこの手のCDを見かけることもあるので、たぶん同じようにAmazonで買ってた人がいるのかもしれない。

Bandcampでこのアルバムに付けられたタグを見ると、「darkwave」というタグが付いていますが、これが00年代のインダストリアル界隈で使われていたジャンル名を指しているのか、それとも単にダークなSynthwaveという意味で書いているのか、その辺は分かりません。「darksynth」というタグもついてます。これは正にダークなSynthwaveという意味でしょう。まあ海外の人がジャンルの呼び名にそこまでこだわるとも思えないけど。

本当にジャンルとしてつながりがあるのか?それともたまたま似ているだけなのか?それは今のところ私には情報が少なすぎるので判断するのは難しいです。AKUMAで自分の記憶に照らし合わせて、似た音楽だと判断した程度です。もしかしたら本人たちは、「あんなもんと一緒にするな!」と思っているかも知れません。
でも雰囲気としてはかなり近いですね。なんというか、「アナログならではの温かみ」みたいなそういう物を一切排除した、冷酷で無慈悲な音の質感。たいていの人はシンセにしてもギターアンプにしても、デジタルよりアナログの方が健康にいいと考えているかも知れませんが、それとは全く逆の世界ですな。
言い換えれば、FMシンセかもしくはそれに近い質感の音へのこだわり。まあFMシンセに関しては、どちらも80年代の音を手本としているので必然かもしれません。

似ている面もある一方で、違う面もあります。伝統的にEBMの系譜の音楽では、ボーカル入りの曲が主流ですが、OutrunやSynthwaveではインスト曲が主流です。EBM系のボーカルは、スキニー・パピーやフロントライン・アセンブリーなどを手本としたようなスタイルの男性ボーカルが多いですが、Outrunにおいてはボーカルの入る曲では女性のボーカルが多いようです。なんとなくそれはKavinskyのOutrunに倣ってそうしているのかもしれません。

このアルバムを聴いて気に入った人は、過去のEBM系のインダストリアルも聴いてみたら気に入るかもしれません。逆もまたしかりで昔EBMを聴いていた人は今のダーク系のOutrunを気に入るかもしれません。

考えてみれば、インダストリアルというのは、ある意味でVaporwaveやOutrunと同じような「なんか変なミームを持った音楽」で、時代によって音楽性は異様なまでに変化しているものの、ミームの部分はなんだかんだで受け継がれているんですね。初期の前衛的な音楽の時代から、ヘビメタになってた時代でも、工場とか機械のテーマというミームの部分はあんまり変わってなかったわけです。それがまあ、音楽性は引継ぎつつも、ミームの部分がインダストリアルからOutrunに入れ替わったという、そういう流れがあるのではないかというのが今のところの私の仮説です。