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【これからの「きょういく」の話をしよう】世界を味わい、オモシロクする力

コラム:これからの「きょういく」の話をしよう
very50は高校生から大人まで「自立した優しい挑戦者」を増やすためのプログラムを実施しています。その中の特に教育サイドの責任者である副代表の谷弘がvery50のプログラムで目指すこと、プログラムに込めた思いと共に現代の教育について考えていきます。
目次
■コロナ禍で”案外”元気なひとたち
■我々は何を届けていたのか?
 -インフォプア、インフォリッチ
 -インフォリッチな材料〜「社会」「人」「自分」
 -存在意義を再定義出来る、「場」を手段にしていた人たち
■リアルを追求したい我々の届け方
 -社会の見え方が変わるインプット〜問題解決力〜
 -できるだけありのままの課題、人間を届ける
■世界を味わい、オモシロクする力
 -「なんで、高校生がビジネスやるんですか?」
 -システムが幅を聞かせる社会
 -世界を味わい、行動する人とオモシロイ世界を

 こんにちは、谷弘です。3部作もいよいよ最終回となりました。もともとvery50のことを知っていただいている方は我々が長いこと「リアル/本物」をお届けするということをコンセプトにしていることを知っていただいているかと思います。
 
 プログラムを通して成し遂げたいことの側面として、問題解決力/ビジネスの力を現場で身につけること、実際に社会への貢献を目指していることから、リアルに強い思い入れがあることはよくわかっていただけるかと思います。
 今回はそこから又異なる側面、プログラムの教育の側面として、よりミッションと近いところでなぜリアルが大切なのかをお伝えしていきたいと思います。

■コロナ禍でも案外元気なひとたち
 新型コロナの感染拡大が起きてから、早1年が経過しました。この感染症が様々な場面で生活を一変させてしまったことは言うまでもないかと思いますが、その影響は教育業界でも甚大でした。しかし、そんな苦しい状況の中に、一縷の希望を見つけたことも確かでした。

 感染拡大が始まった当初、教育業界では、特に場を伴うサービス提供をしている業種が全体的に存続を不安視されてきました。プログラミング合宿や、海外大学生を招いての対話の空間作り、海外現地にいくプログラム全般などです。私の知り合い含め、場を伴うサービスを提供していた多くの教育事業者の方と話してみても、withコロナの変化をマイナスに捉える空気感を強く感じました。

 しかし、1年経ってみると当初の予想とは違い、存続を不安視されていた「場」を提供していた教育事業者の中にも”案外”元気な人たちがいることに気づきました。確かに売上という面では厳しい戦いを続けてはいますが、少なくとも提供する価値、つまり「存在意義」という点では、むしろ目が輝き、躍動している人たちが多くいました。
 very50もまさにその1つで、コロナによる売上の大幅ダウンはあるものの、我々の事業における希望の炎は、コロナがなかった未来よりもはるかに燃え上っています。

■我々は何を届けていたのか?
 一見、圧倒的なリアル体験という「場」を提供していたように見えた我々が、それを失ったオンラインへの変化をむしろ楽しめたのにはどのような理由があったのか、哲学者である國分功一郎さんのブログを引用して整理してみました。

-インフォプア、インフォリッチ

「スロー・フード」という言葉は完全に市民権を得た。しかし、筆者の考えではこの言葉は哲学的に間違った定義に基づいている。(中略)ではこれら二つの名称の定義上の間違いとは何か? ファスト・フードの方から考えよう。なぜファスト・フードはすばやく食べられるのだろうか? それはその食事に含まれている情報が少ないからである。たとえば、質の悪いハンバーガーはケチャップと牛脂の味しかしない。情報が少ないのだから、口の中等々で処理するのは簡単である。全く時間がかからない。だからすばやく(ファスト)食べられる。それに対し、味わうに値する食事には大量の情報が含まれている。ハンバーグを例にとろう。ハンバーグを構成している主たる要素である合い挽き肉には独特の味わいがある。(中略)香りの要素も大きい。また盛りつけ等々の視覚的要素もうまさに強く影響する。(中略)
 以上の分析から言えることは何だろうか? それは、味わうに値する食事には大量の情報が詰め込まれているということである。そして、情報が大量であるならば、それらを身体が処理するには大変な時間がかかることになる。つまり、味わうに値する食事は、結果として、ゆっくり(スロー)食べられることになる。  

 まとめると、ファストフードとスローフードの意味が世間では、素早く食べられることと、ゆっくり食べられることという定義になっていることに対して、素早く食べられるかどうかは結果であり、本質的にはその食べ物が持つ情報の多寡が定義の分かれ目であり、本来的にはインフォプア・フード、インフォリッチ・フードと呼ばれるべきだということです。

 この情報量の多寡による定義を教育コンテンツに当てはめてみると、我々が提供してきた本質的な価値の正体が見えてきました。

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 横軸にインフォリッチ⇔インフォプアの軸を取り、教育コンテンツを配置してみたものです。この考え方で分けてみると、我々を含め多くの事業者が届けていたものは、実は「場」そのものではなく、インフォリッチなものであり、それが結果として「場」というものを介して提供をしていただけという形だと思います。
 つまり、「場」を提供すると認識され、その存続を危ぶまれた教育コンテンツは、インフォリッチな体験という本質的な捉え方をした瞬間に、場を介さなければ提供できないものから、オンラインでも届けられる可能性を秘めたものに変わったというわけです。

-インフォリッチな材料〜①社会、②人、③自分
 それでは、我々が届けていた「インフォリッチ」を創り出す材料は何だったのでしょうか。我々と同様に”案外”元気なインフォリッチを届けていた事業主は、大きく①社会、②人、③参加者自身の3つの材料を届けているように思います。

①社会
 1つ目の材料は社会です。社会という様々な要素が絡み合って出来ているものを題材にしていることで、必然的にそこから学び取ること、影響を受けることなど情報量は多くなります。実際に社会課題などをテーマにしているvery50などはまさにこちらになります。
②人
 2つ目は人、つまりロールモデルです。人と人が出会う、話す、関わり合うことで、機械を相手にしている時よりもはるかに多くの情報を受け取ることが出来ます。前回の記事でも書いたように「あい」というエゴはその人の人生を丸ごと含んだ情報の塊です。
③自分
 3つ目は参加者本人です。体験したこと、学んだこと、感動したことなど、様々な情報を受け取ると同時に、感情が揺れ動き、思考が巡り、受け取った以上の情報が生まれます。そこに深く入っていくプログラム、例えば自分自身をしっかりと見つめたりする内省プログラムなどはこれに当たります。

-存在意義を再定義できる、場を手段にしていた人たち
 このような「場」の提供の本質にあるインフォリッチを考えたとき、完全に主観ですが、打ち手に苦戦していたのは、額面通り「場」を届けていたところや「講演」などの話を聞くだけのものを届けていたところだったのだと思います。
 「場」をインフォリッチなものを届ける手段として理解し活用していた人たちは、「場」という形ではないデジタルの中でどうやったらそれを届けることができるか、無限に打ち手が思い浮かびむしろウキウキしている印象を受けています。これがコロナ禍でも”案外”元気な人たちの共通点だと感じました。

 very50は、リアルというのをこれだけ標榜しておきながら現場を失いました。それでも、今はどうやったら現場と同じインフォリッチな体験をデジタルという手法の中で届けることができるか色んなアイデアが次々と浮かび、少なくともスタッフはコロナ以前よりさらにやりがいに満ちた表情をしています。コロナになって初めて、自分たちが届けていた「リアル」というのは意外にも「場」そのものではなく、「場」を介して伝えていた多くの情報量であったということがわかったのです。

■リアルを追求したい我々の届け方
 very50が提供しているプログラムでは、①特に社会に重点をおきつつ、②人間(メンター、フェロー)が多く関わり、③内省による自分自身の理解も同時に提供している形になっています。 
 ここまででいかに我々が「リアル」と呼んで、インフォリッチを届けることにこだわっていたかがわかったところで、それをどのように提供しているかをみていきましょう。
 
 ここでこだわっているポイントは「どうやってインフォリッチを味わってもらうか」です。先に紹介したブログでは、多くの人は高級な食事をちゃんと味わうことができてないと書いてあります。このように、インフォリッチな材料は、そのまま提供されるのでは意味がなく、しっかりと味わう力が必要です。高級ワインやこだわりのある食材を嗜むためには、それ相応の知識がなければ、何の違いもわからないのと全く同じで、知識や経験、料理の紹介など味わう側に味わう力があり、提供する側に味わってもらうための工夫があって初めてインフォリッチをインフォリッチとして堪能することが出来ます。

-社会の見え方が変わるインプット〜問題解決力〜
 我々がインプット、つまりインフォリッチを味わうための知識として提供しているのが、問題解決力です。ロジカルシンキングやマーケティングなどこの社会の大部分を形作っている、ビジネスの知識を含めて様々な事前知識やスキルを「問題解決力」という形でインプットしてくことによって、社会の見え方が変わります。

 道ゆく人が顧客や課題を抱えた人に見えたり、経営者の言葉が経営戦略として聞こえたり、立ち寄ったお店が競合として分析対象になったりと、インプットするまではなんてことのないものだと感じていた社会が一気に情報量の多い「社会」として捉えることが出来るようになります。

 very50はインフォリッチの材料として、「社会」を重要視しているからこそ、その捉え方、味わい方を鍛える問題解決力養成に力を入れてプログラムを展開しています。

-できるだけありのままの課題、人間を届ける
 問題解決力が味わう側の知識・経験の育成とすると、もう1つ我々が工夫をしていることが、プロジェクトそのものをどのぐらい加工してお届けするかということです。特に高校生を中心に「社会」というインフォリッチを味わう力が十分についていない段階では、額面通りにインフォリッチなものをそのまま目の前においても意味がありません。例えば、少々の問題解決をインプットして、インドネシアの起業家の元に送り込んでで「あとはよろしく」というのは論外です。インフォリッチを味わうというや体験として成立させるために、こうやったら参加者がやる気を出してくれる、こうやったらチーム全体が盛り上がるなどの仕掛けを用意しながら、材料を加工していく必要があります。

 しかし、ここにも大きな悩みの種があります。それはインフォリッチなありのままの「社会」と、体験を成立させるための加工のバランスです。加工すればするほど、体験として受け取りやすくなり、その体験そのものは成立しやすくなります。しかし、その一方で、インフォリッチであったはずの「社会」はその情報量を急速に失っていきます。

 例えば、社会課題はドラマチックに深刻なものとして捉えてもらった方がいいし、担当する社会人フェローはカリスマ的な素敵な社会人として捉えられた方が良い、もっというと参加者にはそういう捉え方をしているという言葉を発言してもらった方がコントロールが効きやすくなり、プロジェクトが成立する可能性は高くなります。しかし、そういった見せ方に加工することで、社会課題はドラマチックで深刻なものであり、社会人フェローは聖人のようなカリスマ性をもった人であるという、本来はもっと様々な面があり、それによって心が揺れ動いたかもしれない多くの情報を削ぎ落した一意的な、インフォプアな情報になり下がってしまいます。

 だからこそ我々のリアルへのこだわりとして、very50のプログラムではインフォリッチなものを体験として成立するぎりぎりのラインで、可能な限り手を加えずに伝えることを心がけています。
 例えば、先ほどの例で言えば、社会課題の現場に対して、共感しなかったということも言えるようにする、過度に社会人、大学生を聖人のように見せないなどになります。
 そう考えるとvery50の目指している問題解決力というのは、単純にインフォリッチを味わうためのインプットに留まらず、「社会」というのものをどれだけ未加工なままで味わえるかというタフな味わう力と言っても良いかもしれません。

■世界を味わい、オモシロクする力
-「なんで、高校生がビジネスやるんですか?」

 5人目の高校生MoGの参加者に「なんで、高校生がビジネスをやるんですか?」と聞かれたのを今でも覚えています。こうやって整理して考えてみると、今ならなぜビジネスをやるのか明確に答えられる気がします。

 現代の社会はビジネスがとても大きな力を発揮して形作られたものです。しかし高校生たちにとっては、ビジネスはまるで魔法のようなもので何が起きているのかわからず「社会」というインフォリッチな材料を咀嚼することができません。高級ワインがただの臭い液体になっているような状態です。

 そんな高校生も社会人になれば、否応なく「社会」と直面することになりますが、この時には、「お金」のためという意味合いが強くなりすぎて、かなり狭い領域の社会の捉え方で止まってしまいます。これはこれで、高級ワインの銘柄やブランドにだけ捉われて、高級ワインの価値=ブランドの価値となっている、インフォリッチを味わっているように見せて、インフォプアを消費しているだけの状態です。

 このような状態を超えて、本当の意味で世界を、社会をインフォリッチとして味わう力をつけていくためには、高校生、大学生という段階から極力リアルな社会を味わいていく練習として問題解決・ビジネスを学んでいくことが必要だということです。そのように世界を力強く咀嚼できるようになることで、自分なりにインフォリッチな世界を味わい、感じとることができるようになります。

-単一のシステムが幅を聞かせる社会はツマラナイ
 NETFLIXのディストピアを描いたブラックミラーシリーズに、「ランク社会」という話があります。世界の全員がコンピューターに一挙手一投足を監視され、相互評価によって全員がランク付けされるという社会です。そのシステムの上で、一見理想的な社会が出来上がっている様子が、不気味に描かれています。

 このように単一の支配的なシステムによって人が動いている世の中と言うのは、過剰に加工された社会のように非常に一意的でまさにインフォプアな社会で、なかなかにツマラナイものです。そんなディストピアとは程遠いと思いながらも、胸に手を当てて考えると、先ほどのブランド名に支配された高級ワインのように、インフォリッチを味わっているように見えて、インフォプアに満足させられている、案外ディストピアに近い状態になってしまっている自分や社会に気づかされます。

 very50のミッションが世界をもっとオモシロクすることである限り、我々は信念をもってこのようなツマラナイ世界を作り上げるシステムと戦っていく必要があり、そのためにはインフォリッチを味わうことが出来、世界を感じることが出来る一緒に世界をオモシロクする戦いに協力してくれる人材が不可欠だと思っています。
 
-世界を感じ、行動する人とオモシロイ世界を
 冒頭で引用した、ブログ記事はこんな言葉で締め括られています。

 そう、我々はもっと欲望しなければならない。インフォ・プア・フードを餌のように与えてくる今の消費社会をはねのけ、インフォ・リッチ・フードをもっと欲望せねばならない。それは次の社会変革につながるのである。

 世界をインフォリッチに味わえる人の気づきと行動が形になったものは、昨今注目されているようなソーシャルビジネスやプロボノ活動、個人でのソーシャルアクションなど「生きがい」に関わるいかにもなものかもしれないし、そうではないかもしれません。
 
 それでも徐々に知らないところでインフォプアを消費することを迫り、ツマラナイ世界を押し付けようとしてくる動きに対抗して、インフォリッチな①社会、②人間、③自分自身を、極力リアルなままに提供する方法を突き詰めていき、システムに飲み込まれず世界を感じ、行動する人たちを増やしていくことが必ず世界をオモシロクしていくことに繋がっていくと信じています。
 very50はこれからもインフォリッチを届ける方法を模索し続け、インフォプアでツマラナイ世界をオモシロク変革していく挑戦者を輩出し続けていくことを目指します。

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