禍話リライト 怪談手帖『かさばけ』

誰のものかわからない。そういう傘というのはあまり良いものではない、とよく言われる。

それは、今も昔も変わらないのかもしれない。

 

昔、と言っても戦後くらいのことだそうだが、ある集落で青年団をしていた人の話だ。

 

晩秋の頃、あるどしゃ降りの日のこと。

その雨で足を滑らせて落ちたのか、集落付近の沼に見ず知らずの男女の死体が浮かんだ。そのために集落中が大騒ぎになり、動ける青年団は皆駆り出されたということがあった。

その内の一人として参加していたAさんはあれこれの雑多な連絡役を任され、雨の打ちつける中、方々を駆け回っていた。いろんなところを回った後、ようやく仕事が一段落したので道の途中にある待合処で休憩することにした。

その待合処は掘建て小屋のような建物で、その集落の住民全員で雨避けだったり乗り合いの車を停める目印だったり、様々な用途に使っているものである。

待合処の入り口には傘立てがあるのだが、誰も彼もが傘を突っ込んで置いていったり、逆に勝手に持っていったりするため、共有の傘置き場のようになっていた。

その日、強い雨に自分の傘を折られてしまったAさんは、濡れた身体を乾かしながら、

(まあ、傘置き場から適当に使えばいいか……)

と考えつつ、沼から上がった仏さんの様子や事後処理のあれこれなどをぼんやりと思ったりしていた。

と、その時だった。


ペシャッ……

ペシャッ……

 

入り口の方で音がする。

何だろうと思って見てみると、いつの間にかそこに誰かが立っていた。どうやら、傘立てに刺さっていた内の一本をとって広げようとしているところらしい。

灯りが乏しく薄暗くてよくわからないが、背丈からするとどうも子供のようだ。半端に開いた傘の下から、草履か何かを履いた小さな剥き出しの脚が見える。

「おい、どうした? 」

『……』

声をかけたが返事はない。

「なんや、お前。雨宿りか?」

『……』

無言である。

開きかけの傘にすっぽりと身を隠すようにして、ただじっと佇んでいる。

「誰や。傘、畳めよ」

『……』

やはり応えない。

無視されていると思い、Aさんはムッとした。

それどころか相手が開きかけの傘をパッパッと揺らし、それによって散った雨粒がこっちにまで飛んできそうになったため、元々気の短いAさんはからかわれているのだと思い、

(こんな大変な時にふざけるな!)

という思いもあって一気に頭に血が上った。

「おい! 」

と言いながら立ち上がり、些か乱暴にその広げかけの傘の先を掴んで相手から奪い取ろうとした。

すると……。

 

グシャッ



傘が潰れた。

「……え?」

古びて骨が脆くなっていたのか、傘はいともあっさりと潰れてしまった。

そして中には何の手応えもない。

傘をさしている相手がいるはずの部分が。

いなくてはいけない部分が。

グシャリと潰れてペチャンコになっている。

「……え⁉︎ えっ⁉︎」

わけがわからずもう一回よく見てみると、傘の下から脚だけが確かに出ている。

血の気の薄い、青白い細い脚だった。

「うわっ!」

思わず手を離すと、傘の下から『それ』が唐突に言った。

 

『きたからはいったらしい』

 

子供の声だった。

固まっているAさんの前で『それ』は繰り返す。

 

『きたからはいったらしい』

『ほんとうはさんにんいたらしい』

 

(……北? 三人? ……何が?)

舌足らずな子供のそれなのに、奇妙なほど抑揚のない声だった。

 

『じこやないらしい』

『しんじゅうらしい』

 

頭が追いつかない。

そんなAさんを他所に、『それ』は潰れた誰かの傘の下から小さい脚だけを出したまま、折れた傘をバサバサと震わせ、

 

『しんじゅうらしい』

『しんじゅうらしい』

『しんじゅうらしい』

 

そう繰り返しながらペシャ、ペシャ、ペシャと拍子をとって踊るようにどしゃ降りの雨が叩きつけている外へと出ていった。

 
傘から出ていたその脚が一本しかないことに気がついた瞬間、Aさんは思わず、

「うわああぁぁッ!」

と絶叫し、そしてそのまま気が遠くなっていった。

 


……その後、男女の死体の他に沼の底から子供も一人浮かんできたことを、Aさんは青年団の仲間から聞かされた。

どうも状態から推察するに、誤って落ちたのではなく皆で入水したのではないか、とも聞かされた。

誰も顔を知らない行きずりのよそ者ということだったが、待合処でのことを思い出すとAさんは底冷えのするような気持ちになり、それ以上のあれこれは敢えて聞かないことにしたという。

待合処に現れたものと沼から上がった仏との関係は不明のままである。

 


この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 『禍話X 第十一夜』(2021年1月2日)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/659636896

から一部を抜粋、再構成したものです。(0:51:05くらいから)

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FEAR飯 禍話 - かさばけ(余寒の怪談手帳より)

https://youtu.be/yDf9oQhDH5w

禍話リライト 怪談手帖『かさばけ』 - 仮置き場 
https://venal666.hatenablog.com/entry/2021/01/16/002622

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