宛先は君に 2021年7月20日

2021年7月20日

 耐えがたい不安に襲われる。突然降りだした雨が地面を強く叩きつけ、空高くに豊潤な匂いをたっぷりと漂わせている。洗われた通りは街灯の明かりをキラキラと反射させている。ああ、こんなものは僕の心に届かない。僕の魂はこの自然を受け入れることが出来ないのだ。僕の心情をこの目に映すのなら、今、町は大きな嵐に襲われ、僕がいるこの部屋は海の上にいる。冷たい風を頬に受け、肩を震わせる。甲板には誰がいる?誰が僕の肩に手を掛け、優しい言葉を降ろしてくれるの?僕の胸ポケットに合った薬ももう嵐が全て持ち去ってしまった。船は傷つき、ボロボロになってしまったのに、未だに海上を漂っている。なぜ、この船はまだ浮かんでいるのか?船員は皆、死んでしまったのに。ああ、どうして彼らは死んでしまったのか。陽気な歌を聞くことはもう出来ないのか。この口に詩はもう残っていない。僕が歌えるのは…。僕はもう言葉を持たぬ。いくつもの命を作り、滅ぼした言葉だ。いくつもの帝国を創り、滅ぼした言葉だ。いくつもの愛を作り、滅ぼした言葉だ。かつての詩人が自然の中に含まれる内なる感情を伝える時に、用いた言葉だ。僕にはもうない。ただ、膝を浸水した海水で濡らし、黙る事しか出来ないのだ。
 夜は深く街に降りてきた。静寂に襲われ、風が駆けていく。街は今日も歴史を重ねる。何千回、何万回と変わった空の下で人々は移り変わり、街を変えていく。その流動体の中で僕らは固定化を謀る。システムを作り、その枠組みに高い壁を作る。中世のヨーロッパの街のように長く超えられない壁をね。そこから外された者はどうなる。外れ値として、別の世界が用意されればいいが、この世界ではそんなものはない。それなのに、自己責任という呪縛に襲われるんだ。その呪いに取りつかれ、受け入れた生活をしなければいけない。
 ああ、もう、この世界に耐えるのは難しい。色を何度も変えた空が、僕には虚無に見える。深淵の先にある川の水面に煌きは届かないように、あの星の光は僕には届かない。
 あの光が全て幻であるのなら?心の中にある星の輝きは偽りで、その光は決して何も照らしはしないのなら?僕らはあまりにも速すぎたみたいだ。その日はもう訪れるのを待てないのだ。

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