ブルーピリオドと創作の壁の話

ブルーピリオドを肴に、創作のスランプについて書いてみる。

※以下、ブルーピリオドに関してネタバレ全開なので注意




ブルーピリオドの受験編は、万人にオススメできる王道エンタメだと思う。
わりとなんでも器用にこなすんだけど、どこか満ち足りないものを感じていた主人公の八虎くんが、絵を描く楽しさに目覚めて東京藝大を目指すようになり、いろんな苦難を経験しながらも、個性豊かな仲間たちや先生との出会いをつうじて成長し、受験に合格するまでのお話。
こう書くと超王道だな。

で、こっちも大好きなんだけど。
僕は、藝大に入ったあとの物語もかなり好きで。


鬱展開が!!

創作をやらない人にはどうだかわからないんだけど、個人的には、「わかる、わかるよォ~!!」という感じで感情移入しちゃう。
マンガなんだけど、すごくリアルに迫ってくるのは、作者さんやその周りの人たちの、実体験もあるんだろうなぁ……とか。

で、再読してて思ったんだけど。

八虎くんのぶちあたった壁は、
「ステージの変化によって自分を測るモノサシが変わったことに、気づいてない/ついていけてないことによる惑い」
なんだろうなぁ思って。

なんというか、受験編のときは、絵を描くときの「これはいい絵? ダメな絵?」みたいな疑問に対して、もちろんいろんな考え方はあるんだけども、最終的には、「合格するのがいい絵!」という基準がハッキリしていたのだと思う。
それは、「藝大受験に合格する」というシンプルな目標が八虎くんにあったから。
すでに自分なりのモノサシを持っていた世田介くんは、「受験絵画押しつけやがって…!」とそれを拒否するんだけど。
絵画をはじめたばかりの八虎くんには、そうした自分なりのモノサシがないから、逆に結構自然に、そういうもんなんだな、と受け止めた。
それで、キツイことはいろいろあっても、全体的には迷いなく努力ができた……っていう面が、あるんじゃないかなと思うんだよね。

でも入学してから、そのモノサシが根っこからひっくり返されてしまう。

八虎くんは、自分の絵がまだ技術的に下手なこととかを心配していたんだけど、そもそもが藝大内では技術的な「上手い」「下手」などということそのものが、たいして重視をされていない。
つねに「自分が何を表現するか?」を問われている。

そのなかで、八虎くんが受験をとおしてやってきた、「まず課題を与えられて、それがどう審査されるのかを類推しながら、最適な方法でそれに対応する」というやり方は、姿勢そのものがズレてしまう。

受かる絵を目指してずっと努力を重ねていたのに、そういうレイヤーの話はなくて、何を表現したいか? を問われつづける。

受験の場から、藝大の場へステージが移行したことで、モノサシが変わってしまって、自分が努力してやってきたことが何も相手にされない虚しさとか、その正解へついていけない焦りとかが、伝わってくる感じがして好きなんだよね。

……こう書いてると、べつに創作に限らない気もしてきたな。
大学生とか新社会人とか、結構味わう感覚な気もする。

個人的には、八虎くんはアート方面じゃなくて、もっと絵を見た人の反応がダイレクトに見えるような方向に進んだ方が合ってそうだよなぁ……などと思ったりするんだけど。
アート系は自意識を突き詰めていくことが求められるような感があって、たぶんそっちじゃないんだろうなぁと。



ここからは自分語りなんだが、僕も小説でこういう感覚、覚えがあって。

僕の場合は八虎くんとは逆で、デビュー前は、「こういうものを表現したい」がまずあって、「それをいかにうまく、面白く書けるか」というモノサシしか持っていなかったんだよね。

でも商業の世界に足を踏み入れると、
「それは売れるのか?(=マスな読者が求めるのか?)」
ということを、問われ続けるようになるわけで。
(これはジャンルやレーベルにもよるだろうし、僕の場合は受賞せずに最初から企画通しだった&女子向け市場で男子向けの指向性があった、とか、余計にそこの部分を強く意識する必要があった気はする)

そのなかで、「こういうものを表現したい」っていうのは、じつはレイヤーが違う話なんだよね。
むしろ削るべき不要なものと見做されているような感覚があって、これまで自分が努力してきたこととか大事にしてきたものって無駄だったんじゃね? と思えて、虚しさを感じることはあった。

もちろんプロとしては、そこをどう両立できるか、っていう話なんだけれども、自分が行きたい方向を理解して、その中で無理のない範囲で、ほかのモノサシに合わせられるようになっていくには……時間とか、会話とか、経験とか、諸々必要だよなぁと。


ブルーピリオドを読みながら、そんなことを思った。
アニメは受験編で終わっちゃったけど、鬱真っ盛りの藝大編も面白いのでおすすめです。

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