円居挽の犯人当て講座 ​第0回

 犯人当てというものをご存じだろうか。
 推理小説の一形式で、基本的には問題編と解答編の二部構成の作品を指す。読者は問題編を読んで登場人物の誰が犯人なのかを推理する。当たり前だが解答に必要な手がかりは全て問題編に記されていなければならない。作者はあくまでフェアプレイに徹するのが犯人当ての大前提だ。
 また解決編ではなくて解答編であるのもミソだ。読者が自分の時間を使って積極的に参加している以上、作者はその解答が唯一無二のものであることを示す義務がある。故に作中の名探偵が「はい、これが私の辿り着いた真相です。だから納得して下さい」と言わせるだけでは意味がなく、読者が納得行くように説明しなければならない。
 勝ち負けをつけるには読者の納得が不可欠、故にフェアプレイが要求される……かように犯人当てはミステリとしてかなり純粋なフォーマットと言えよう。
 しかし私はこの犯人当てというものがとても苦手だった。
 きっかけは大学生の頃に遡る。ご存じの方もいるだろうが、私が大学時代に所属していたミステリ研では犯人当てがとても盛んだった。作家志望だった私はOB作家が犯人当てに親しんでいたことを知り、作家修業になると信じて犯人当てに打ち込んだ(読む方も書く方も)。
 だが入会から二年半経った時点で、私は犯人当てというスタイルの致命的な欠陥に気がついた。
 犯人当ての面白さは作品そのものの出来もそうだが、実は何より読者がどれだけ真剣に挑んだかに大きく左右される。しかし、それはつまり読者のストイックさに依存しているということでもあり……商業小説としては大変に致命的な欠陥だ。
 例えばミステリ研の例会では「作者との真剣勝負だから」という理由で皆真面目に読む。だが、それを当然と思ってはいけないのだ(現実に長編ミステリを解くつもりで真剣に読んでいる読者がどれだけいるかを考えると早い。多分、圧倒的にマイノリティだと思う)。
 その点、懸賞付き犯人当ては合理的だ。真剣勝負に見返りがあるのだから。だがそれは裏を返せば真剣勝負のモチベーションを作品の外部に用意しているわけで、ある意味では作品の敗北とも言える。
 犯人当てそのものにはほとんど商品価値がない。
 当時の私が出した結論だ。だから商品価値のないものを書いたって食えないし、食えないプロなら目指す意味もない……大雑把に説明すればそういうことである(この辺の詳細はいずれ書くが)。
 こうして犯人当てへの興味を急激に失った私は新たな道を模索することになるのだがそれはまあ別の話だ。
 あれから約十年が経ち、私は一応ミステリ作家になった。それは当時の私が正しかったというよりは、ただ運が良かっただけだと思う。
 さて実際問題、犯人当てというフォーマットそのものに商品価値がなかったのかというと……案外そうでもない。相変わらず懸賞付き犯人当ては様々な媒体で続いているし、懸賞はなくとも犯人当てのフォーマット自体は流行のミステリ系ADV(アドベンチャーゲーム)に受け継がれている。また、今大ヒット中のリアル脱出ゲームも参加者の積極性によって完成するという点では犯人当てに通じるところもある。小説という形に拘りさえしなければ、アイデア次第では充分に食っていけるかもしれない。
 「ほら見ろ、犯人当てにはちゃんと商品価値があるではないか」と思ったあなたはここでよく考えて欲しい。犯人当ての面白さというのは読者が自ら参加することに負うところが大きい。謎の概要を吟味し、手がかりを拾い、誰が犯人かを考える……このシークエンスこそ醍醐味ではあるが、そこに障害は必要だろうか?
 例えば問題編のどこかで躓いたとしよう。躓きはストレスだ。だからADVならヒントという形で救済してくれる。リアル脱出ゲームなら同行者の誰かが教えてくれる……インタラクティブであるが故に参加者のストレスを軽減することが可能なのだ。
 だが犯人当ては何もしてくれない。ただ、だんまりを決め込んで解答編のページがめくられるのを待つだけだ(ただし参加者をふるいにかける必要のある懸賞付き犯人当てにおいてはその一方通行性は特に問題にならないのだが)。
 ストレスなく謎解きが楽しめる手段が他にある中、一方通行であり続ける昔ながらの犯人当てにどんな優位があるというのだろう?
 今敢えて犯人当てを書くというのなら、その問いを避けて通るわけにはいかないのだ……。

 とまあ前置きが長くなったが、こんな小難しいことを考えなければならないのはほんの一握りの人間で、実のところ大部分の読者には関係がない。だから忘れてくれて結構だ。
 さて、本連載では犯人当ての仕組みや書き方について書いていく予定だ。時には犯人当ての欠陥を解説することになるだろうが、そのことに関して何のためらいもないし、それで犯人当ての書き手がやりづらくなろうが知ったことではない。それぐらい犯人当てに愛着がないのだ。
 強いて言えばこの連載の結果、面白い犯人当てが生まれてくれれば嬉しいがそれは高望みというものだろう。せいぜい読者が普通の犯人当てを書けるようになるぐらいか関の山か。まあ、当面はその辺りを目標にしつつ、余裕があれば『その先』に進めるような内容になるだろう。
 現時点で読者として主に想定しているのは、

・犯人当てを書いてみたいけど書き方がよく解らない
・犯人当てを書かないといけないのに書き方がさっぱり解らない
・推理小説家を志望しているが、その前段階として犯人当ての書き方をマスターしたい
・仕事上、ミステリを扱った漫画やゲームのシナリオをどうしても書かなければいけない

 と思っているような創作者だが、

・懸賞付き犯人当てを上手く解きたい

 みたいなアグレッシブな読者も楽しめるような内容にしたいと考えている。実際、創作者よりは読者の方が圧倒的に多いのだからまあ当然の配慮だろう。
 今のところ連載は投げ銭可の無料記事にするつもりだ。読んで何か感じ入るところがあればお金を投げてくれると嬉しい(まあ、収入としては期待してないけどね)。
 一応、書く内容もある程度決めてはいるが、おそらく気分で前後したり増減したりすることだろう(だって人間だもの)。
 また実用性を考慮して技術的な内容をメインに進めるつもりだが、それだけでは作者も読者も飽きると思うので、「あれが知りたいです」「ここを教えて下さい」などのリクエストがあればコメント欄までどうぞ。ただし、採用するかどうかは作者の気まぐれだということを予めお断りしておく。
 あと私は犯人当てに否定的な立場を取っているが、特定の作品を取り上げて「ここが最悪に駄目だ」ということを書くつもりはない。なので連載を読んで「○○先生の作品を馬鹿にしてませんか?」「こんなこと書いちゃって××先生は怒らないんですか?」みたいなコメントを送られても、なんだその、困る(まあ、面白かったら採用するかもしれないが)。

 ちなみに私は今でも犯人当てが苦手だ。そりゃ必要があれば読むし、依頼があれば書くだろう。だが、積極的に触れようとは思わない。
 ……本当に面白い犯人当てなんて滅多にないと知っているからだ。

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