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ばんざいまんざい

「もうええわ! どうもありがとうございましたー」

クラスメイトと母親たちから拍手が起こる。
あーあ、とうとう僕らの番だ。
本当にみんなの前で漫才なんかできるんだろうか。
僕と先生で。

「お笑い」の授業が始まったのは何年か前のこと。芸人のネタを見て感想を言ったり、ジョークのオチを考えたり、大喜利をやったり。笑いを学ぶことで「創造力を豊かにし、相手の気持ちを想像することにつながる」ってニュースではやっていた。でも僕からすれば「なんでやねん!」とたたかれることが増えただけだ。僕だって面白い人気者になりたいけど絶対無理。

僕は背が小さく、運動もからっきしだ。20分の中休みでみんなは外へ行くけど、僕は本を読んでいる。テストの点はまぁまぁでも、いつも昼休みまで給食を食べている毎日。チビとはやし立てられても、うつむくことしかできない。

そんなある日の授業だった。

「原住民の取材で山奥の村を訪れ、長老へ挨拶に行った。すると長老が言った。「明日は雨だから気をつけなされよ」
翌日、雨が降った。一週間後、取材が終わり明日出発すると長老に挨拶へ行くと「明日は嵐だからやめた方がいい」と言われた。翌日、嵐となった。「あの長老はすごい」と驚いた取材者はまた明日の天気を聞きに行った。しかし、長老は「わからない」と答えた。
さて、このジョークのオチが何かを考えてみてください。なぜ長老はわからなかったのか、どう答えたら面白くなるでしょうか。これを今日の宿題にしますね。あ、あと今度の授業参観で漫才のコンテストをやることになりました。また次の授業で内容を話しますね」

みんながワイワイ言ってる中で、僕はどうやってその日休むかを考えていた。クラスメイトだけならまだしも、親にまで見られるのは絶対いやだ。何が楽しくて「なんでやねん!」なんてたたかれないといけないんだ。それに、そもそも35人のクラスで漫才をやるとなったらどう考えても一人余る。そしてそれはどうせ僕だ。結局「じゃあ斉藤くんは僕とやろっか」と体育の時みたいに先生と組むことになってしまった。身長180cmの先生と130cmの僕。正真正銘の凸凹コンビだ。

ネタ作りの日、いつもうるさい栗原たちはどの芸人のネタをパクろうか、ものまねしながら騒いでいた。みんな、そんな風に芸人のネタをやるらしい。でも先生は違っていた。

「先生、実は大学でお笑いのクラブ入ってたんだよ。だからさ、先生がネタ考えるから斉藤くんはそれを覚えてくれない?」

「別にいいけど、、、」

「斉藤くん本好きだよね?毎日休み時間に違う本読んでるし。だから台本も作ったら多分すぐ読めると思うんだよね。社会の点もいいから記憶力もいいはずだし。ぼく、斉藤くんには自信を持ってほしいんだ」

自信を持ってほしい。その言葉が胸に響いた。

「あ、じゃあ僕もひとつだけお願い。僕がツッコミをやってみたい。いつも叩かれてばっかりだから」

「わかった。じゃあ斉藤くんがツッコミで台本書いてくるよ」

先生が書いてきた台本を読んで驚いた。面白かった。しかも僕がちゃんとツッコミになっていた。これはきちんと覚えないと。

「先生、この台本覚えるのにコツってある?」

「うーん、コツはないかな。なんとなく覚えてさえいれば、全部覚えてなくてもいいよ」

「えっ、覚えてなくてもいいの?」

「笑いにはね、「フリ」が大事なんだ」

「フリってなに?」

「常識とか当たり前のことを念押しすることさ。当たり前じゃないこと、ギャップのあることに対して笑いって起きるから、わざとボケと反対のことを強く言うんだ。だから、斉藤くんはもしセリフ忘れちゃってもボケと反対のことを言ってればいいよ。だからどっちかっていうとツッコミよりどんなボケがあるかを覚えておいてほしい。「フリ」さえ斉藤くんがしっかりできてれば多分お母さんたちも笑ってくれるんじゃないかなぁ」

ホントかな?と思いつつ、僕は何度も台本を読んだ。結局、覚えられるか心配する必要はなく、プレッシャーで全部覚えてしまっていた。なにより、先生の台本が面白かったからだ。

そしてとうとうこの日を迎えてしまった。僕たちの前の2人が終わって、皆が拍手をしている。その拍手より早いテンポで僕の心臓はどくんどくんいっている。こんなに緊張していて大丈夫かな。最初のセリフは何だっけ?そう思った時にはもう先生がステージへ歩き出していた。ちょっと遅れながらついていく。

「どーもー!」

「斉とふです!」

「先生です!って何いきなり噛んでんねん!」

えっ、いきなりアドリブ!?しかもツッコミ!?さらに先生の手がこちらへ向かってくる。僕の嫌いな「たたく」ツッコミだ。

その動きに縮こまる。がヒュッと音がした。先生の手は空を切っていた。

「ソーシャルディスタンスなんでやねん」

ポロっとつぶやくように先生が言うと会場はどっとわいた。

みんなの笑い声で一瞬で頭の中から台本が消えていく。あんなに覚えたのに。あぁあ、どうしよう。そうだ、先生はとにかく自分と反対のことを言えばいいって言ってた・・・。ディスタンスの反対は・・・。

「離れてないわ!」

あぁ、僕もアドリブで返してみたけどどうしよう。なんか理由をつけなきゃ。何で先生のツッコミが空を切ったかって言ったら身長差だ。そうだ、僕が小さいからだ。

「・・・ただ僕がチビなだけや!」

さらに会場が沸いた。いつも「チビチビ」言ってくる栗原たちも笑っている。なんでみんなこんな笑ってくれてるんだろう。そうか、これが「フリ」の効果か。いつも「チビ」って言われてうつむいている僕の姿が頭にあるから、「チビ」を逆手にツッコんでる僕が面白いんだ。ギャップがあって。いつもの僕が「フリ」になってるんだ。

そこからは、一瞬の出来事であんまりよく覚えていない。「いつもと逆の行動をすればウケる」と大声でツッコんだり、身振りを大きくしたり。先生が何とか台本の流れに持って行ってくれて、なんとか「もうええわ」までたどりついた。保護者の投票で決める1位にも選ばれたから、きっとウケていたんだろうと思う。

あれから、よく栗原たちが「ソーシャルディスタンスなんでやねんやらせろよ」と声をかけて来る。それに毎回「ただ僕がチビなだけや!」と大声で応じていたから段々大声を出すのにも慣れてきてしまった。普通に栗原たちとしゃべれるようになった。そのかわり「フリ」の効果はなくなってしまったみたいだ。

またみんなを笑わせるにはどんな「フリ」をすればいいだろう。先生に相談したらまたすぐ教えてくれるんだろうな。でも、今度は自分で考えてみたい。だってあのアドリブだって自分で考えられたんだから。

「創造力を豊かにし、相手の気持ちを想像することにつながる」。確かに、そうなのかもしれない。

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