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コインとドーナツ

子供のころ、予防接種はいつも駅前の小児科だった。
駅前まではバスで行く。
当然私が車中でぶーたれ始めるので、母は往々にして「ご褒美にドーナツ買ってあげるから」となだめるのだった。

「今日は泣かなかったし、注射2本も打ったんだから3つね!」
さっきまでの泣きそうな顔はどこへ行ったとばかりのはしゃぎように母は苦笑いした。
ドーナツが所狭しと並ぶショーケース。
ショーケースと同じくらいの背丈だからドーナツが良く見える。
「これがいい! D-ポップってやつ」
「それだけで200円もするじゃない。ダメよ、他のは?」
「え~、じゃあこれとこれー」
「じゃあ買ってくるから、空いてる席座っときなさい」

店内は満席に近い。
唯一空いていた、おばあちゃんの隣の席に腰かけた。
席に着いた私は手持無沙汰で紙ナプキンの台座に貼られた広告を眺める。
その視線をちょっとずらすとそのおばあちゃんと目が合った。
おばあちゃんがほほ笑む。

「ぼっちゃん、ひとり?これあげるわ」
知らない人からものをもらってはいけません、と学校で習った。
だから私は身構えたのだが、渡されたのはカードだった。
カード、スクラッチカード。
その昔、ミスドではいくらか分の会計ごとにカードがもらえた。
カードには2か所スクラッチがついていて、そこに出た点数を10点集めると景品がもらえるのだ。
そのスクラッチカードをおばあちゃんが渡してきたのだった。

だが爪で削ろうとしてみるもうまくいかない。
すると今度は「これで削りな」と10円玉を渡してきた。
お金をもらうのは悪いとわかりつつ、さっきカードを受け取ってしまった手前断れない。
しかも、おこづかいももらってない時分だ。
10円玉でさえ目を輝かせた。
そこへ間の悪いことにドーナツの乗ったトレイを手にした母が。
「それ、どうしたの!?」
「あぁ、うちがあげたんよ」
事の次第を聞いた母はおばあちゃんに全部返そうとする。
おばあちゃんは10円くらいええよええよ、と気にも留めない。
結局母が無理やり10円を渡したのだった。
ただ「どうせうちは使わんから」とカードは置いて店を出ていった。

私は怒られたのだが、母の10円玉でスクラッチができるので意気揚々。
おばあちゃんがくれたカードと母のカード、それをどんどん削っていく。
カードの点数を合わせると9点だった。
あと1点で景品だ。
そこで弟たちへお土産を買ってもう1枚カードをもらえるよう提案した。
だが「あなただけドーナツを食べたことを知ったら弟が怒るから」とそのまま帰宅させられた。

ただ、お金の教育をする必要を感じたのだろう。
庭の草むしりをしたら50円もらえる取り決めが翌日から施行された。
家にランドセルを置いてはすぐ草むしり。
毎日のようにやるもんだからむしる草もなくなる。
空き地のを抜いて見せていたのがばれ怒られたのも懐かしい思い出だ。
そうして集めた、ドーナツと同じく真中に穴の開いた50円玉。
それを見て私は悦に浸っていた。
だがお金は使わなくちゃ意味がない。
なんとか集めたそのドーナツでドーナツを買いに行った。

ともに手に入れたカード、そして景品。
今やなんの景品をもらったかさえ思い出せないが、グレーズのついた指をなめる時、草むしりで土のついた手を思い出すのである。

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