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コピーライターが再構築した新しいスポーツのカタチ:『スポーツの価値再考』#008【後編】

『スラムダンク勝利学』の著者・辻秀一とラクロス協会理事・安西渉が、各界のゲストとともにスポーツと社会の関係を掘り下げていく対談企画。スポーツは本当に不要不急か――この問いから、「スポーツの価値再考」プロジェクトは始まりました。

第8回の対談相手は、大手広告代理店のコピーライターであり、「世界ゆるスポーツ協会」の代表も務める澤田智洋さん。「ゆる」という言葉から見えてくる、新しいスポーツのあり方とは。第8回対談完結編です。

「ゆるスポーツ」の背景にある、現役コピーライターの戦略

辻:「ゆるスポーツ」がもたらした社会への影響について深掘ってきましたが、「ゆるスポーツ」そのものについてもさらに伺いたいと思います。

安西:「ゆるスポーツ」を知った時、まず「ゆる」というワードが気になりました。澤田さんのことだからきっと意図があると思うのですが、いかがでしょう。

澤田:今日本語にはカタカナ語が溢れていますよね。「トレンド」「ベネフィット」みたいな。これらの言葉はビジネスの現場で確かに便利ではあるんですが、実は落とし穴があって。

辻:というと?

澤田:言葉の意味・本質を正確に理解するだけで一苦労なんですね。例えば「イノベーション」って言葉があります。1911年にシュンペーターがこの言葉を作った後、日本に輸入されてしばらくの間、日本人は「イノベーション」の意味を理解することすらできませんでした。1958年に「技術革新」と和訳されましたが、結局これは誤訳だとされて21世紀に入ってようやく本質を理解しつつあります。つまり、日本人が言葉の意味を理解する間、英語圏ではどんどんイノベーションが進むという状態があって、差が広がる一方だったんですね。だから、英語に直訳できない日本語をあえて用いることで、「イノベーション」という言葉で起きたことと逆のことを起こしてやろうという目論見です

イモムシラグビー2

ゆるスポーツの特徴は独特な名前(「イモムシラグビー」の様子)

安西:なるほど!それにしても「ゆる」ってすごくソフトな言葉ですよね。

澤田:僕は「バカデミック」な言葉と読んでいます。「アカデミック」の反対ですね。新しい概念を創出したからといってアカデミックな言葉を使ってしまうと、そこで分断が生まれてしまいます。ただでさえスポーツに恐れがある「スポーツ弱者」向けに作っているのだから、あえて世間からバカにされるバカデミックな言葉を用いることで親しみやすさを生むことができると考えました。

安西:ゆるスポーツはとにかくスポーツ弱者を起点に考えられているんですね。

澤田:マイノリティを起点にしていることは強いこだわりです。
マーケターとして日常生活に溶け込んでいる商品を分析してみると、障害者起点で開発されたものって結構多いんですよね。たとえばライター。片腕を失った軍人がマッチを使えず、タバコに火をつけられなかったという課題を解決するために開発されたと言われています。あとストローもそうですね。寝たきりの方がコップから水を飲むために生み出されたそうです。マイノリティを起点に開発されたものが爆発的に売れるってことは往々にしてあって、それを実践しているのがゆるスポーツです。

安西:なるほど、ネーミングにもアイデアの起点にも合理性がありますね。マーケティングのプロだからこその観点だと思います。

辻:とてもクリエイティブなアイデアだと思いますが、ゆるスポーツをいざ社会に実装するとき苦労や障壁はありませんでしたか?

澤田:ゆるスポーツを実装するにあたって、まず「バブルサッカー」という競技をノルウェーから輸入したんですね。これがスポーツ弱者の方にもかなりヒットしまして、1年間で5万人くらいが体験したんですが、どうしても勝つのはスポーツにもともと馴染みのある人たちで。せっかくスポーツ弱者が試しにやってみても負けてしまうんですよね。ここをクリアすることが障壁だったので、スポーツ弱者にも受けたバブルサッカーを通じて「スポーツ弱者でも参加しやすいスポーツの特徴」を導いてみました。
1つ目は「勝ったら嬉しい、負けても楽しい」ということ。勝敗がなければ単なるレクリエーションなので、スポーツとしても価値のある要素を付与することが大切だと分かりました。
2つ目が「笑える」こと。みんながただ笑顔なだけではなく、声を出して笑っていて、初めてスポーツ弱者は参加してみようという気持ちになるんですね。
最後3つ目が「シェアしたくなる」こと。いわゆるインスタ映えってことですね。

ゆるスポーツランド2019集合

「ゆるスポーツランド2019」の様子

辻:ここもさすがプロですね。3つの要素を持たせて、ゆるスポーツはどれくらいの規模に拡大しましたか?

澤田:2015年から活動を始めて、今は90種類、人口は控えめにみても20万人以上に体験してもらっています。コロナ禍でもどんどん成長して、「ARゆるスポーツ」だったり「ソーシャルディスタンススポーツ」といった新しいスポーツが生み出されていますね。コロナが落ち着いたら海外進出も拡大していこうと計画しています。

経済合理性がないからこそ価値がある。「スポーツ」がもたらす平和。

辻:「オンラインゆるスポーツ」をきっかけに、いずれはeスポーツ領域にも進出されるんでしょうか?

澤田:eスポーツも素晴らしいですが、ゆるスポーツとは別次元のものだと考えています。というのも、身体的な疲労が伴うことがゆるスポーツの良いところだと思っているんですね。身体知の話前編記事参照)にも繋がりますが、身体の情報量が多く、かつコミュニケーション量も担保できると良いなと思っています。

辻:なるほど。澤田さんのスポーツ観が見えてきました。「スポーツ」と「ゲーム」の違いはなんだと思いますか?

澤田:僕はどちらも一緒だと考えています。人類は「ホモ・サピエンス」ならぬ「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」であると唱えたヨハン・ホイジンガ曰く「『遊び』とは一定空間の中に非日常を作ること」です。この定義に則ると、スポーツもゲームも同じ「遊び」なんですよね。差異を挙げるとしたら、スポーツの方が身体の情報量が多いことですかね。

安西:なるほど。僕たちが「スポーツ」と聞いてイメージするものは、本来の「スポーツ」のごくごく限られた領域のものだと感じました。

辻:僕は岐阜県郡上市のスポーツアドバイザーを務めているんだけど、どんな活動でも「元気・感動・仲間・成長」を心に感じていれば「スポーツ」であると考えているんですね。だから洗濯や田植えでも、やっていて元気になったりそこに仲間がいたら「スポーツ」で、市民もみんな「アスリート」であると。

安西:「スポーツ」の意味が拡張されていきますね。

澤田:「スポーツも遊び」という文脈で他に思うのが、「笑い」の大切さですね。いずれは「笑い=laugh」をテーマに、オリンピック、パラリンピックに続く第3のスポーツの祭典「ラフリンピック」を作りたいと思っています。
僕は、「笑いがスポーツの粗暴性を封じて、初めて『スポーツによる平和』がもたらされる」と信じています。オリンピックは平和を目指していますが、どうしてもムキになったりガチになったりして、選手間や国同士の間で歪みが生じることがあります。でも「笑い」がコンセプトであれば、選手も観客もブレーキを踏みやすいというか、傷つけあってまで勝とうとは思わなくなると思うんですよね。

安西:たしかに「ラフリンピック」という場では、ムキになる前に踏み留まることができますよね。

澤田:スポーツは全く経済合理性を持たないものです。子どもたちの鬼ごっこと同じ「遊び」。でも、人類は遊びと分かっていながらもスポーツに真剣に取り組んでいます。「無意味な遊びに、真剣に取り組む」という高次元なことをやっているのが、僕たちホモ・ルーデンスなわけです。

安西:スポーツに対して、「ただの遊びじゃん」と突っ込んだら全てが台無しになりますね。

辻:粗暴性が増し、格差や差別といった社会課題に満ちた人類の中で、「笑い」は人類が平等に持つものですよね。ラフリンピックがもたらす「笑い」は、国や性別、所得格差といった枠組みを乗り越えて、平和の源となると思います。

澤田:その通りです。笑いには「リセット効果」があります。積み重なったストレスやバイアスを、笑うことによってチャラにできるという。

スポーツは「『生活』の力」

辻:「遊び」「笑い」について語っていただきましたが、「スポーツの価値」を澤田さん流に一言でまとめるとなんでしょうか?

澤田:スポーツは「生活の力」ですね。「生活」といってもただご飯を食べて寝るだけの「生活」ではありません。「生活」って言葉は「活き活きと生きる」と書きます。つまり、ただ生きているだけではなく、生命力に満ち満ちている状態が本来の「生活」なんですね。

辻:なるほど、「活き活きと生きる」が「生活」と。

トントンボイス相撲

スポーツは「活き活きと生きる」ための力

澤田:その「生活」をするために、スポーツは不可欠だと思っています。スポーツをしていなかった自分は、ただなにかを消費して生きているだけでした。が、スポーツを自分でもやったり、新しく作ったりするようになって、人生がとにかく活き活きとしました。

辻:なるほどね。ここまで高い視座で、たくさんの視野を持つことができるのは澤田さん自身がアスリートでないこと、つまり「スポーツの外」にいることが要因の一つだと思いますね。

安西:中にどっぷり浸かっていると、既存の価値観や慣習に縛られて革新的なアイデアが生まれにくくなりますもんね。

澤田:その通りだと思います。だから僕は、アスリートはスポーツ以外の領域に力を注ぐべきだと思っています。スポーツで培った力を福祉や医療、マーケティングの領域で活かすと、改めてスポーツを客観視できます。他の領域にも貢献できるし、スポーツ自体へ理解も深まってスポーツも発展する好循環が生まれます。

辻:僕たちはこれまでスポーツの中に留まりすぎていたかもしれないですね。素晴らしいお話を伺うことができました。「ラフリンピック」の実現、ぜひ目指しましょう。

澤田:よろしくお願いします!ありがとうございました。

プロフィール

澤田智洋(さわだ ともひろ)
世界ゆるスポーツ協会代表。
1981年生まれ。大手広告代理店にてコピーライターとして活動しながら、「スポーツ弱者を、世界からなくす。」という理念のもと、2016年に「世界ゆるスポーツ協会」を設立。90以上の新しいスポーツを開発し、世界中で延べ20万人以上が体験。コロナ禍でも「ARゆるスポーツ」など、スポーツの新しいあり方を提示し続けている。
本職のコピーライターとしては、映画「ダークナイト・ライジング」のコピーや、義足女性のファッションショー「切断ヴィーナスショー」を手がける。
著書に『マイノリティデザイン』『ガチガチの世界をゆるめる』など。
Twitter:@sawadayuru
note:@sawadakinou

辻秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター/スポーツコンセプター
北大医学部卒、慶應病院内科研修、慶大スポーツ医学研究センターを経て独立。志は「ご機嫌ジャパン」と「スポーツは文化と言えるNippon」づくり。テーマは「QOLのため」。専門は応用スポーツ心理学に基づくフロー理論とスポーツ文化論。クライアントはビジネス、スポーツ、教育、音楽界など老若男女の個人や組織。一般社団法人Di-Sports研究所代表理事。著書に「スラムダンク勝利学」、「プレイライフ・プレイスポーツ」など、発行は累計70万冊。
・HP:スポーツドクター 辻 秀一 公式サイト
・YouTube:スポーツドクター辻秀一
・Instagram:@shuichi_tsuji
・Twitter:@sportsdrtsuji
安西渉(あんざい わたる)
一般社団法人日本ラクロス協会理事/CSO(最高戦略責任者)
資本主義に埋もれないスポーツの価値と役割を追求し、様々なマーケティングプランを実行。大学から始めたラクロスを社会人含めて15年間プレーし、現在は大学ラクロス部のGM/コーチを10年間務める。
1979年生まれ。東京大学文学部にて哲学を専攻。在学中の2002年よりIT&モバイル系の学生ベンチャーに加わり、2014年からITサービスの開発会社の副社長を務める。
・note:@wataru_anzai
・Instagram:@wats009
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