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縫製工場にとって"加工賃値上げ"が正義ではない理由

僕がこの業界に入ってから、

幾度となく「値上げ交渉」を行ってきた、

職人が生きていくために必要な対価を払うのは当然であり、業界にいる人たちがみんな共存するためには必要なものだと信じて疑わなかった、

縫製工場が潰れていくことでデザイナー達が服を作れる環境が失われていくことは事実だし、

適正な対価を得ることができない今の縫製工場に若い人材がどんどんと入ってくるかといえばそうではないだろう。

だから"値上げ"は正義なんだ、工場を適正化させるためには必要なことなのだと思ってきた。


こんな話を縫製工場の仲間や先輩としていると、

「さすが!うちも交渉します!」と言って、

みんなが値上げ交渉をするようにもなってきた、自分たちが生きていくために必要な対価を求めることは真っ当なことなのだから、その事実は否定のしようがない。


あるデザイナーさんとの出会い

2年くらい前だっただろうか、

僕はいつものようにあるデザイナーさんと価格交渉に望んでいた。

決まり文句はこうだ、

「僕たちは職人さんに適正な加工賃を支払う必要があります、日当で最低8000円、そして弊社の利益も乗せた金額ですからこれくらいの価格です」


うちが出す見積もりは大体の場合デザイナーさんやメーカーさんの理想を打ち砕く価格になる場合が多かった、

その時もデザイナーさんは電話でもわかるくらい困惑して深いため息と共に、

「なるほど」

と言った。

「他の工場さんではいつもこれくらいでやってもらってるんですが」

というデザイナーさんの返答に対しても返事は決まっている、この手の切り返しは何千回としてきている。

「他の工場さんでしていただけるのであればそれで結構です、しかし他の工場さんでもおそらく利益は取れていないはずです、この価格だと誰かにしわ寄せが行くと思います」


随分強気の交渉であるが、確信があった。

うちでは実際に職人が工程分析をしっかりと行って誤差10%が出た場合でも日当を確保し、利益を取れるように見積もりを出している。

取りすぎず、少なすぎず、

"適正価格”というのがウチのこだわりだから。


そしてデザイナーさんからこう言われた。

「わかりました、御社の職人さんへの想いに共感します。その価格でいきましょう、商品の値上げを行って、その理由もきちんと展示会でお客様にお伝えするようにします!!」


僕は嬉しかった、

僕たちの想いが伝わって、何か大きな"権利"を勝ち取ったと思ったのだ。


絶対的正義の崩壊

そのお客様の展示会が終わった頃、電話がかかってきた。

その時の会話が僕の思考をぐちゃぐちゃにしたんだ、

「非常に申し上げにくいのですが、全然売れませんでした、全てのお客様にしっかりと価格の理由をお伝えしました、しかし売れませんでした」


僕は頭が真っ白になった、

売れなかったということはウチで「作れない」ということになる、つまり価格交渉どころか作ることができないのだ、売り上げ0なのだ。

しかも僕のその交渉に乗ってくれたせいで、デザイナーもそのコレクションの売り上げを失ったことになる。

理想だけでは、飯は食えない。

僕が正義だと信じていた工場の価格交渉が、正義でないかもしれない。


もちろんそのブランドの商品よりも高い値段で売れているブランドはたくさんあるわけだから、ブランドの価値など様々な要素はあるかもしれない、

しかし少なくともそのブランドが作ってきたイメージや共通認識、顧客層を考えるとミスマッチが生まれ、結果として「高い」と思われて売れなくなってしまったのだ。


売れる価格への責任

縫製工場が、縫製工場のことだけを考えて"値上げ交渉"を行う、

それは一見して必要なことだ、

もちろん現在も明らかに不当な価格で仕事を出されて、下請けという立場上断れない場合もある。

そう言った場合は毅然とした態度で望み、価格交渉を行うのは必要だ。


だが、

小さなデザイナーズブランドの場合、デザイナー側も儲けているとは言い難い場合も少なくない。

そんな中自分たちの権利だけを主張し、デザイナー側を否定するのは少し違うような気がするのだ。

この一件があり、

僕は向き合っている問題の大きさと複雑さを改めて感じた、

売値が先に決まっているようなものづくりは”良くない"と信じていた、

だって加工賃も含めて原価を計算して、そこから上代は出すべきだから。

しかし、

それが必ずしも売れる価格になるかわからない。

そして売れなければ共倒れだ、だからと言って工場が無理するのは違う、

デザイナーが無理するのも違うのだ。

工場ばかりが意見して「適正」に作れるものだけ作れば商品は自ずとからシンプルになり、クリエイティビティが損なわれる恐れもあると感じていた。

難しい問題に直面した。


解決策

僕は必死に解決策を探した、

ずっと考え続けて1年が過ぎた、頭の中でアイデアを作っては壊してを繰り返した。


そして僕が行き着いた答えがある、

それは"みんなでめちゃくちゃ頑張る"である。


なんだそれ。

と思われるかもしれない。

だけど事実それしかないと思うのだ。

具体的なことを説明すると、

商品が売れるには大きく2つ

ブランディング思考

マーケティング思考

が必要だと定義づけた、

ブランディング思考は自分たちのブランドを深めていくこと

マーケティング思考は自分たちのブランドを適切に広く伝えていくこと


この2つの思考のバランスが重要だと感じたのだ、

従来までの日本のアパレルブランドの多くはマーケティング思考が先行し"売れる"商品を作って販売する、そこに一応ブランドというものが必要であるからとってつけたような名前をつけて"ブランド"として成立させていた。

そしてその価値観が日本人のアパレルのイメージになり、ブランド力がなくても市場にそれなりの商品を投入すれば売れるようになっていた。


しかしそれでは当初の問題が発生する、

売ろうと思っている価格で作れない、作れる価格だとメーカーが売ろうとしているペルソナにはまらないなどである。


だからブランディング思考とマーケティング思考をバランス良く50%ずつ、

もっと言うとそれぞれ100%ずつ専門的に行う必要があるのだ。

しかもそれを"同じ組織内"で行う必要がある。

なぜなら別の組織、いわゆる外注や委託であれば最終決定権が発注側に偏るからである。

バランスが非常に大切なのだ、そのバランスをとるためには1つの組織内で行う必要があるのだ。

例えばゴリゴリのビジュアル系のプリントTシャツで、売値2000円の商品を50年続く老舗工場で、熟練の職人が1着1着オーダーメイドのように作っています。

なんて言われてもただのミスマッチだ。

逆に10万円するようなコートを3年で入れ替わる研修生が主体の工場で縫製を行っています!というのはわざわざ出さない方がいいかもしれない。

何度も書くが、バランスが非常に重要なのだ、

そろそろ解を書くと、


経営者 全体のバランス調整

マーケター 売れる仕組みづくり

ブランディング 強い組織づくり

デザイナー 商品づくり(マーケティング寄り)

職人 商品づくり(ブランディング寄り)

この5つのピースを揃え、一つ屋根の下で運営する。


縫製工場を持つことはブランディングにとても有効であるし、職人からの意見がダイレクトにMDやデザイナーに届くのは素晴らしいことだ、

そして職人も自分の意見が直接"販売"という数字に直結するわけだから「楽だから」といういう理由だけでの物づくりにならないだろう。


全く意見の違うマーケター、ブランディング、デザイナー、職人を束ねる経営者がおり、

互いに違う意見を出し合い凌ぎ合い、1つの商品を作り上げていく組織。

それこそが本来であれば当たり前であったSPAの形であり、これから生きていける組織なのだ。


マーケティングの概念を持ちながら、

同時にデザイナーと職人でブランドを深めていくこと。

そして互いに同じリスクの中で生きていくこと。

これが今僕が理想とする組織である。


物づくりの距離

僕は現在物づくりの距離が非常に遠いと感じている。

少しずつデザイナーとお客様の距離は近づきつつあるが、それでもデザイナーと職人の距離も遠いし、MDと職人、ブランディングとデザイナー、マーケティングと職人など本来であれば重なるべき距離が遠いままに服作りを行ってきた。

そして決まった洋服の上代の中から誰かが取り過ぎて、誰かに行き届かないという問題があった、

その問題を服作りの距離感をグッと近づけることで解決させたいと思う。

これから僕は縫製業という立場を超えて、

ブランドの運営に十分に首を突っ込んでいくお節介になっていくだろう。

そしてブランドに出資して子会社化していこうと考えている。

自社の職人たち、そしてデザイナーたちを一つにまとめ、

大きくなくても強い組織を作っていこうと考えている。

もちろんこれが100%の解ではないから様々な意見もあると思う。

ただ、

これからのアパレルを生き抜くには、何かしなきゃいけない。

そしてその何かは自分で考えないと、生まれてこないだろう。


僕はもう2年前のあんな思いはしたくない、

そして新型コロナで「急に仕事キャンセル」というような思いを職人にさせたくない、デザイナーにもそんな思いをしてもらいたくない。

一つの船で航海しなきゃ、

嵐が来たらバラバラでしょう。

僕はどうせならみんな1つの船で喧嘩しながら、意見しながら、遠くに行きたいと思うのだ。


早くいくなら1人で、遠くにいくならチームで。

そう思うのだ。


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