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今、起承転結でどの辺り?

敵のいない世界で生きる 経験値ぜんぜんあがらないけど ▶いきる

引用したのは、今年5月に発行されたなべとびすこさんの歌集『ふるさとと呼ぶには騒がしすぎる』からです。この歌集には、共感する歌や、はっとする歌がいくつも載っていて、その中でも、この歌が特に印象に残りました。

選択カーソルが「いきる」を示している。選択カーソルがあるっていうことは、他の選択肢もあるのかもしれないけれど、ここには書かれていない。実際、わたしたちは、生きるしかない。

「敵のいない世界」は平和でいいような気がするけれど、ゲームの中のように経験値を上げることができない。この歌は、「敵のいない世界」という連作の最後の歌ですが、連作の中には次のような歌もあります。

ブランコをうまく漕げずに笑われた頃の自分とまだ変わらない
シフトキー押しながらグッと引き延ばすように大きくなった感覚
無力感 ⇄ 万能感の対岸をずっと反復横跳びしてる

おとなになったけれど、ずっと子どもの頃から変わっていない自分であったり、無力感と万能感をいったりきたりしていることであったり、成長できていないことに苦しさを感じている。

それで、今も経験値がぜんぜん上がらない(ように主体は感じている)けれど、「いきる」を選択するという部分に共感しました。文体の工夫のおかげで、読んだときの印象も重くならず、ちょうどいい感じです。

唐突にはじめましたが、こんな感じで感想を書いていきます。もしよろしければ、しばらくお付き合いください。

この歌集のキーワードのひとつは、「夢」だと思います。約200首の収録歌の中に、7首ほど「夢」が出てくる歌がありました。そのほかに「希望」「絶望」「抱負」「願い」という言葉も出てきました。


たとえば、

乾燥したオフィスで夢に保湿剤を塗って生き延ばしてる日々
高床式倉庫に夢を蓄える ミッキーマウスにかじられぬよう

おとなになるということは、日々、現実を突きつけられることでもある。いつまでも淡い期待を胸に抱いているわけにはいかない。

それでも、保湿剤を塗ったり、高床式倉庫(!)を利用したりして、夢を守りながら、ささやかに暮らしていく。夢は原動力だし、心地いいものだ。

では、ずっと夢を見ているままなのか、というと、終盤にこの歌が出てくる。

いま起承転結で言うとどの辺り?ここで転とかふざけてんじゃねえ

感想ノートのタイトルにも借りた歌です。夢を夢のまま抱いているうちに、自分の物語はどんどん進んでいく。何もしなければ、そのまま、起承転結の「転」、そして、クライマックスに突入だ。夢が夢のまま、自分は何も変わらないまま終わってしまう。「ふざけてんじゃねえ」というのは、「ここで終わらせない」という前向きな決意のように聞こえる。

この短歌のフレーズは、歌集のイメージソング「NoisyCity」(作詞:なべとびすこ、作曲:gase//he's me、協力:九条しょーこ)にも出てきますが、このラップがすごくいいです。

視聴はこちらからできます。(歌集を買っていない方も聴けるそうです。歌詞全文は、歌集に載っています。)

https://m.soundcloud.com/gazehizme/noisy-city

この歌集のおもしろいところは、上記のラップ以外にもなべとびすこさんがゲストと一緒に、複数のアプローチで短歌を楽しんでいるところです。(私も歌会録で少し参加しています)

個人的には、横林大々さんとの即興小説ゲームと短歌が、気に入っています。即興小説バトルとは、「リレー形式でつづられる、2分30秒のライティングノベルバトル」です。執筆者が2分30秒ごとに交代しながら小説を起・承・転・結と繋げていくゲームで、わたしも挑戦させてもらったことがあるのですが、即興力が求められて、すごく難しかったです。横林大々さんと、なべとびすこさんの二人の発想力と文章力に、すごいな、と思わずにはいられませんでした。

そのほかに、いいなと思った歌を引き続き引用します。

ふるさとと呼ぶには騒がしすぎる町 でもふるさとを他に知らない

この歌は前半部分が歌集のタイトルにもなっています。「ふるさと」に対して感傷的ではなく、わりとフラットな感じかな、と思いました。連作中の他の歌を読むと、バス停があって、TSUTAYAがあって、近くに工場も集まっている、そこそこ賑やかな町ということがわかります。

生まれたときから住んでいるような町というと、いろんな感情があったりして一言で表現するのが難しい(ように私は思います)けれど、読んでいるこちらにも雰囲気が伝わってきて、うまいなと思います。

視点がおもしろい歌の中で、好きなのをひとつ。

百万の馬力があればモンスター十万ならばヒーローになる

強すぎるのは、モンスター。馬力を落とせばヒーローになる。十万馬力のヒーローは「最強」のように感じるけれど、はじめから、モンスターより弱い力に設定されている。そう言われれば確かに、というところがおもしろいです。

それから、連作「ふさわしい陽光」からも。

ふさわしい陽光(ひかり)にあなたは包まれて1月なのに夏の青空

おそらく、親しい先輩がご結婚されたときの連作なのですが、祝福する気持ちや、この先輩の人柄が伝わってきて、ほほえましい一連でした。

他にも、好きな歌がいくつもありますが、ひとまずノートはこのへんで締めくくります。

なべとびすこさん、歌集の発行おめでとうございます!これからも、応援しています!