~沼れ~ VEJが運営するショップ&スペース『文化沼』って?(前編)
VEJ甲府のディレクター柊子です。
いつの間に秋が終わって、冬になったのでしょうか?
急に甲府の朝晩が寒くなったからなのか、私は喉がやられました。ただ、会う人が結構な確率でみんな喉がやられてカスカス声で話しているので、あまり恥ずかしくありません。
はやく本調子になりたいものです。
さて、私はVEJにてディレクター業務を主にやっているのですが、実は別業態で小売業の店長を担っております。
その名も『文化沼(ぶんかぬま)』という奇妙で珍しく、ほぼほぼ初めて聞く人は渋谷のbunkamura(文化村)と間違える、ある意味紛らわしい店舗名です。
『文化沼』は、カルチャーショップ&スペースと称し、雑貨やアパレルなどを販売するショップの機能と展示やイベントを行うスペースの機能を持った、ハイブリット型?つまり何の場所と一言で言えないような店舗になっています。
毎回聞かれるのは、「文化沼ってどんな場所なの?なにやってるところなの?」ばかりですが、何やっているかの説明を半ば諦めつつ、言いきらないところがまた「沼」ぽくていいのではないかと、ポジティブに変換しております。
これまたよく聞かれるのが「文化沼って誰がやっているの?」なのですが、
VEJが母体で小売業をやっているというのが正解で、私一人ではなーんにもできないので、VEJ甲府スタッフみんなが文化沼の企画を手伝ってくれたり、ショップスタッフも担っているのであります。
つまり、
・WEB、映像制作業務
・小売の店舗運営業務
の仕事自体もハイブリッド型で、全員でどちらもまんべんなくやるのが特徴です。
(スタッフみんないつもありがとう!個性だらけなのに、全員仕事も気遣いもできて、気も合うというかなりびっくりな優秀チームで、私は幸せ者です!本当に感謝してます!)
甲府の文化の起点を蘇らせたい
そもそもの話、どうしてこんなことをやり始めたかというと、
遡って3年前のある日。
支社長の宮沢(みっちぇ)が放った、
「(事務所のあるビルの)2階を借りて何か新しいことをやってみたい!柊子、店長やりなよ!」
という鶴の一声がきっかけになりました。
宮沢は、大変アイデアマンでもありますが、大変破天荒気味でもあります。
思い立ったと同時に走り出してしまう性分なので、❝やりたい❞と思いついたことをやらないことはほぼありません。
そして接客業を自分ではやりたくないけど、お店は持ちたいから人に店長を任せちゃうというハチャメチャ感もあります。
そんな性格を大体理解しているので、話があがった瞬間に”店舗”を持つことが決定しました。
「仕事が増える・・・(白目)」
と私がブルブル震えたのは一瞬の話で、次の瞬間には大家さんに物件交渉をしてしまうという仕事ができすぎるのが問題な宮沢。
ただ私もWEB以外のことをやってみたいと思っていたタイミングだったので、新たなスペースを借りるのなら、WEB制作とは別のアプローチがしたいと思考を早めに切り替えました。
どんなことができるかスタッフみんなで話し合いを重ねていた時、私は「パセオ(現在はココリという商業施設)」という甲府の人ならまず懐かしむであろう、昔あったファッションビルのことを想いました。
1990〜2000年代の私が学生だった当時は、甲府の中心街にも商業ビルや映画館、ゲームセンターなどが立ち並んでおり、中心に遊びに行くのが私達のステータスでした。
パセオも全盛期は、個性的なアパレル店舗に加えて楽器屋、アニメイト、古着屋、アジアン雑貨、占いコーナー、プリクラランドなどのテナントが館の中にひしめき合っていました。
母親と行くと、「天井が低くて人が多いから息が詰まる」と言われるのでパセオにはいつも友達と通っていて、「なんかこれいいよね」「かわいい」などと、ただ服や雑貨を見て友達と話すのが楽しくて、好きな空間でした。
惜しくもパセオは高校卒業と同時期に建て替えられてしまったのですが、私たちの青春の一ページとして刻まれていたはずで、そこは田舎ならでは(皮肉も込めている)の流行りに沿った感覚と、その頃生み出されていたファッションの価値観表現、というのが融合したビルだったと思います。
私はそんな「パセオのような場を再来させたい!」と漠然とおもいました。
雑多に色んなものが詰まっているという意味ではなく、訪れてくれた人が「なんかいいな」を感じられて、「流行(や個性)の発信」、「(モノゴトに対する)価値観の表現」ができるという意味です。
そして、それらを表現する言葉を店舗名にしたいと思い、甲府支社のみんなと悩みに悩んで、それには『文化』の二文字が不可欠なのではないかということになりました。
奇妙に聞こえる『沼』を最後につけたのは、「沼る(ハマる・没頭する)」という意味をもつ通俗的な表現を用いて、今の時代背景を切り取りたかったから。
「あの頃文化沼っていうお店があったよね〜」と、いつか誰かが誰かに話して欲しい、ある意味一時的に何か人の心に残ることをやってみたいとい
う、“長い目で”に逆行した表現をあえて用いたのです。
というこんな経緯があり、店舗が『文化沼』になりました。
そんなこんなで文化沼を立ち上げて、あっという間に1年半が過ぎてしまいまして、だいたい隔月くらいでの展示企画、トークや音楽やスナックイベント企画、アーティストとのコラボグッズの制作などなどとにかく手を変え品を変え、お祭り騒ぎの様な事を立て続けてやっているのであります。
後編に続く
(柊子)